think or die :
1970年代生まれの
人たちのための
エッセー集
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『いいトコの馬の骨』(現代語訳)
尾崎紅葉『駿馬の骨』勝手ながら現代語訳
2003/04/22

(註:先日ここでご紹介した尾崎紅葉『駿馬の骨』が異様に気に入ってしまったので、少しでも多くのみなさんにこの面白さをお伝えしようと、勝手ながら現代語訳を付けてみた。結果的にもとの文語文の格調高さは完全に損なわれているが、中身のエグさは伝わっていると希望しつつお届けする)

若い夫婦はとにかく目につくし、老人の夫婦を見ると、なおさらうらやましくなって、ふと自分の将来を思うと不安。風邪をひいてもメイクは忘れず、頭痛のときでもシャンプーをして、思い切って派手めのファッションで、自分でもこっぱずかしいくらい子供っぽい話し方をして、だれが見ても18、9で、「いつまでもお若いわねぇ」なんて言われて、ワンピース一着新調しただけでうれしくて、かげでは着せかえ人形だなんて悪口を言われているみたいで、それを聞くとムカつくけど、たしかに、今年で26にもなってピンクハウスを着たり、なにも好きでそうしてるわけじゃないけど、結婚相手が見つからないうちは90歳になってもムスメ、16歳でも子供ができりゃ服装もババくさくなるわよね。最近の男はロリコンなのか知らないけど、自分は頭がハゲあがってきてるクセに、自分の娘でもおかしくないような嫁さんを欲しがるから、もしわたしが年相応のかっこうでもしようもんなら、バツイチかと疑われてくやしい思いをするだけ、あぶなくすると縁談がだいなしになってしまう、そうなるのがイヤだから内心はずかしいと思いながら、ちょっと無理して若ぶってるんだけど、いつまでもこうしてるわけにもいかないわよね、ほんといい相手が見付かればいいなあと思うんだけど、もう8回も見合いに失敗して、伯母さんは気にして占星術とか、神社のおみくじとか、銀座の母なんかを頼りにしちゃったりして、笑うと叱られるけど、ああそれにしてもむかし!むかし!7、8年前は、今から考えるとよかったなぁ。あのころは体が5つも6つもあってもたりないぐらい恋をして、ぜんぜん苦にならなかったのに、ほんとあのころがなつかしい。女って、25の春を過ぎると、口説いてくる男がめっきり減ってくるのよねぇ、もちろん一人もいなくなるわけじゃないけど、こっちが結婚したいって思う男は・・・・・・いないのよね、これが。バツイチのコブ付きで、頭がリーブ21状態・・・・・・やだ、やだ、やだ。そんな男と結婚でもしようもんなら、たちまち家事にまみれて世帯じみちゃって、まだ相手の親の介護なんてしたくないし、どんなに結婚を急いでるからって、わたしのことをどう思ってるのか知らないけど、仲人さんったらそんな男ばっかり紹介してくるからほんとムカつく、親は親で、一人のこった娘をかわいいと思わないのかねぇ。死んだ姉さんのことは、親不孝ものだと言いながら、命日にはちゃんと生前の好物だったお菓子を供えたり、お花をあげたりするんだから、いっそのことわたしも死んじゃえばかわいがってもらえるかしらと恨んだりして、「おまえは姉さんより親不孝だ」なんてことを父親が声をあらげていうもんだから、「おまえがかわいいからこそなんだよ」と母親は泣きながらフォローするけどムダよね。たしかにわたしはバカだった、今からはきっと心を入れかえて、結婚してくれる男がいたら、じじいでも、身体障害者でも、ストーカーでも、変質者でも何でもいいなんていう気持ちになるのもちょっとの間だけで、友達のだれかが、「青年実業家と結婚」なんて週刊誌に出てたりするのを見ると、コロッと考えが変わって、あの女のどこがいいの、顔はぜんぜん十人並みだし、みんな知ってるのか、知らないのか、ヘアスタイルもムサいし、円形脱毛症だし、前歯は一本さし歯だし、学校にいたときは、あたま悪いし、カラオケ行ってもガラガラ声だし、家庭科はやっと平均点だけど、ムダ口ばっかでムカついた。あいつに負けてるところなんてひとつもないのに、あいつより身分が下になるなんてどう言っていいかわかんないくらいイヤ。よし、こうなったら親に「自殺してやる」って言われたって、聞いてなんかやるもんか、と言っているうちに2、3日すぎて、道ですれちがった純白のベンツCクラスの助手席から、誰か手をふってると思ったら、あの女よ。