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尾崎紅葉『恋の山賤』

近代デジタルライブラリーからのテキスト化

2003/04/12

  上

長閑き春は海よりも遊びは山の事なり。夏までは枯れじと見ゆる深山木の中に立ち交じる一重桜、ちら――ほら昨日今日咲き初め、山路の若草大分のびても、葉末はまだ曲がらず、雉子のほろろ、山鳥の羽音都の耳珍しく、穿き馴れぬ藁草履の足軽きにまかせて、咲き揃いたる花菫の中をわざわざ馳せ歩き、緋縮緬の蹴出しに紫を散らし、女二人男一人を連れて、山道を辿る美色十七八の娘、付き添いのものが呼ぶ如く、お嬢様というも苦しからぬ衣服人品(きつけひとがら)。蕨とりは、東京のせせこましき野の拾翠(つみくさ)より、興ある事とそそのかされて、思い立ちし今日の遊びなり。ともの女は三十ほどの痩せぎすの年増と、いかさま下女に生まれつきし不器量もの、しかもぶたぶた肥り、年齢は二十を一ツはみ出してというべき……これでも新造なり。いずれも東京からの付き人なれど、男は土地の者らしく、この女連れの逗留する宿の下男か、六十近くしなびて色黒き田舎爺、年にもめげぬ元気ものゆえ、今日のお伴おおせつけられ、天秤の頭に弁当の風呂敷包みを結いつけ、二間も後から(そっちは崖……左へ真っ直ぐ)と声を掛けて、のそりのそりついて来るを、年増の下女(名はお政)立ち留まりて振り返り、道傍の立ち木を指さして、

(これは何の気ですねェ)

老爺に尋ぬるものを、肥ったのが(名はお兼)引っとり

(なんだらぼッちゃァかァきの木さ)

(おしゃれてないよッ)

ふり下ろす手に、お兼は笑いながら遁げ出せば、さすがは年老

(あぶねェすべりやァすよ)

(すべッて怪我でもして、思入れ血を出したら、ちッたァ痩せるだろうホゝゝゝゝゝゝおやッ………お嬢様は)

今までありし娘の姿見えなくなれば、女ども眼色を変え、山には天狗その外の魔物棲みて、人を攫うということを、うそ半分にも日頃聞いて居れば、もしやそんな事ではあるまいかと胸を跳らせ、互いに見合わせし眼をいい合わせしように、老爺の顔に注げど、動ぜし景色もなく

(そこらから谷底へこけたか知ンねェ)

行きから帰りまで――この山に居る間は、随意になりて万事指図をうけるまでに、頼みにする老爺が構いつけぬ挨拶に途方に暮れ、お政はふるえ声になりて

(どうしよう)

と、たった今怪我でもしろと罵りしおかねに、相談しかくれど、これはなお役に立たず、はや涙ぐみ……涙声を張り上げ

(お嬢さまァ)

叫べば木魂に響きて凄まじく、いよいよ心細さに二人ながら物もいいえず、只きょときょとするを見て、卯平そりを打って笑い

(あれ見えねェかねェ)

頤でしゃくって教ゆる方を見れば、木立の繁みの間に、ちらり春芽の紅葉か、それならで山椿の大木の下に、透いて紅く見ゆるは

(あら、帯……だ)

(帯……お嬢様)

うまうまやられてお兼は口惜しがり、思い知ったか、どしんと老爺の背をたたき

(卯平さん人がわりいよ……老耄爺(おいぼれ))

真っ赤になって怒れば、老爺懲りずにまた高笑い、お政は、あれほど呼びしものをしらぬ顔の女の心意気が悪く、この返報と、わざと急きこみし調子にて

(それッ、それッ、お嬢様蛇が……)

(きゃッ)

魂ぎる一声、笹の枝へ三四十もさした椿の花を投げすて、転がるように木の間をくぐり出し、お政の腰にひしと抱き付き

(来やしないかィ)

