think or die :

1970年代生まれの
人たちのための
エッセー集


沖縄への旅

普天間かおり『真南風』

1997/12/07

注:このページは、僕の沖縄音楽についての不見識から、ひじょうに見苦しいページになっていることを最初におわびし、気づいたものについては引き続き補足を加えていくことにします。ご了承くださいね。


というわけで予告どおり「本間かおり」改め、普天間かおりのインディーズ・アルバム『真南風(マフェー)』を聴いてみた。

アルバムの最初と最後を縁取っている「海辺の避暑地に」は、フランスのミシェル・ジョナスというアーティストの作品のカバーで、フュージョン風のデリケートなコード進行とゆったりしたリズムは、荒井由実の「海を見ていた午後」を思わせ、避暑地で過ごした夏をふりかえる訳詞のアンニュイな雰囲気にぴったりだ。

今年の夏に発売されたこのアルバムそのものが、聴く人にとって、かつて過ごした、あるいは過ごしたかもしれない避暑地の想い出であることを、1曲目の「海辺の避暑地に」と、最後のインストゥルメンタル・バージョンは物語っている。

もちろんその"避暑地とは、普天間かおりにとってのふるさとである沖縄だ。こうして僕は2曲目から始まる沖縄への旅に誘われることになる。

2曲目の「芭蕉布」は、3拍子の曲で、歌詞が「本土」風の七五の韻律であることからも、純粋な沖縄民謡ではないが、三線風のシンセサイザーが歌と同じメロディーを微妙にずれながらたどるホモフォニーの形式は、それを連想させるに十分だ。

補足[97/12/09]:「芭蕉布」の作詞者は吉川安一。作曲者は普久原恒勇。いずれも沖縄ではひじょうに有名な人物のようです。普久原恒勇は沖縄のローカルレーベル「マルフクレコード」の二代目でもあります。「芭蕉布」が県民歌に近いものであるという認識さえありませんでした。

普天間かおりの青空をつきぬけるような声とファルセットの美しさ、彼女がポップス歌手であることを忘れさせるほどよくまわる「こぶし」も、まぎれもなく沖縄である。

歌詞は沖縄への郷土愛を歌ったものだが、ふるさとへの愛をうたう歌の多くがそうであるように、そこには乗り越えがたいふるさととの「距離」が生じてしまっている。沖縄で生まれ、生活し、沖縄で死んでいく人々は、自分たちの住む島を「ふるさと」と感じることはないだろう。郷愁が「愁い」であるのは、それが遠く離れたものだからだ。

3曲目の「Sugar Cane Train」は、きわめて沖縄的であるオプティミスティックな人生観を、「ガタゴト」というさとうきびを運ぶ汽車をまねたリズムに乗せて軽快に歌っている。

ただし、なんとなく聴きすごしてしまいそうなこの曲には、ひとつのパラドックスがふくまれている。沖縄に鉄道はない。普天間かおり自身が作詞した「海に沿って走る汽車ガタゴト揺れて/気ままに行けるところまで行ってみようか」という、さとうきびを運ぶ汽車は実在しない。

そのことを思えば、「Sugar Cane Train」が二重の意味で、沖縄的であることがわかる。沖縄っぽい楽天的な人生観は、見えない汽車に揺られて走る。見える沖縄と、見えない沖縄...。

4曲目の「雨よ…」は、やはり普天間かおりの作詞だが、アコースティック・ギターのアルペジオと三線風の伴奏が絶妙のバランスで、純和風の、演歌っぽくさえある雨の風情をしっとりと歌っている。

この曲のペンタトニックは、相対音階でいえば「C-E♭-F/G-B♭-C」という「本土」民謡のテトラコードになっている。沖縄民謡の明るいテトラコード「C-E-F」では「雨の悲しみ」は歌えないのだ。

5曲目の「ティンサグの花」は、沖縄ではだれしも子供のころに歌うと言われる、よく知られた民謡である。普天間かおりが沖縄を意識して発売したこのアルバムを聞くにあたって、僕は愛知芸術文化センターのライブラリーで「Music of Okinawa」(キングレコード KICH 2025,1991.10.21)収録の「てぃんさぐぬ花」を聴きくらべてみた。

「てぃんさぐぬ花」は一種のわらべ歌ということもあり、歌詞の内容は親の恩のありがたさを歌う教訓歌になっている。普天間かおりの「ティンサグの花」と、僕の聴いた「Music of Okinawa」収録の、知名定男の三線伴奏による「てぃんさぐぬ花」で歌詞が違っているが、ここでは両者に共通している部分のみを引用してみる。


てぃんさぐぬはなや/ちみさきにすみて
うやぬゆしごとや/ちむにすみり


ゆるはらすふにや/にぬふわぶしみあてぃ
わんんなちぇるうやや/わんどぅみあてぃ


(なお、本土の文語表記が明治以降の文語教育によって標準化されているのに対し、沖縄の文語表記は今でも一定しないので、この「てぃんさぐぬ花」の歌詞カードからの引用もひとつの書き方にすぎないということだ)


[訳]
鳳仙花の花を 爪の先に染めるように
親の教えを心に染めなさい
夜に航行する船が 北極星をたよりにするように
私を産んだ親は 私をたよりにしている

歌詞を注意深く読んでいただければ分かるように、「本土」の和歌が五七五七七の韻律なのに対し、沖縄の伝統的な短歌である琉歌は、八八八六になっている。そして、八はさらに「五三」または「三五」のパターンにわかれ、最後の六は「三三」にわかれる。


てぃんさぐぬ/はなや(五/三)/ちみさきに/しみて(五/三)
うやぬゆし/ごとや(五/三)/ちむに/すみり(三/三)

