think or die :
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自己啓発書のおそるべき欺瞞
ジェームス・スキナーとアンソニー・ロビンズについて
2006/04/09

全ての自己啓発ビジネスは欺瞞である。人間を傲慢にも二種類に分類するからだ。望ましい状態にある人間と、そうでない人間の二種類に。そもそも望ましい状態にない人間がいなければ、自己啓発ビジネスは成立しない。

2006/04/03(月)22:00〜23:18テレビ東京系で、世界的ベストセラー『7つの習慣』を日本に紹介したというジェームズ・スキナーなる人物の『夢と幸せをつかむ!成功への9ステップ』という番組がみのもんたの司会で放送されていた。一言でいえば自己啓発セミナーのテレビ版で、コーチであるスキナー氏が流暢な日本語で話す決め台詞を仕込みの観客が大声で唱和するという、非常に気味の悪い、だが見方によってはテレビショッピング風で大いに笑える番組だった。

さっそくインターネットで検索すると、自信たっぷりのスキナー氏の笑顔をありがたく拝むことのできるジェームス事務所のWebサイトが見つかった。ただ、さらに検索するとスキナー氏の書いたり話したりしていることがアンソニー・ロビンズという人物の単なる引用でしかないことが分かった。

ちなみにスキナー氏のセミナーは初めて参加する場合、宿泊費も含めて4日間で105,000円也とのことだ。いかがわしい新興宗教に比べればはるかに良心的な価格設定だが、スキナー氏のセミナーに10万円も支払う経済的余裕があるなら、そのお金を是非アフリカの貧しい子供たちのために寄付して頂きたい。それこそスキナー氏が本当に望んでいるはずのことだからだ。

そういうわけで二番煎じのスキナー氏のことはどうでもいいので、アンソニー・ロビンズ著/堤江実訳『あなたの「最高」をひきだす方法』(PHP文庫)を読んでみた。157ページにこう書いてある。「人生に新しい姿勢で向かう準備ができていない人は、チャレンジを始めないでください。これは心の弱い人のプログラムではありません」。ロビンズ氏が「心の弱い人」をばっさり切り落としている印象的な箇所である。

スキナー氏の師であるロビンズ氏が、うっかり本音をもらしている箇所は他にもある。90ページにロビンズ氏自身の経験が引用されている。

「私はいつも、どんな人にでも変化を起こし、それが長続きするコツを伝授するという自分の能力に誇りを持っています。」ロビンズという人物はこのように常に自信たっぷりなのである。

「でも、私はかつて、ひどく失礼な形で、あることに気づかされたことがありました。何年も前に禁煙を手助けした一人の男性が私のところに来て、ポケットから煙草を取り出してこう言ったのです。『おまえは失敗した』と。『どういう意味ですか?』と私は聞きました。『おまえのコーチングを一セッション受けたあと、確かに自分は二年半ほど煙草をやめていた。が、ある日ストレスに耐えられなくなり、また吸い出してしまったのだ。全部おまえのせいだ!ちゃんとプログラムしてくれなかったからだよ!』」

ちなみにロビンズ氏の喫煙者嫌いは僕に負けず劣らず徹底しており、『あなたの「最高」をひきだす方法』のいたるところで喫煙者は完全に悪者あつかいである。続きを引用しよう。「彼の喋り方はお世辞にも上品とは言えないものでしたが、この男性は私に素晴らしい贈り物をしてくれたのです。それは、『私たちは皆、変化に対して自分で責任を取らなければならない』と教えてくれたことでした」。ロビンズ氏は自分で責任をとれないこの男性を、ばっさりと切り捨てている。

このようにすべて自己啓発と名前のつく啓蒙活動は、人間を望ましい状態にある人間と、そうでない人間の二種類に分類しなければ成立しない。仮に世の中の人間がすべて望ましい状態にあるとしたら、そもそも啓発する必要などないからだ。

ところがこの種の自己啓発書には2つの欺瞞がある。1つめは、ロビンズのような自己啓発のコーチ自身が、望ましい状態と望ましくない状態の線引きをしておきながら、まるで線引きをしているのは自分ではないかのように責任転嫁をしている点。2つめは、人間を二種類に分類しておきながら、分類していないと言い張る点である。

1つめは、『あなたの「最高」をひきだす方法』の中で望ましいとされていることや人物と、望ましくないとされていることや人物を列挙してみればわかる。望ましくないことは、「喫煙」「麻薬中毒」「悲しみ」「貧困」(驚くべきことに14ページに「喜びと悲しみ、成功と貧困、長くゆっくり生きるか早くこの世に別れを告げるかなど」と書かれてあるのだ)。

逆に望ましいことは、「成功」「素早く決断を下すこと」「心と魂の成長」「喜び」など。望ましい人物は「マハトマ・ガンジー」「ローザ・パークス」「成功した人たち」「マザー・テレサ」「動物の権利について深く関心を寄せる人たち」「ビル・ゲイツ」(何とビル・ゲイツが58ページに偉大な成功者として例示されているその2ページ先には再びマハトマ・ガンジーが登場するのだ。ロビンズ氏にはビル・ゲイツとマハトマ・ガンジーの区別がつかないらしい)などなど。