声も体も慄わせば、一同腹を抱えて大笑い、主従忘れてのいたずら。ここと目星をつけしところへ来れば、天秤を卸して卯平あたりの草を指さし

(そゥれみな蕨……まァ休んでゆるりと獲るがえェ)

藁で束ねたより見たことなき女達は、そこに立ったまま、おやおやとしばしは呆れ、やがてお政は袂より、藍くさき手拭をとり出し、草の上に敷いて

(さァお嬢様すこしお休み遊ばせ、ああお兼どん草臥れたねェ)

(足が棒のようになッちまッた)

どっさり腰を据える時、娘はその肩をついて

(そら毛虫が……)

(えェつ)

と飛びのき、眉間に八の字をよせ、今いたところを気味悪そうに見まわし

(どこに)

娘は袂を口に当てて笑えば

(あらお嬢様、覚えていらっしゃいましよ)

お政は煙草管(きせる)をくわえて、まっちを擦りながら

(いい気味だ、臆病)

娘はお政の蔭に屈みて

(兼、かにんしておくれ、もうおどかしッこなしだよ)

ここにややしばらく戯れてから蕨とり。その村立つを引ちぎりに引ちぎり……面白き事譬え難し。はじめは一かたまりに額をあつめ、背を合わせ、それより追々くずれ出して、次第に別れ別れとなり、崖の方へ志すもあれば、藪際にあさるもあり、主を構わず、家来をふりすて、万事無頓着に興を催すに、取り残されし老爺も、初めのほどは義理に一つかみ二つかみ摘みたれど、年老のこれが何おもしろかろう、頭を柔らかに照らす日影に、昨夜の縄綯いの疲労が出て、弁当包みを大事にかかえながら枕にして、猫じゃらしの帯の結び目に蝶が狂うも、聞せがましく枕もとの木末に鶯の前渡りも、何も知らずついとろとろ。

  下

小風呂敷ははちきれるほど膨れかえる実入りに、おもしろさ堪らず、娘は足のすすむを忘れてそっちをむしり、こっちを取り、片手に握り余れば、紅裏(もみうら)の袂の中へ、土のままを推し籠み、おしこみ、両袖をずるずる引きながら、来たところはどことも知らず、返り見れば、人跡まれなるところを踏み分けて来たものか、小笹まじりの草、左右に我おしわけし痕あり。伸びあがって見るに、人影目に入らず、邪魔立てする檜木を除けんと、三足ばかり脇へ寄る拍子に躓いて、こけて、左の肱をつき、あぶなやと起き上がりざまにむこうを見れば、じき一尺もへだてず、そこは絶壁、下には幽かに響く谷川の流れ、気がつけばいよいよ胸轟き、名も知れぬ鳥の声、鋭き調子にて耳を貫かれ、ただ心細く途方に暮れ、かくさびしきところへは大胆にもよく来られしものなり、来られるはずにあらず、誰かに攫われたか、どの道を便りて帰るべき。さっと吹く風に木梢ざわつき、何となく恐ろしく、行くも帰るもならず、進退ここにきわまりて佇む時、びしびしと太き木のしなう響きに、後ろをふりむけば、今まで知らざりし、そこに三かかえもあるべき大木ありて、物音はその木末にするなり。鳥か、鳥にしては大いなる音、何ぞと立ち寄り、透かして見れば、ぎらり刃物の光、あっという声も出ず、足は地につかず、二三間馳け出しながら、こはい物見たさにまた振り返れば、高き梢に葉隠れつつ、紛れもなき人影――恐らくは男……あらくれ男。今驚かされし刃物を手にして立つは……顔は見えねどこっちを見詰めるらしく、おそろしや飛び懸って衿髪つかまれるは、今か今かと、人影に眼をつけしまま、五足六足ふみ出せば、石か、木の根か、何やらに足をとられ、横様にどう……強く弱腰をうたれ、膝頭を擦られ……悲しやここで命をとらるるか、されどまだ引っつかまれしにあらず、助かる運もあるべし、遁げて見んと身をあせれど、起き上がられもせず――遁げらるるものか、腰に諸手をかけ、のた打ち、鬢を土にすりつけて呻くを、葉越しに見つけしか、右手に斧を持ったる大男、猿のようにするすると樹をすべり下り、娘にはしりつく。娘が打ち傷急所ならで、今すこし正気ならば、この時の心は如何にあらん、わめくか――遁げるか――噛いつくか。背から自由に抱かれ――この化け物に抱かれ、羞かしく人には見せまじき白き膝頭の血を、その化け物に拭われしか、吸われしか、すべてうつつなり。

