think or die :
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斎藤緑雨『油地獄』(6)
近代デジタルライブラリーからのテキスト化
2003/04/06

 (七)

約束の広小路で車は下りたが、料理屋待合船宿皆貞之進には馴染みのないものばかりで、どこの敷居を跨ごうかということが、車の上からの問題でまだ決しない。戻って柳橋の袂をゆきかえりして、淡紅色の洋脂が錆に剥げた鉄欄の間から、今宵は神田川へかかり船のかみさんが、桶をふなばたへ載せて米をといでいる背中に、四歳ばかりの小児が負われながらのけぞっているのを、面白いでもなく見ていたが、淀文というのは、府下の割烹店として名だけ聞いたことがあれば、そこへと心ざして橋に沿って左へ下り、右へ新柳町の細路へ曲がろうとすると、角の家の腰障子を開けて出て来た小女が、ちろちろと顔を覗き込んで行ったので忽ち憶れが差し、その隣の淀文へ入ることが出来ずに、行過ぎて元の広小路に出てしまった。考えれば案内もなくこの別天地へ乗り付ける積りの勇気は、自分すら感ずる程であったが、その勇気がいざ今の際となって頓に挫け、のそりのそりまた小戻りして、淀文近くへ来たが、玄関前の瓦斯の光が前側の塀にまで輝いて居るので、今度はそれに胆を打たれてまた入り得ずに行き過ぎ、薄暗い河岸に佇んで、到底も叶わないことならこのまま帰ろうかと思ったが、すると例の如く花笄が眼に映ってあきらめて帰ることはなおならない。客だっ、客だっ、客が臆することはないと又々取って返したが前迄行くと又々挫ける、それで又々行過ぎるのであったが、向こうから勢いよく駆けて来た車に塀際を塞げられ、路幅の狭いのが仕合せとなって避けるように御影の敷石を踏むと、いらっしゃいと呼ばれて最早立ち退き難く、もとより立ち退くのが本意ではないので、やっと腹を据えて下向いて入り、どうぞお二階へと言われて、目をつぶるようにして駈け上がった。

色は白いが顔の地のあれた二十二三の婢、突き当りの六畳へ灯りを点けて、こちらへと言うに貞之進はついて入ると、この家は間毎間毎瓦斯を用いてある、座布団火鉢茶菓それから手を突いてお肴はと尋ねるに、袂の巻煙草を出しかけて、さて何と言ったものかと躊躇っていると、見繕いましょうかと言われたので、殆ど蘇った心持で唯うんとうなずいた。ちょこなんと独り待つ間も、胸さわぎする外は煙草ばかりが愛しまれ、二十分程経ったところで、椀の物を載せた膳と杯洗とを婢が持ち来たり、酒盃を受けて下に置くとき皿の物が来て、膳の体裁はやや整ったが、飲まず食わずですじかいに障子へ凭れかかっているので、婢は頻りに話し懸けて自分から笑って見せたが、一向返しの詞がないのに倦ぐね、誰か呼びにお遣り遊ばすのと言うを、貞之進は望む所と障子を離れたが、亦早速に答えが出ずに居ると、婢は自分の肩を軽くしたさに、誰か読んでお遣んなさいと更に勧め直したので、貞之進はわずかに耳に通ずるぐらいの声で、小歌をと思い切って言うか言わぬに、はいと婢は畏まって下へ降り行き、小歌さんをと高く呼んで、そして低声に気のつまる方と朋輩に囁いて居た。

暫くして婢が来て、小歌さんは大中へ出て居るそうですが、貰いに遣って見ましょうかと言う、貞之進は貰うのが何か訳分からずにうなずいていると、名ざしの事なり貰えと言うからは、お馴染みのことと婢は呑み込んで、直ぐに向こう河岸へ箱丁を走らせた。やがて淀文の表へ車が停まってありがとうといった声が、「あらわたしのではお嫌なの」、まぎれもない小歌の声で、それを聞くと貞之進は一際激しい動気がして、いずまいを改め片腕組んで、煙草を新しく吸いつけていた。小歌は羽織を帳場で脱ぎ、あの方と言えばいいえと言うに、おやそうと急にすすまぬ顔色、それでもお馴染みだと思ってさと婢が言えば、わたしはあの方だと思って、無理に幹事さんに頼んで貰って来たの、どんな方と尋ねるにこうこうと告げる婢の詞が、小歌には思い当たらないようで、それじゃァお馴染みではあるまいよと、立ちもせず座りもせずでいるのを奥から主が、仕方がない来たものだ、兎も角二階へ行ってお呉れと促すので、はァと小歌は気が無さそうに上がって行った。

