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チャッピー三十三間堂
( 19990510 )

Japanese/English

この週末、名古屋のパルコギャラリーでデザイナー集団・グルーヴィジョン(groovision)の展覧会を見てきた。ちなみにgroovisionの展覧会「groovision rhythm ace from 19990429 to 19990606」は名古屋パルコで1999/05/17まで。その後、大阪ソニータワーで1999/05/25-1999/06/06まで開催される。

彼らの作品と言えばチャッピー(Chappie)だけだと思っていたが、ピチカート・ファイブのジャケット・デザインなどもやっていたらしい。ちなみにChappieを知らないという不遜な方はこちらのページを参照。最近CDデビュー(というのだろうか?)したのでFMラジオのファンなら一度は聴いたことがあるはず。デビューCDもこのサイトでちらっと聴くことができる。なお、Hot Wired Japanにグルーヴィジョンのインタビューがあるのでそちらも参照してほしい

入口で入場料300円を払うと透明な風船をくれるのだが、僕はさすがに断った。28歳の男がカバンに風船をくくりつけて、一日中名古屋の繁華街をうろうろするのもなんだろう。

名古屋パルコギャラリー自体とても狭いので展示物は少なかったが、Chappie以外のgroovisionのアートワークは、個人的にものすごく好きなタイプの作品だった。もともとリキテンシュタインや、フランツ・ステラの3Dイラストなどが好きなので、明快な色彩と極端に単純化されたフォルムの反復はこたえられない。タイポグラフィーも端正なHelvetica(Windowsで言えばArial。ちなみにこのサイトのオープニング・ページのフォントはArial Blackだ。Helveticaがどんなフォントかはアドビのこちらのページをどうぞ)。

さて肝心のChappieだが、最初のChappieはごく小さなアクリル絵具の絵画で、ポーズは今と同じだがまだ人間っぽさを残していてかなりブサイクだ。ChappieがChappieになったのは、上掲のインタビューにもあるように、おそらくMacintoshのIllustratorでChappieが完全に再利用可能なテンプレートになってからだろう。Chappieがテンプレートになったおかげで、いろんな服を着せ替えて無限に増殖され、まさに複製芸術としてのChappieが成り立ったというわけだ。

等身大のChappieのマネキンはChappieの持っているカワイイ不気味さが増幅されて、思わず数分間見入ってしまった。Chappieの立っている地点というのは、素朴な作家主義の対極だ。つまり、芸術家はオリジナルなものを作るのが使命であるということを前提して、芸術作品がそういう独創性の表出でしかないという考え方の対極にある。そこで救われているのは、芸術作品そのものの自律性だ。

groovisionのアートワークもポップ・アートだとするなら、彼らの芸術はある作品の一回性やアウラを括弧にくくってしまい、逆に際限なく反復可能であることの上に成立している。それが芸術であろうが音楽であろうが、そもそもポップであるということは、第一にオリジナリティーというものの否定なのだ。

ちなみに会場にはなぜか卓球台が3つあって、ピンポンで遊べるようになっている。見た感じ卓球台のどの場所で球がはねるかによって、いろんな高さでポン!という音がなる仕掛けになっている。文字通りピンポン(?)

出口には定石どおりChappieのショップがあって、等身大のChappieマネキンは80万円で売られていた。僕が不動産屋のドラ息子なら絶対買って、ラコステのワンピースでも着せているところだが、涙を飲んで2000円のマウスパッドでがまん。以外に大きなサイズなので、会社で使うにはちょっと勇気がいる。

今後もChappieは増殖しつづけるということだ。いつの日か京都三十三間堂のように、Chappieが1001体ならんだインスタレーションを見てみたい。そんなものを目の前にしたら、おそらくあいまいな笑顔を浮かべたまま、世界にただ一人しかいないと信じられている自分自身までもが反復可能な存在になってしまったかのように、その場に立ち尽くすしかないだろうから。


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