(姉や、姉や)

荒くれたる胴満声、おそろしけれど人間にてありし。これが耳へ通ぜぬではなけれど、痛手ゆえに応ずる言葉もかけられず、眉をしかめて、目をほっそり開き、よびかけし者の顔をながめてうなずく。男は女の腋の下から、帯の上へ手をしッかと廻し、倒れぬようにと抱きしめても、女は自身に自身を支える力なければ、おのずとのけぞりかえり、うなだるる頭は、男の百結なる股引の膝を枕にして、崩れし髷に得もならぬ油の香、伽羅とも梅花ともいわれず、馴らわぬ鼻をつきあげ、がッくりあおのく顔は、これ見よといわぬばかり。先ほど木末にいてちらと見しときは、ここらについぞ見しことなき、衣装髪形、顔の白さ、姿のやさしさ、噂に聞き及ぶ、五六日前戸長様へ東京からの客来、うッつい娘子が一人その中にいるし、仁蔵作助が一昨日見て来ての話、その女に極まれり。どうぞ一目と思いし念願届いて……やがて見たらば、きゃつらが騒ぐほどではあるまじと、すこし高を括りしに、見ればこたえられぬとぬかせし作助が口上うそにあらず。この山賤生を人界にうけてこのかた、初めてかかる女に逢いたり。東京土産の錦絵というものを、新田の鈴ッ子が見せしが、世の中にその絵のような、美しい女のあるものとは、一向合点なり難く、それこそ絵そら事とのみ承知せしに、これはその絵にましたる姿、あまりの美色になずみて、女が疵に悩む事も忘れ、苦痛の歯がみする顔を……苦しからんとも思いやらず、つくつくとながめて、にやりと笑い、頬の色、こまやなる肌理、すべて珍しく、これ一生の思い出、またとはあるまじと、爪長く、節くれ立ち、木脂に染みし指にて、臆しながら、すべすべとせし頬をついて見、なお深入りしてくちびるをひねり、指さきにつく紅を、嬉しそうに見て――嘗めて、あたりを見まわす。膝に載せし体に重みを覚え、位置を替えさせんとて、女の腰の痛む所が、わが爪先にふと当てれば、(あっ)と叫ぶ声に漸く心づき、薬もなくこのままにしては気遣いなれど、外にせんすべはなし、まず連れ申して山を下りん。我が身支度して弁当を尋ぬれば、こはいかに、箱は二つになり、握り飯も梅干も、ちりちりに飛び出したるは、この弁当箱につまずき、女は転びたるか、双方の不仕合せ、情けなき事をしたりと、こわれし箱へこぼれし物を拾いこみ、縄からげにして腰に結び、女を背負い、斧をさげ、馴れし道とて下り坂をあぶなげもなく三四町下りる道々、何ともわけはわからず、嬉しいような、羞かしいような気になって、背負いし人の身の上は、少しも苦にならず、満面に一種の喜悦あらわれ、一二間歩みては、顔をはすに上げて……何を見るかと思えば、我が両肩にかけるでもなく、載せる女の手先、その指の白く、しとやかに細りたるに、黄金の指環を左に二ツ右に一ツ――紫の宝石入りと、菊の花唐草の毛彫りのと、残り一ツは五分幅の延金(のべ)なり。こんな手がこの肩へ――背負い梯子の縄連蒻にかたまりたる肩へ、仮にも――夢にも、載りしためしなし。たとえば朽ちたる木――からびたる巌の上に、村消えの春の雪、それはあるためし、これはまたとはあるまじ。二三十貫負うて、かつてこの肩の痛むということなかりしに、この細い手二ツ、目方にして何匁というほどのものを、しかも負うにはあらで、ただ載せたばかりに、金鉄造りの肩がめりこむかと思う気持ち。