この線引きはロビンズ氏の個人的な好みであるにもかかわらず、ロビンズ氏は「マハトマ・ガンジー」や「マザー・テレサ」などの名前を引き合いに出し、誰も反論できないような偉人の権威に訴えることで、自分の個人的な好みが普遍的な真理であるかのように偽装している。

つぎに2つめはもっと始末が悪い。『あなたの「最高」をひきだす方法』という本の半分以上が、「快・不快、善悪は考え方次第」という徹底した価値相対主義、認知主義的な価値論のために割かれている。たとえば32ページ「人間の素晴らしさの一つは、何が苦痛になり、何が喜びになるかを自分自身で決めることができるということです」。

39ページには「今すぐに、完全に幸福に、ワクワクする嬉しい気分になりたいとしたら、すぐなれるでしょうか?ええ、もちろん!見方を変えてみれば良いのです」とある。181ページには「良い気分になるためには何が必要でしょうか。答えは、良い気分になるためには何も起きなくてもいいということです。あなたは、今すぐにでもそうしたいと思えば、良い気分になれるのです」と書いてある。

この本の第2章、第4〜7章、第9章のほとんどの部分が、このような認知変容の要求に割かれている。「考え方を変えさえすれば、いまのあなたの状態がそのままで最高にハッピーな状態になるのだから、ものの考え方・見方を変えなさい」という訴えだ。

僕はここで「快・不快、善悪は考え方次第」という考え方そのものを批判したいわけではない。むしろこのWebサイトで以前、集中的にとりあげたブリーフセラピーなどの心理療法では、認知を変えることが非常に重要な方法論になっている。ただ、ロビンズ氏は一方で望ましい状態と望ましくない状態(習慣的な喫煙や弱い心)をはっきり線引きしておきながら、他方では考え方さえ変えればあなたは今すぐ望ましい状態になれると語りかける。明らかな矛盾である。

しかしロビンズ氏の書物が完全に矛盾しているのも無理はない。ロビンズ氏自身が論理を否定しているからだ。91ページにはこのように書かれている。「通常、私たちの行動を決めるのは論理的な計算ではなくて感覚です。頭で理解することではなく、苦痛や喜びに結びつける私たちの神経のシステムなのです。それが私たちの行動を決めるのです」。たしかに「感覚」や「神経のシステム」でこの本を書くという行動を決めたのなら、内容が矛盾だらけになるのも無理はない。

しかしロビンズ氏自身は、自分の本が矛盾だらけであるとは考えもしないだろう。自分の本は望ましくない状態にある人々が、望ましい状態になるための、一つのはっきりした指針を与えると信じているはずだ。何しろロビンズ氏は「どんな人にでも変化を起こし、それが長続きするコツを伝授するという自分の能力に誇りを持って」いるのだから。

マザー・テレサやマハトマ・ガンジーといった偉人の権威を借りながら、自分自身の決して普遍的ではない価値観を自明のことのように読者に対して押し付け、しかも押し付けていることを否定している。こんな無責任な筆者による矛盾だらけのアドバイス群に、僕らは自分の人生をゆだねてしまっていいだろうか。

僕らの人生にとって本当に大切なことは、一体何が本当に「善」なのか、何が本当に「悪」なのかを、たとえ答えが出なくても一生かけてでも根気よく問い続けることではないのか。ロビンズ氏が軽やかに書いているように、そうかんたんに何が善で何が悪かの答えが出て、さっさと行動に移れるのなら、人間は人間でなく動物だということになってしまうだろう。

これは決して冗談ではない。現にロビンズ氏は『あなたの「最高」をひきだす方法』の第5章で「コンディショニング(条件づけ)」ということを方法論として提示している。自分自身をパブロフの犬にしようと、読者にむかってアドバイスしているのである。108ページにはこう書いてある。「最も効果的な訓練法の一つは、人間でもイルカでも同じですが、何かご褒美を作ることです」。ここまで率直に書かれると、恐ろしいというより笑うしかない。

この種の自己啓発書が、僕らが自分の人生の問題を考えるための手助けにならないのはもうお分かりだろう。率直なロビンズ氏は、自分に人生の問題を考える能力がないことを認めている。87ページの次のような記述だ。「でも、『私の人生は何なんだろう?』『私にとって、いちばん大切なものは何だろう?』『なぜここにいるのだろう?』というような質問に完璧な答えを出そうとしすぎれば、前に進むのは難しくなるでしょう」。

たしかにそんな質問に完璧な答えを出すのは難しいだろうし、そもそも不可能かもしれない。だからと言って、自分を条件反射で訓練する人生が、それに代わる解だなどと、いったい誰が考えたがるだろうか。

最も許せないのは、ロビンズ氏やスキナー氏のような人物が、この種の啓発行為を彼らの経済的成功の手段にしているということだ。それによって彼らは、マザー・テレサやマハトマ・ガンジーを侮辱している。本当に彼らがマザー・テレサやマハトマ・ガンジーを偉大だと思うなら、貧しい人々には手が出せないような値段でセミナーを売る代わりに、辻説法でもしたらどうだろうか。