見ると小歌は覚えがあるようで思い出せない、毎夜の夢に忘れない貞之進が何とか、声を懸けそうなものを、是も知らぬ人のように横向いていた、それが初心の買い所だ。小歌は銚子を執ってお酌と言うに、貞之進は冷たくなった猪口の残り酒を飲み干し、ふるえまいと力を入れる程ふるえて、口へは遣らずやっぱり膳へ置いたか、そのとき小歌は考え付いたか、たしか貴客はこのあいだ鳴鳳楼でと言うと、ああと貞之進は初めて声を出して答え、よくいらしってよと解けた詞に嬉しさは襟筋元から入って、いつもの通り腹で躍っていた。小歌は今日は着更えの姿で、上着は青みの勝った鉄色の地に、白い荒いさつま筋の出た御召縮緬、下着は同じく小豆色の御召、帯は紫地の繻珍、牡丹形の蒔絵の櫛に金足の珊瑚の簪、貞之進はわが伏糸が見られるようで、羽織の襟をそっと引っ張っていたも可笑しかった。

 (八)

貞之進よりも少し遅れて隣の広間へ来た三人連れの客は、淀文がお馴染みの騒ぎ好きと見え、膳の出ない先から賑やかであったが、芸妓も客数ほど来て、しゃべるはしゃべるは春の潮の湧くが如く、拳を打ったり歌を唱ったり、ふたりで蚊帳の紐を釣ったとか言って足拍子のしたのは、若い妓が起って踊ったので、関のこっちだと思ったら音羽山だと言って膝を叩いたのは、年嵩な客がなにかにつけて出る謡だ。首で返事すると極まった貞之進は、隣座敷の人々が臆面のないのに感じ、自分の気の弱いことが自分ながら疎まれ、せめて談話の一つなりともふるえずに出来そうなものと、あのと腹を出た詞も口元で消えてしまい、夢にまで見た小歌に出会って、欠け半分の愛素も出ずに、折々偸むようにその横顔をながめ、小歌がにっこりと笑った時だけ、しらずしらずの間に自分もにっこりと笑い連れて、あとはただ腕組みするばかりのことだから、年の行かぬ小歌には堪え兼ねて接ぎ穂なく、服粧にはにあわず行過ぎた鬼更紗の紙入れを、要もないのに明けて見て何か探す容子、箱丁がそっと入れて行った三味線は、棹を継がれたまま座敷境の紙門の下へ片寄せられ、客も芸妓も居るか居ないか疑われる程の静かさであった。

貴客と言って義理でもするように小歌が銚子を執った時婢が来て、ちっともあがらないのと言ったのでそうと銚子を下へ置き、二杯足らずの酒に貞之進が目の内までも赤くして居るのを見て、それには恥かしさの籠もることとも知らないゆえ、じゃァお逆上せなさるのと椽の障子を一枚明ければどんよりと空睡たげな朧月、河浪の靄に咽ぶ間から、両国橋を行く提灯が、二階の欄干越しに三つ五つ見えて、こんもり黒んだ向こう河岸の森に、物思いは春の夜と知られた。欄干に片手載せて、貴客ちょいと御覧なさいと小歌が言うのを、貞之進は立ちもせず振り向けば、水にも雲が映って居るというだけのことで、先刻小歌が出て居た中村楼の檐に、宴散じ客去ってなお毬燈の残って居るのを、今日の大中さんは何と婢が問うに、幹事さんは知った方だけれども、あとは厭な人ばかりと小歌は答えて、おもむろに元の座へかえった、その時隣の広間はいよいよ騒がしく、年を取った芸妓の声で、ちっと静かになさいよと言うと、そんならここへは来ないと言った客の詞が、貞之進には暗に自分が嘲られたように僻んで聞こえ、思わず居直ったのを婢が見て取って、ほんとに元気のいい方、お騒々しいでしょうとどちらつかずに慰めたが、これにも貞之進はあいかわらず答えは出なかった。