ついでに「Music of Okinawa」収録の「ナークニー」の歌詞にもなっている琉歌で気に入ったものがあったので、ひとつ。文盲の農村の娘、恩納なべが詠んだもの。


恩納岳あがた
里がうまれ島
社(もり)ん押しのけて
こがたなさな


[訳]
恩納岳の向こう側は
わたしの恋しい人の村である
あの山を押しのけてしまって
こちらに引き寄せたいものだ

「里」とは沖縄方言で夫・恋人のこと。森を社と書くのは、沖縄の固有信仰が、村落の周辺の森を聖地としたかららしい。

そして、純粋な沖縄民謡である「てぃんさぐぬ花」は、さきほど少し触れたように、沖縄のテトラコード「C-E-F」になっている。僕らが沖縄民謡を瞬間的に聞き当ててしまうのは、日本のものというよりも、東南アジアのものである「E」の中間音があるからなのだ。

たとえば、いわゆる「ヨナぬき」音階、純和風のペンタトニックは、「C-E♭-F」と、中間音がフラットしている。また、都節の音階は「C-D♭-F」というテトラコードになっている。これらと比べてきわだって高い中間音を持つ音階こそが、沖縄民謡のあの独特の明るさを表現している。

琉歌と音階に加えて、「てぃんさぐぬ花」に現れている沖縄民謡の特色は、三線と呼ばれる日本の三味線に似た楽器による伴奏にある。一定のフレーズを繰り返す、ジャズやロックでいう「リフ」がそれだ。歌われるメロディーの主要な断片が、伴奏として反復される。オリジナルの方の「てぃんさぐぬ花」を聴いていただければよく分かる。

と、これだけの前置きがあった上で、普天間かおりの「ティンサグの花」を聴いてみる。ここでは彼女は沖縄の伝統的な歌唱法に忠実である。いわゆる「こぶし」は「本土」と共通のものだが、沖縄民謡に特殊なものは、ヴォーカルのポルタメントである。上述の相対音階でいう4度から3度(FからE)へ下降するポルタメントが、この「ティンサグの花」でもひじょうに印象的だ。

このポルタメントに、僕がフェイ・ウォンのアルバムで聴いたような、大陸の匂いをかぎとってしまうのは偶然ではない。歌唱法におけるポルタメントは、かつて沖縄が中国と密接な関係にあったことの名残である。

そしてこの曲の終盤で、普天間かおりは沖縄音階で自由なアドリブを歌っている。この曲だけ聴くと、まるで彼女が民謡歌手のように思える。実はそれはまったく逆で、普天間かおりの歌唱力を根っこでささえているのが沖縄民謡に違いない。ちょうど、フェイ・ウォンが、母やテレサの中国歌謡を聴いて育ったように。

最後の6曲目は、がらりと変って3拍子のバラード。純然たるポップスにもどる。この曲も彼女自身の作詞で、忘れられない夏の想い出と過ぎ去った恋を重ねて、もう僕の沖縄への旅も終りに近づいたことを告げている。

このアルバムはポップスと沖縄民謡の融合を、既存のオキナワン・ポップスとは違った形で表現しようとした普天間かおりの意欲作である(それだけにインディーズなのは惜しいが)。

彼女にはそれを表現するだけの歌唱力があるし、「芭蕉布」や「雨よ…」、「ティンサグの花」を聴くかぎり、ふたつの世界の融合は新しいワールドミュージックへの可能性を十分予感させる。

ただ、個人的な感想を言えば、もっと沖縄でもいいんじゃないかということだ。それは歌詞を沖縄方言にするとか、沖縄音階にするとか、沖縄をそのまま表現するという意味ではなく、歌手としての普天間かおりが沖縄的な歌唱法を深め、ポップスを歌っても、ロックを歌っても沖縄の香りがするような、彼女自身の「個性」にまで高められるかどうかにかかっている。

たとえば、フェイ・ウォンがどんな曲調を歌っても、彼女の声と歌唱法の個性のためにすべて大陸の匂いがするように、普天間かおりというシンガーそのものが訪れたことのない人にも沖縄への「郷愁」を誘うようになれば、そのとき沖縄はほんとうに歌手としての彼女にとってのルーツたりうるのではないか。

僕らにとって、古くは南沙織や、今のアクターズ・スタジオのスターたち(安室奈美恵や知念里奈)を通じて触れる沖縄は、単なる彼女たちのプロフィールの一行でしかなく、歌手としての彼女たちには、筒美京平やユーロビートしか見出せない。

だからこそ僕は、これから先、歌手として正面から沖縄をルーツに見すえる普天間かおりがどのような作品を聴かせてくれるか、次の沖縄への旅がどんな旅になるか、待ち望まずにはいられないのである。


首都圏の方は「TOWER RECORD」渋谷店で、東海地区の方はアニメショップ「PAPER MOON」各店で入手できます。それ以外の地域の方はエスパル・プロモーションTEL.03(5468)2682へお問い合わせ下さい。

(ちなみに大学でフランス語を専攻した僕としておせっかいを言わせてもらえば、歌詞カードとジャケットで"an bord de..."となっているのは、"au bord de..."の間違いである)


普天間かおり『真南風(マフェー)』がじゅまるRECORD,1997 \1,800


1.海辺の避暑地に(Les Vacances au bord de la mer)
2.芭蕉布
3.Sugar Cane Train
4.雨よ…
5.ティンサグの花
6.終らない夏
7.海辺の避暑地に(Instrumental)



筆者のブログ
「愛と苦悩の日記」
おすすめ記事