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( 19981228 )

Japanese/English

年末年始スペシャル。12歳のころに書いた短編小説を初披露です。

多少、加筆訂正しました。了承ください。


私は今日も列車でこの町へやってきた。この町は今までに幾度となく訪れている。それは彼女に会うためだ。彼女とはじめてであったのはあの夜だ。あの雪の日の夜...

...私は行きつけの飲み屋で見知らぬ老紳士と親しくなった。その老紳士と二人で町を歩きながら話していたときのことだ。降りしきる雪の向こうに、一人の女の影が見えた。

最初はその老人が声をかけようとしたが、しばらくその女を見て人違いだったのか、それ以上何も言わなかった。次に私が声をかけた。それが彼女だった。

彼女はとてもさびしそうな目をしていた。彼女にたずねてみると素直に答えてくれた。この町に友人がないのだという。老人は私たちにかるく会釈をして道をわたっていってしまった。その日以来、私は彼女と会うためにひまを見てはこの町を訪れるようになったのだ。

私はいつからか彼女と会うと心の中で何かが育っていくのを感じていた。彼女と別れた後の心が洗われたようなすがすがしさと、またしばらく会えないという思いがいりまじった心の中に、確実に大きくなっていくものがあった。何だろう...。

今日の彼女はいつになく楽しそうだった。もちろん彼女は私と会うようになって明るさをとりもどしたようだったが。彼女は一人の老人に会ったのだと言った。その老人はやさしく、あったかで、父親のようでもあり、若い恋人のような新鮮な気持ちも持っていたという。そして、

「まるであなたみたいだったわ」

とつけくわえた。

「僕はまだ若いよ」

と私はほほえみながら答えた。

彼女はその老人に話したことを私にも話してくれた。それを聞くのは私もはじめてだった。

...それはやはり雪の夜だった。まだ彼女が幼いころの話だ。彼女が母親と町を歩いていて、道路をわたろうとしたとき、スリップでもしたのだろうか、赤信号なのに自動車が飛び出してきたのだ。そのとき彼女は間一髪のところである若い男に助けられた。

幼かった彼女は、ありがとうとだけ言ってその男と別れた。男は連れの女と降りしきる雪の向こうに去っていった。抱きとめられたときのその男の手は、私の手のようにやさしく、あたたかだったと彼女は話してくれた。



私たちは結婚した。結婚にまつわるさまざまな用事をようやくすませ、家の中でふたりほっとためいきをついた。

「ねぇ、夕食は近くのレストランにしましょうよ」

彼女も疲れている様子だったので、私は快く承知した。

私たちは腕をくんでひっそりしずまりかえった雪の夜道を歩いていた。天から降ってくる白いベールが私たちのまわりをすっぽりとつつみこんで、まるで二人きりで歩いているようだった。

「そういえばあなたと知り合ったのも、こんな雪の晩だったわね」

彼女は降ってくる雪をこころもち見上げるようにして言った。小さな商店街の派手さのないネオンに、彼女の白い顔は大理石の彫像のように美しく彫り出されていた。

「あなたの優しさは今でも変わらない。これからもずっとね」

彼女は私の肩にそっとほほをよせてきた。

と、その時である。一人の幼い少女が、自動車が走ってきているのに道路をわたろうとしているではないか。私は彼女と組んだ手をふりほどいて少女の方へ駆け出し、すっと抱き上げて反対側の歩道へ走り抜けた。

その少女は何が起こったのか、自分でもよくわかっていないような不思議な表情で「ありがとう」とだけ言った。私はすこし注意をしてから、頭をなでてやった。少女は母親のもとへもどっていった。

