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![]() 映画日記1994/11〜1995/05 ( 19970820 ) 自分を完全に見失いつつあったある映画青年は、自己の存在理由を数々の映画の中に求めていた。それは1994-95年、彼が社会人1年生であった頃のお話...。 J・L・ゴダール《HELAS POUR MOI!》 何と悲しいこと!三位一体の神の神秘を映像で語ることが出来るのか。SIMONEと神の一体化。Mon dieu!貞淑な妻ラシェル。詩編。 J・L・ゴダール《CONTEMPT》 ダンテの引用。ギリシアの神々の立像。トラッキングの多用。カットバック。自分自身の引用。引用されたカットの不在。地中海へのパン。 ジャン・ルノワールの言葉 一つの映画作品を愛するには潜在的に映画作家でなければなりません。いや、私だったらこんな風に作っただろう、あんなふうに作っただろうと、こんな具合に考えるべきです。たとえ想像の中だけであっても、自分自身でフィルムを作るのです。そうでなければ映画を観に行く資格はないでしょう」(ジャック・リベット、フランソワ・トリュフォーとの対話より) デレク・ジャーマン『セバスティアン』 音楽:ブライアン・イーノ。振付:リンゼイ・ケンプ。1976年。86分。三島由紀夫。 小津安二郎『お早よう』 際限ない社交辞令の反復から成り立っているような野田脚本に対する自己言及のような物語。「お早よう」よいう一言の重大さ。ラスト近く、プラットホームで久我美子と佐田啓二との社交辞令のやりとりの場面が、空の青さとあいまって目眩がするほど美しかった。 小津安二郎『非常線の女』 田中絹代・岡譲二。 ジム・ジャームッシュ『ストレンジャー・ザン・パラダイス』 音楽:ジョン・ルーリー。 ウッディ・アレン『アニー・ホール』 1977年。ダイアン・キートン、アカデミー主演女優賞。 ウッディ・アレン『マンハッタン』: 1979年。ダイアン・キートン。ラプソディー・イン・ブルー。 1960年フランス。 1972年アメリカ。監督:ハーバート・ロス。カメラが動き過ぎ。BGMもうるさい。 突然スペイン異端審問。手旗信号版「嵐が丘」。 ジャック・ベッケル『赤い手のグッピー』 1942年フランス。ベッケルの長編第2作。 ウッディ・アレン『スリーパー』 1973年アメリカ。チャップリン風。最後のカットの台詞。'Sex & Death'。ダイアン・キートン。 モンティーパイソンズ・フライングサーカス ハワード・ホークス『三つ数えろ』 1946年アメリカ。ハンフリー・ボガード。ローレン・バコール。既に観たホークス作品は、「リオ・ブラボー」(1959)「紳士は金髪がお好き」(1953)マリリン・モンロー「港々に女あり」(A Girl In Every Port) ウッディ・アレン『愛と死』 1975年アメリカ。ダイアン・キートン。ロシアが舞台。フィクションの世界が閉じずに観客に開かれているのは『アニー・ホール』と同じ。彼のペシミスティックな世界観が露呈。カメラがよく動く。音楽はプロコフィエフ。 ウッディ・アレン『スターダスト・メモリー』 1980年アメリカ。フェリーニを思わせる騒々しさ。と思ったらやっぱり「81/2」の換骨奪胎らしい。見事な白黒撮影はゴードン・ウィリス(ゴッド・ファーザー、アニー・ホール、カイロの紫のバラ、推定無罪、冷たい月を抱く女のカメラマン)。 ウッディ・アレン『ブロードウェイのダニー・ローズ』 1984年アメリカ。ミア・ファーロ。 プルースト要約選手権が笑えた。Royal Navyのカニバリズム。cをbとしか発音できない男。 ウッディ・アレン『影と霧』 確実に年をとっている。それにしてもあのひどい吃音はどうにかならないか。マドンナがちょい役ででていた。カメラマンはカルロ・ディ・パルマ(欲望、他ミケランジェロ・アントニオーニ作多数)。 ウッディ・アレン『バナナ』 全編ギャグのみ。切れてる。タイトルロールも最高! ウッディ・アレン『カメレオンマン』 自伝的ドキュメンタリーのぱーぺきなパロディー。日本語吹き替えだったせいもあり、最初は間違ったビデオを借りて来たのかと勘違いするほど。フィルムのキズや、コマ飛びまで忠実にパロっている。やや冗長。 モンティー・パイソン『ホリー・グレイル』 ブラック過ぎて笑えなかった。 オーソン・ウェルズ『オセロ』『市民ケーン』 市民ケーンは2回目。カメレオンマンはこれのパロディかもしれない。 ウッディ・アレン『カイロの紫のバラ』 夢こそ命をつなぎとめる。No dream, no life.もっとたくさんの映画を観たいと思った。 S・キューブリック『博士の異常な愛情』 1964年イギリス・アメリカ。