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聞き流せないこの曲
( 19980417 )

Japanese/English

NHKの『ポップジャム』は将来性のある新人を紹介する番組として、森口博子を司会にした表面上の軽さとはウラハラにとても意欲的な番組だと思う。別に毎週かならずチェックしているわけじゃないけれど、先日たまたま見ていたらROMIという新人が登場した。

最近、奥田民生のPUFFYや、元accessの浅倉大介のT.M.Revolution、つんくのモーニング娘。(?)など、小室哲哉がブームの火付け役か、新人をプロデュースするアーティストが増えているように思う。ROMIもその一人だが、彼女自身はとても歌唱力のある本格派シンガーであることが一曲聴いただけでわかった。

しかし『ポップジャム』でROMIが歌っていた『見つめていたい』という曲は、テレビ朝日系の「長野オリンピック」テーマソングになっていたにもかかわらず、このページを読んでいる方のなかにも、おそらく聴いたことのある人はほとんどいないだろう。

明らかにマズいのだ、曲が。彼女の歌唱力の他はまったく印象に残らない。素直すぎる。作曲・編曲はTAKURO、作詞はTAKURO・MINA NAGASHIMAとなっている。

僕らが個性的な人物に出会うとき、その印象が長く残るのはどこかに「ひっかかる」ところがあるからだ。周囲と同じような何の特徴もない、それこそサラリーマン的な人間と出会っても、僕らは何の印象も感動もうけない。その「ひっかかる」ところとは、多くの場合、「いびつさ」や「ゆがみ」、「やりすぎ」といった、それだけをとらえればネガティブになりかねない点である。

ポップスだって同じことだ。ヒットする曲には必ず「ひっかかる」ところがある。曲を初めて聴いたときにも「あれっ?」と思うところが必ずある。

スピッツ。素直そうな表面に秘めた少しの毒。シンプルそうでシンプルでないコード進行。「冷たい頬」はC-CM7の次のEmがメジャー進行になんとなく影を落とす。その不安は「それが全てで...」からのF-G-E-Am-F-Esus4-E-Asus4-Aという、まったく予想外の展開で的中する。一度マイナーをくぐって3度の転調で終るなんて、誰が想像するだろう。

PUFFYは、ビートルズに始まってフレンチポップスからモータウンサウンドまで、「あれっ?これってどこかで聴いたことある!」という曲ばかり。さすがプログレッシブ・ロック・グループ、UNICORN出身の奥田民生。引用の魔術。もともとプログレそのものがロックに対する批判的ロックなのだ。彼はあらるゆポップスを引用しつくす素質を十分持っている。

Cocco。沖縄出身の彼女はアクターズスクールのマスプロと一線を画す独自の世界をすでに確立しているように思う。「強く儚い者たち」の歌詞は一度聴けば忘れられないだろうし、「Raining」のサビに向かっての5度の転調は教科書どおりとしても、4分の4拍子に2度挿入される2分の4拍子の不安定なリズムは、「血にまみれた腕」という歌詞とともに脳裏に焼きつく。

サザンオールスターズ。彼らはもう職人芸の域に達しているのでここで述べるまでもないけれど、「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」のサビの直前、この曲はDメジャーのはずなのに、?度のDメジャーへもどるためのG7がGmにすりかえられ、実はそのGmがBフラットの代替コードでそのままFメジャーになったかと思うと、そのFメジャーが実はDマイナーの裏で、そのままDマイナーなんだろうなーと思うと、マイナーのはずがメジャーになって、気がつくと元どおりDメジャーになって、サビですよ、という展開。

山下達郎。これも言わずもがなだけど、嫁さんの竹内まりや同様、代替コードでベースラインを大事にしている。こんな目立たないところが彼の音楽の個性の一部をなしているのだ。たとえば「ヘロン」。冒頭の「どんなにさみしい...」から1小節ずつ書くと、素人ならC-C-G-C-F-F-G7-G7で8小節一巡するけれど、彼はC-C-Em7-Am7-Dm7-Dm7-G7sus4-G7となる。最初の?度と最後の?度をのぞいて、すべて代替コード。しかもBメロは、?度の和音にわざとメジャー7thをメロディーでぶつけている。サビにはG7の代替コードのDm7に、7度の音を加えたFm6でいろどりを加えている。この繊細さが山下達郎の山下達郎たるゆえん!

広瀬香美。彼女は歌唱力も申し分ないが、彼女自身の作詞作曲による楽曲も光っている。「promise」。この曲はGマイナーだが、EM7で始まっている。これは裏のBフラットメジャーの?度の和音のメジャー7th化というより、GマイナーそのもののベースがDフラットになったと見るべきだろう。サビのコード進行は、Gm-F6-EM7-Dm7と、6thやメジャー7thを使ってまでDを残すことで、一貫した印象を残す。こういう細かい配慮が、うっとりする聴き心地を生み出しているということを、聴く側もたまにはアーティストの楽曲の楽譜とにらめっこして検証してみるべきだ。

中島みゆき。彼女についても言わずもがなだし、歌詞の素晴らしさは柳美里の賛辞を参照してもらうとして、ここでは「命の別名」の曲の面についてのみ取り上げる。Fmのこの曲は、Bメロの「(ささやかな者)たちよ僕と(生きてくれ)」の部分、Dフラットの和音の構成音を、3度・1度・下の5度・下の3度・1度・3度とそのままメロディーにしている。こんなパワフルでストレートなメロディーは中島みゆきにしか書けない。サビの最後、「(名)もなき君にも」の「き」と「も」は、この小節のBフラットmと、Fmの構成音をわざと1音つりあげて、巧みに劇的な盛り上がりを演出している。「心と呼ぶ」の駆け上がりは肌があわだつ。彼女のメロディーは奇蹟だ。

さて、最後にROMIの「見つめていたい」。最初から1小節ずつコード進行を追ってみる。C-G-Am:G-F-C-E7-Am:G-F-G-F-G-G-C:G-Am:Am/G-F:C-Gsus4/G-C:E7-...なめてんのか!と言いたくなる。7thやsus4なんて今の時代、素人でもギター爪弾きながら曲を作ればかんたんに出てくるコードだ。AmからAm/G、Fという、ベースラインが1つずつ落ちていく展開も、70年代に松任谷由実がイヤというほどやりつくしたパターン。しかも、代替コードがまったく登場しない。

では、メロディーに個性があるかと言えば、何もない。たとえば上記のE7の個所。E7を識別する音は、もちろんGシャープだが、彼はこのGシャープをいきなり小節の初め、しかも付点4部音符もの時間引きのばしている。このデリカシーのなさ。技術のなさ。しかも同じ事をサビに登場するE7でも繰り返している。つまり、E7への転換の冒頭にGシャープの音を置いているのだ。

さらにサビのリフレインでは、CメジャーからDフラットメジャーへの半音上昇の転調なんていう、今どき誰もやらないようなことをやって超アナクロニズム。

いい曲にはそれなりの理由がある、ということだ。

(参考資料)ブティック社「月刊歌謡曲」No.235


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