歌舞伎が大入りですとさ、姉さん御覧なすってと小歌が言う、そうだって見たいのねぇと婢が言う、それから二人は話しが栄え、蠣濱橋へ毎日お参りに行く事、髪結を取り替えた事、梅月で誰かに汲んでやった湯の返しのなかった事、常盤屋で大臣さんにお目にかかった事、船で花見の約束に行った事、こちらの間からも頻りに笑い声が漏れるようになったが、それでも貞之進の声は交じらない。過日の方はあれからいらしって、あの翌晩おひとりで、そう可笑しいんだよ玉ちゃんが大変岡惚れして、風采のいい方ねぇ、あら姉さんも、何だね厭に気を回すよ、だって風采がいいって、風采のいいのはまだ外にあるの、御馳走さま何処に、何処にって泣き通したじゃないかと言うと、小歌は婢の口を抑えるようにして、あれは言いっこなしの黒の羽織には懲々りしたと言って、貞之進が黒の羽織を着ているのに心付き、貴客のことではありませんよと、はたいた煙管をふっと吹き、昨晩も逢った癖にと婢が言うのを聞かぬふりで、あんな酷い方はないのと紙入れに巻いてある紙を取り出し、それで所在無さに煙管掃除が始まった。「でしょう」などと前後のない詞があって、貞之進は何を話すことか一向解せないけれども、末の一段が何だか気に懸かり、殊に泣き通したということが、ただごとでないと思うと急に嫉ましいような心持が加わり、小歌のことか婢のことか、小歌のことらしくない、婢のことらしくない、それでもどっちかのことだとして見ると、疑いは小歌の方に深く残り、残りながら小歌ではあるまいようにきめてしまいたく、打ち明けて言えば、小歌におもうひとでもあるように考えられて、そしてそんなことのないのを腹で祈っていたのだ。

脂を拭いた紙を寝覚めの端までまるめこんで、手を手巾でもんでいるその手巾が、過日の白茶地ではないが、貞之進はそれに妙なことが思い出されて、じっと小歌の顔を看上げると、そうとは知らぬ小歌はふいと立って廊下へ出たが、その時広間からも芸妓が出て来て、一人かえと言ったのは明らかに聞こえたが、えと振り返った小歌が眉を寄せたのは障子が隔てて見えなかった。貞之進はとうから祝儀というものが気になり、それを受けるべき小歌の目の前で包むことが出来かね、世間の人はどういう振り合いにやるものかと、自分から面白くもない心悶えの種を造っていたが、小歌の出て行ったのをこのときばかりは幸いと思ったけれど、婢がなお動かずにいるのでどうも手が出し難く、さればと言ってやらずにもいられないので、もじもじとしていると、何と思ったか婢もまた立って行ったので、この間にと皺のない紙へ皺をつけて、二人の座っていた辺へ投げ出した。小歌は手水に下りたので、帳場の前で箱丁に何か言っている処へ婢が来て、歌ちゃんあの方のお名前を知っているかえ、いいえ知らないよ過日鳴鳳楼で大勢の時お目に懸かったばかり、伺って御覧な、何とか言うんだっけ、狡いよと笑いながらまた連れ立って登って来たが、その時広間の客は騒ぎ飽きて帰る所で、送り出す芸妓の一人が、小歌がこちらへ入ろうとして開けた障子の隙から、通りがかりに振り向いて行ったのを、貞之進は既に見られてからなお顔を隠したが、残してあった一つの紙包みを、箱丁へと言って婢の前へ投げやるように出しただけは、秋元の女房があずかって力ある所で、お礼をと婢が促して小歌と共に改めて手を支えた時、貞之進もこれに答礼せねばならぬような気持ちで、自然に頭がさがったように見えたのも奇であった。御飯はと婢が尋ぬるに、やめますと言えば、ぼっちり召し上がれ毒ですよと、傍から口を添えた小歌の詞に、大真実が籠っているように貞之進は受取れて、茶に漬けてやっと一椀の飯を済ましたあとで見れば、最初ちょっと口をつけた椀の物の外は、白い方のささみに二片ほど箸が懸かったばかりだ。

帰り際に臨んでまだお早いでは御在ませんかは、かかる土地の習いだけれども、それを貞之進は誠にしていつまでもここに居たく、勘定と言いたいのが言えずにむずついている間に時刻が移り、月高く屋の棟に隠れて、鳴る鐘は浅草の十一時、風にふなうたの声も伝わらない、お車はと婢に問われて、思い切って勘定をと言うと帳場では既に出来ていて、車より先に書付が来た。受け取りとつりとを盆に載せて出され、いつぞや同宿の相原が、どこかでつりはいらないよと言ったのを憶い出し、わずか六銭というつりを、この淀文も残すもおかしく取るもおかしく、暫くそのままにしている傍から、どうぞ御近日と今日は「どうぞ」をはっきり言われて、それを汐に立つを婢が貴客と呼んだは、そのつりをうけとりへ包んでくれたので、今となって残したのがきまりが悪く、急がわしく袂へ投り込んで梯子を下りる後ろから、帽子を持ってついて来た小歌が、帽子の内側に名刺の挟んであるのをみつけ、これは貴客の、そうなの、目賀田さんと言うのと、のの字三つに念を入れて推されたので、恥ずかしくもないことにぽっとし、お立ちですよと婢が高く呼ぶと、ばたばたと男女二三人送りに出たのでまたすくみ、玄関へ下り立つと今日あわてて穿きちがえて来たものか、銭湯行きの下駄が勿体らしく揃えてあるので、これにもうろたえて戸口へ出で、柳という字を赤く太く提灯へ書いた車へ乗ろうとして、気の惑いか軾棒に躓き、御機嫌ようという声を俯いて聞いたが、それから本郷へ帰って夢は一層巧みになった。