ふと何かが脳裏をよぎった。どこかで見たような場面に出くわしたのではないか。しかしその考えも彼女のことばでさえぎられた。

「今の女の子、かわいいね。あんな子がほしいわ」

私は、おまえの小さいころは、あの子みたいじゃなかったかい?と答えた。

その時の彼女の言葉どおり、私たちの間にはかわいい女の子が生まれた。生活に追われるまま月日は矢のように過ぎて、娘は気づくと恋人を作るような年頃になっていた。

娘が産まれたときから覚悟していたことではあったが、大切なものを手放すような思いに胸を痛めながら、私たちは娘を送り出した。

老いた私は、夜の町をひとりで歩いていた。

頭の中には無数のすばらしい想い出がよみがえっては消え、よみがえっては消えていった。中でも鮮明に残っているのは、彼女と出会ってからの私の人生だ。

初めて会った雪の夜。そういえば幼い少女を雪の夜道で助けたこともあった。それから結婚。月日は流れ彼女は...。もう二年前に病気で死んでいた。年齢を考えればそれほど若死にとは言えないのかもしれないが、私にずっと病気のことをかくしていたようだった。

それが私に苦しい思いをさせたくなかったからだというなら、どうして打ち明けてくれなかったのだろう。彼女が一日でも生き長らえるためなら、どんな苦労もおしまなかったのに。もう一度昔にもどれるなら、彼女とともに病気と闘いたい。

そのときある若者が私に声をかけてきた。

「どうです。そこに行きつけの飲み屋があるんですが、一杯」

いまどきこんな若者が私のような老いぼれを相手にしてくれるのか。不思議に思いながらも彼と杯を重ねた。

彼はまだ独り者だと言った。私は彼に若いころの自分を重ねながら想い出話をした。年の差も感じずに話せたのは彼が私の若いころにそっくりだったからかもしれない。いや、私そのもののようにも思えるほどだった。

飲み屋を出て彼と話しながら雪の夜道を歩き始めた。降りしきる雪は町のすべての物音を凍らせながら地面に落ちてゆく。すると雪の幕の向こうに女の影が見えた。私は思わず声をかけてしまった。

「お、おまえ!」

それは酔いが見せた幻だったのだろう。彼女はもういない。あまりに若いころの彼女に似ていたせいで、私は恥ずかしいことをしてしまった。今日は帰ってひとり想い出にひたるのがよさそうだ、そう思った私は若者に別れを告げ、道路を反対側にわたった。

道をわたりきったとき、私は心の中の何かにはじかれたように後ろを振り向いた。さっきの若者は女とならんで歩き始めていた。私が彼女と出会ったときの情景そのものではないか。

それから1年。私はすっかり衰えてしまっていた。心は豊かな想い出に満たされていても、彼女をなくした悲しみに体がむしばまれていった。

ある日さみしさに耐え切れず、重い足を引きずって町へ出た。いつかの若者のように話しかけれくれる人はもういない。しかし町を行く若者たちをながめていると、言葉にならない思いが胸にこみあげて、知らぬ間にまぶたが熱くなってくる。

ふとある女が目にとまった。間違いない。一年前あの若者と出会った日のあの女だ。彼女の若いころにうりふたつの女。私はふたたびわれを忘れて声をかけてしまった。

彼女はしわがれた声で急に話しかけられ、おどろいてふりかえった。しかし私の姿を見て優しい目になって言った。

「なんでしょうか」

われに返った私は赤面してしまった。

「いやぁ。ちょっとあなたを前に見かけたことがあったもので」

「おひまでいらっしゃいますか?」

「ええまあ、この年ですから」

「そこの喫茶店へ入りましょうか?道が同じなら歩きながらでも」

私は歩きながら彼女と話すことにした。彼女は歩きながら私に自分のことをいろいろと話してくれた。初対面で、年の差があるにもかかわらず、彼女はふしぎなほど自然にうちとけてくれた。

なかでも印象にのこったのは、彼女が幼いころ、車にはねられそうになったところを、あるカップルに助けてもらったという話だった。幼かった彼女は「ありがとう」とだけしか言えなかったそうだが。

そして私は彼女と別れ際に一言忠告してやった。

「もし大事な人がいるなら、病気のことはかくさないようにな」

彼女はあいまいに微笑んだだけで、雪の向こうに姿を消した。おそらく彼女は自分の病気のことを打ち明けないままだろう。愛する人に苦しい思いをさせたくないから。彼女の心を変えるには、もう遅すぎるのだ。

私は寒い夜道をふたたびひとりで歩き始めた。


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