シロガネーゼみたいに、シルクの手ぶくろに、ハデハデの日傘を、窓からポーズをつけてさしたりなんかしちゃったりして、でもむかしのヤンキーはまだなおってないみたいで、髪は脱色しすぎ、ミンクのコートが極妻っぽい、なんでいまどき金のネックレスよ、PTAの理事だかなんだか知らないけど、今日は総会で、上野へ行く途中かね。ダンナの地位のおかげで脱色した髪もキンキンに光って、ジコチューな顔がムカつく。この女ほんとバカで勉強もぜんぜんしなくて、卒業試験の直前になって、目をうるうるさせて、手を合わせて、「わたしを助けてくれたら、きっと良いことあるよ!」とわたしに泣きつくのに同情してやって、個人レッスンで復習してやったのに、おバカな頭には効かなかったみたいで、しめしめどうやら「落第」になったらしくおろおろしちゃったりなんかして、またわたしをたよって教授のお慈悲でなんとか卒業したくせして、なによあれ、あれは。とうぜんわたしがあいつより上に立つ資格があるんだから、中途半端な男と結婚しちゃあ笑われるわ。わたしはふさわしいダンナが見つからないかぎり、まだ10年でもがまんして、20年でも意地をとおして、それでも結婚できなかったら、100歳で処女って人も世の中にいないわけじゃなし。男にたよらなくたって、わたし一人が食べていくぐらいの財産はウチにあるし、せっかく心をいれかえるかと思ったらまた逆もどり、ひさしぶりにあの女に会ったせいでいったん消えた火がまたメラメラ燃えあがって、夜ベッドに入ると夢の世界にさまよいだして、カンペキ妄想入っちゃって、グアムに新婚旅行にいって波の音が聞こえてくるシーンとか、ブロードウェイのイルミネーションの下を二人で歩いたりとか、クラブで彼氏とまったりしてるところとか、赤プリのケーキバイキングに行ってるところとか、シズラーのサラダバーとか、親のホッとした顔とか、つまんないヤキモチで夫婦げんかしてる場面とか、パリのルクサンブール公園を二人で散歩してるところとか、ベンツの「マイバッハ」でドライブしてるところとか、つぎからつぎへと妄想がふくらんで、シーツをはねのけて、真夜中だというのに鏡を出してきて、またメイクをなおして、鏡にうつった自分にニッタリ、よしよしって感じでまたベッドに入って、次の朝からこんどこそとお見合いに胸がドキドキ、相手の写真を見せてもらったら、けっこういい男じゃん、むかしだったら文句もつけるとこだけど、いまの自分には、なかなかのルックス、ところが職業をきいたら、三流企業のペーペーだって!あとは聞かなくてもいいと、二階へかけあがって、汚れた耳をきれいにするつもりでピアノで1曲弾いてみたけど、その曲もラブソングだったからああうるさい、他になにかなかったっけと、本棚をひっかきまわしたけど楽譜が見当たらない、クローゼットをひっくりかえしたら、大きなエンベロープがふっと出てきた。中にはなにが入ってるのかしらとひっぱり出してみたら、7年前制服の第二ボタンをもらったA・・・・・・という人から、おしゃれなレターペーパーに、愛の言葉をフランス語で、すらすら書いてある筆跡、ところどころふるえてるのは、ドキドキして手がぶるぶるしてた証拠、人目をさけてこっそり書いたから、あせって字がヘタクソになってるのは、あの人のピュアな気持ちとわたしを思う思いの強さがありありと見えて、これほど深く思わせて、まだ片思いのままにさせておけたこともあったんだわ。いまさらその男がいとしくなって、紫地の革に銀縁の装丁の卒業アルバムをひっぱり出して、5ページに半身がうつった写真これこれ、いま見るとイケてる、この結んだくちびるなんか、無口な性格があらわれてて、愛の言葉もかけてくれたわねと、思い出してみれば何ひとつ、気にいらないことはなくて、どうしてこのときは、これほど思ってくれた人をふったのか、考えれば考えるほど自分で自分がわからなくなって、いまだったら願ってもない縁談なのにと、この人はいまごろどうしているのかしらと思い出してみれば、そういえばベンチャー企業の社長として有名で、わたしと付き合うために逃げ回っていた彼女と仕方なく結婚して、3つの子供までできちゃって、ついこの間見かけたわねと思って、卒業写真を見つめると、動かないはずの目が動いてケッと笑って、結んでいたはずの唇が開いてつぶやいたのは、「いまのオレを見てみろ」と、バカにされたみたいで自分がイヤになって、くやしいやら、ムカつくやら、その写真をひきぬいて、二つに裂いてやぶって捨てた窓の外に、バラの花がぜんぶ散って、昨日はあれほどいたハチが今日は一匹も見えなくなっている。このバラ、まるで今のわたしじゃん。