ピーター・セラーズの3役には全然気づきませんでした。 エドムンド・グールディング『グランド・ホテル』 グレタ・ガルポ、ジョン・バリモア、ジョン・クロフォード。 スタンリー・キューブリック『時計じかけのオレンジ』 1971年イギリス。マルコム・マクダウェル。 ピーター・グリーナウェイ『英国式庭園殺人事件』 ブレイク・エドワーズ『ピンクの豹』 ヒッチコック『間違われた男』 E・フォン・シュトロハイム『愚なる妻』 Q・タランティーノ『パルプ・フィクション』:94年アメリカ ウッディ・アレン『ラジオ・デイズ』『マンハッタン殺人ミステリー』 ブレイク・エドワーズ『ピンク・パンサー3』1976年イギリス ジム・ジャームッシュ『ナイト・オン・ザ・プラネット』 1991年アメリカ。ベアトリス・ダルの盲人。ジーナ・ローランズが出てたの? ヒューストン『マルタの鷹』 『黒いオルフェ』 J・デュビビエ『にんじん』 1932年フランス。人物のアップが迫力あり。ラストで首をつりかける少年の恐怖におののく表情が圧巻。馬車で飛ばすシーン。座席から見上げた並木のスピード感。母親の狂気はヒッチコックに通じる。 ルネ・クレール『最後の億万長者』 1934年フランス。コメディーのある種のパターン。『自由を我等に』『巴里祭』の方がおもろかった。 デニス・ホッパー『イージー・ライダー』 1969年アメリカ。制作はピーター・フォンダ。アメリカンニューシネマの代表作。やっぱり墓地のファックシーンが斬新。カット割りも新鮮。 ジョン・ヒューストン『キー・ラーゴ』 1948年アメリカ。ハンフリー・ボガード。ローレン・バコール。クレア・トレバー。ボート上での決闘。何かで見た気がする。『バーバリー・コースト』同様、エドワード・G・ロビンソンが悪役を完璧に演じている。密室劇としても秀逸。クレア・トレバー扮する落ちぶれた歌手に、ロビンソンが無理矢理歌を歌わせるシーンがよい。ラスト、ローレン・バコールがよろい戸を開けると、部屋に光が満ちる。ハリケーンの接近を、グラスや額縁で細かく見せる。 フリッツ・ラング『M』 1931年ドイツ。連続幼女殺人犯を追跡する中盤はやや退屈。シルエットで登場する犯人。風船やボール、皿とフォークでエルゼの不在を見せるカットが秀逸。階段の吹き抜けを真上から狙ったカットなど前半と、後半、犯人が私刑されかける部分はすばらしい。犯人役のピーター・ローレは『マルタの鷹』にも出演している。 ジョン・ヒューストン『赤い風車』 1952年イギリス。娯楽映画の天才が2時間にわたって伝記映画でテンションを維持するのは難しいようだ。 コーエン兄弟『バートン・フィンク』 1991年アメリカ。異常なまでの神経質さが見事に映像化されている。水のしたたる音。壁紙の糊が溶けて流れる音。音響も異様に神経質。 マルクス兄弟『我輩はカモである』 1933年アメリカ。超高速のテンポ。徹底的なナンセンス。「純粋喜劇」 コーエン兄弟『ミラーズ・クロッシング』 1990年アメリカ。なめらかなトラックアップ・トラックダウン(ステディカム?)。低音が図太い音響効果。繊細さと大胆の見事な共存。 ピエトロ・ジェルミ『刑事』 1959年イタリア。妙に気取った台詞もなく、市井の人間のありのままの姿。省略法が見事。ピエトロ・ジェルミ自身が警部役。クラウディア・カルディナーレが秘めた情熱を好演。ニーノ・カステルヌオーボは『シェルブールの雨傘』でカトリーヌ・ドヌーブの相手役でしたね。 ヒッチコック『北北西に進路を取れ』 1959年アメリカ。ケーリー・グラントのすっとぼけた表情がいい。バスが走ってくるあの俯瞰の絵はどうやって撮ったのか?地平線やビルのファサードなど構造的な映像美。ロマンスは付け足し程度。 マルクス兄弟『けだもの組合』 1930年アメリカ。映画というよりマルクス兄弟のボードビルのドキュメンタリー。全編マスターショットのみで映像上の構成なし。 『哀愁』 約束どおり(?)観た。ダンスホールの演出は泣かせるねぇー。ビビアン・リー扮するマイラは堕落してクローニンと結婚する事をみずから拒み、ウオータールー橋の上で赤十字のトラックに飛び込み轢死する。 ヒッチコック『ロープ』 超長回し。カットのつなぎめはスーツの背の黒。コーエン兄弟『赤ちゃん泥棒』 1987年アメリカ。ニコラス・ケイジ。 ジョセフ・フォン・スタンバーグ『モロッコ』 1930年アメリカ。ゲーリー・クーパー。マレーネ・デートリッヒ。 ジョン・フォード『駅馬車』 1939年アメリカ。ジョン・ウェイン。クレア・トレバー。 エミール・クストリッツア『アリゾナ・ドリーム』 1992年フランス。ジョニー・デップ。フェイ・ダナウェイ。 オーソン・ウェルズ『ストレンジャー』 1946年アメリカ。ヒッチコックの『疑惑の影』の影響。 