さほどの重荷を引っかついで、十里が百里でも、千里二千里はおろか、何日一度はつくところありて下ろさねばならぬが口惜し。願わくばこうして、生涯あるいて見たく、歩みては振り返り――振り返りてはその手をながめ――ながめては頬をすりつけ、次第に愛着の一念高じ、今はその手にては心ゆかしに足らず、思う存分美しい顔が見たしと、いろいろに仕方をかえて振り向けど、女はわが襟首に顔を伏せて、本意を遂げられねば、負いし後ろ手をゆりあげ、女の顔をwが方へ、こっち向きに載せるようにして、それにわが面をつき合わせ、見れば見るほど恋は募り、むやむやとしてはらわたを掻きむしられる思い。はじめのほどこそあれ、連れの人に遇いて、早く手渡してと思いしが、今はなかなか遇うこと厭になり、人声するを狼の遠吼えより心細く……恐ろしく、一二町もたどりゆきし頃、それ狼――夥しき人声に胸を刺しぬかれ、もしここの薮陰にぬけ道なりとあらば、この男必ずそこへ分け入り、あとをくらます気になり、毒を喰わばの決心はそれについで避けがたく、ひょんな事にもなるべきに、不幸のような幸いの一筋道。どう身を悶えても、上り来る人に遭わねばならず、死ぬほど思うとも、もとよりかなわぬ事ながら、嬉しき思いもはやこれまで、このゆかしい物をやみやみ人に渡さねばならぬか。それがいやさに足はすくみ、しばらく立ったりしが、何と思いしや、ばらばらともとの道を一散にかけ戻り、六七間もかえして踏み留まり、また何と思いしか、すごすご踵をめぐらし、以前のところまで来し時は、足音近くなり、(お嬢様)とよばわる声高く、そのうちの皺枯れ声は耳馴れし卯兵衛爺。さてぞ案に違わず、この女は旦那様のお客、それと気のつかぬでもなかりしが、つい……我しらず不躾をしたり、悪い事をしたり、今更取り返しならず、何とすべき。当人は傷に悩みて、前後をわきまえぬように見えしが、全く正気なきにあらねば、もしや我せしいたずらを知りて、告げ口されたらば、卯平爺の手前……それよりは第一に済まぬは旦那様、明日から仕事あがりて、この村をさえぼいこくられ……しなしたり一時の迷夢にと、むくつけ男の律義に、前非を悟れば、冷や汗額ににじみ、顔色かわりて、おろおろするを、お政が真っ先にかけより

(やッ、お嬢様)

余りの喜悦に、ありだけの力を籠めたる声、男の胆にこたえ、きょとりとしてお政を見るばかり、

(おお、万蔵か)

卯兵衛によばれ、人知らぬ悪事の弱みあれば、老耄の勢いなき眼も、睨むように覚えて、臆せし調子は低く

(やァ、卯兵衛さん)

女は二人して、万蔵の背より娘を引きおろせば、まだ正体なくそこに倒れるを、左右より取りつき、

(お嬢様ァ)

涙まじりによびて介抱するを、万蔵見て、疑いもなく女は正気なかりしと、安心の胸を撫で、泥まぶれの体に一風呂の心持になり、元気づいて怪我の始末を話せば、老爺ほくほく喜び、帰ったら旦那様に申してと、褒美の前触れまでして、太儀ながらお宅まで背負いていって上げろとの言葉に、死罪と極めし身が不慮の大赦、なおそれに留まらず、褒美というに万蔵心中に冥加恐ろしく、せめては犯せし大悪罪の十分の一も滅びんためと、こんどは仏様をとりあつかう気になって、おそるおそる背負い申し、また指環の光を見し時は、身の毛よだち、目をねぶりて唱名申しける。



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