ジョン・フォード『荒野の決闘』(いとしのクレメンタイン) 1946年アメリカ。ヘンリー・フォンダ。 ルイ・マル『五月のミル』 1989年フランス5月革命にゆれる68年のフランスの田舎町。ルノワールのように楽天的。 エルンスト・ルビッチ『結婚哲学』 1924年アメリカ。 イム・グォンテク『風の丘を越えて(西便制)』 1993年韓国。 フレッド・ニューメイヤー『ロイドの要心無用』 1923年アメリカ。ハロルド・ロイド。 バスター・キートン『セブン・チャンス』 1925年アメリカ。 ルイ・マル『地下鉄のザジ』 1960年フランス。スラップスティックの手法。 1994/11/25 Thu. 1994/12/24 1994/12/31 1995/01/02 lundi 1995/01/15 dimanche 1995/01/21 ジャック・ベッケル『穴』(Le Trou) Q・タランティーノ『レザボア・ドッグズ』(Le Trou) 1995/01/22 ウッディ・アレン『ボギー!俺も男だ』(Play It Again, Sam!) モンティーパイソンズ・フライングサーカスNo.1 1995/01/25 モンティーパイソンズ・フライングサーカスNo.2,3 1995/01/26 1995/01/27 1995/01/28 1995/01/30 1995/02/01 mercredi モンティーパイソンズ・フライング・サーカスVol.7 1995/02/04 1995/02/10 1995/02/12 1995/02/16 1995/02/18-02/22 ヨナス・メカス『ライフ・オブ・ウォーホル』1990年35分16mm 1995/02/23 1995/02/25 1995/02/26 -1995/03/04 1995/03/05 -1995/03/10 -1995/03/11 1995/03/12 1995/03/13 ヒッチコック『舞台恐怖症』 1950年イギリス・アメリカ。こういう映画は何度も見なきゃ分からんな。いかんなぁ、単なる娯楽として見たんじゃ。 1995/03/13 ヒッチコック『私は告白する』 1953年アメリカ。ケベックが舞台。DIRECTION。 1995/03/16 マイケル・カーチス『カサブランカ』 1942年アメリカ。学生時代以来2回目。2回も見ると平凡な映画になるが、ラストの霧にむせぶ滑走路のイメージは美しい。 1995/03/18 ルイジ・コメンチーニ『ブーベの恋人』 1963年イタリア・フランス。クラウディア・カルディナーレ。ジョージ・チャキリス。マルク・ミシェル。『哀愁』の引用。メロドラマの名作。マルク・ミシェルは『ローラ』(ジャック・ドゥミ)でアヌーク・エメと共演。イメージの斬新さはないが、刑務所での2人の距離感など、ポイントは押さえてある。『哀愁』を見る必要あり。 1995/03/26 ジーン・ケリー『雨に歌えば』 1995/04/30 ルイス・マイルストン『西部戦線異常なし』 1930年アメリカ。 1995/05/01 ウッディ・アレン『ハンナとその姉妹』 1986年アメリカ。 1995/05/02 ウッディ・アレン『私の中のもうひとりの私』 1989年アメリカ。ジーナ・ローランズ。ジーン・ハックマン。 1995/05/03 ジュリアン・デュビビエ『舞踏会の手帖』 1937年フランス 1995/05/04 ウッディ・アレン『アリス』 1990年アメリカ 1995/05/05 ウッディ・アレン『セプテンバー』 1988年アメリカ 1995/05/06 セルゲイ・エイゼンシュテイン『戦艦ポチョムキン』 1925年ソビエト 1995/05/07 F・W・ムルナウ『吸血鬼ノスフェラトゥ』 1922年ドイツ。 1995/05/09 ロバート・アルトマン『M★A★S★H』 1970年アメリカ。カンヌ映画祭グランプリ。 1995/05/10 ヘンリー・フォンダ『12人の怒れる男』 1957年アメリカ。ベルリン映画祭金熊賞。 1995/05/11 チャールズ・クライトン『ワンダとダイヤと優しい奴ら』 1988年アメリカ。ジョン・クリース(モンティーパイソン)が出演。 1995/05/12 ヘンリー・キング『慕情』 1955年アメリカ。ジェニファー・ジョーンズ。ウイリアム・ホールデン。 1995/05/13 フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』 1959年フランス。見るのは2回目。ジャン・ピエール・レオ。 1995/05/14 ハワード・ホークス『暗黒街の顔役』 1932年アメリカ。 無断転載禁止
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