 (九)

遊びというものの味がほんとうに分かったなら、遊びは面白いことでなくて恐いことである、恐いことを知って遊ぶものに過ちは無いけれども、それまでに一度面白いことを経ねばならぬので、過ちはそのときにおいて多く発生する、さりとて遊ばずに恐れる者が人間かと言えば、遊ぶ道のある間は、遊んで恐れる者の方が人間である。一夜淀文に強いて酒盃を受けたぐらいでは、遊びはまだ嘗めるほどにも到らないが、それでも自分には何処か面白い所があったかして、貞之進はその翌日も出懸けたくなったが、もしそれに面白い所があったのなら、それは遊びが面白いのではない、女が面白かったので、唾するほどにも思わぬ小歌の詞が、句々珠のように光って感じられ、こうした時の目元、ああした時の口元、別れてからも一々眼に浮かび、是非ですよとまたの入来を祈られて、こちらでこそ是非逢いたく、その当座金のある身は、一日が半日、半日が一時でも行かずにはいられない、二日目となれば出這入りの勝手だけ分かって、淀文の門口まで車で乗り込み、小歌さんですかと婢が問うに、前日あごでした返詞が、直ぐにと今日は口から出、三日目は向こうから問わぬ先に、小歌をといいつける程になって、小歌が隔ての垣のだんだん取れるにしたがい、すくないながら、心易く話しが出来るようになった。

すると、いよいよ逢いたい、ますます逢いたい、毎日毎晩離れっこなしに逢いたい、それは自分が小歌の笑ましげな顔を見ることが、無情の楽しみであると同時に、路花墻柳の芸妓の勤め、どういう家へ今日は行ったか、どういう客に今日はよばれたか、もしその家にもしその客にと、底の底までつまらないことが気になって、それで一日も自分が逢わずにはいられないのだ。よもや貞之進にそんな思惑があろうとは、同宿の悪太郎輩も心づかなんだが、秋元の女房は近来貞之進の帰宿が遅く、預かりの金をことごとく請け戻したことから、羽織帯小袖の注文石鹸香水の吟味が内々行われることを考え合わせ、密かに目をつけてあやしんでいたものの、それでも単身柳橋の酒楼に馳せ向かうとは夢にも思わなかった。

勘定をおついでにと言われるようになれば、遊びは最も入りやすいが、それが後に囲みを最も出にくい所で、お気の毒さま今日は六畳が塞がってと、表寄りの九畳へ案内された貞之進は、かつて寄席で買って来た古い奴を、あぶない調子で小歌に話しかけている処へ、面白そうですねと例の婢が這入って来て、その話しを中途で引き取ってしまったが、そうなると貞之進には詞が出ない、また初めの沈黙に帰っていると、婢は小歌の頭髪を見て、洗ったね何だかさがったようだよそれに鬢がと言って手を掛けようとするを、何でもいいんだよこれが好きだって、おやそう誰が、やどがさ、あきれるよやどがあり過ぎて当たりの付かない方じゃないか、千いちゃんじゃァあるまいしとともに笑った。貞之進は黒の羽織の疑念がなお存する処へ、やどという詞を聞いて今日は妬ましいよりは心細いように思われ、いつもの如く後ろの床柱へもたれて、虚と実と二つの龍が腹のうちで闘っていると、歌ちゃんはこの頃のろけ癖がついたよと婢が言うを、のろけたッていいじゃァないか亭主の前でのろけるのだものとたちどころにこたえて、貞之進の淋しそうな顔をじろりと視ると、貴客いつ歌ちゃんをお神さんになすったの、御披露がありませんねと笑って同じく婢も貞之進の顔を視た。貞之進はそれが冗談に聞きたくなく、また聞かれずに心懸に顔を赤らめ、困り者ですとタッタ一言の調子が合わせられずに、虚実の闘いはひとまず消滅し、かえってそれがために隠然地を造って、小歌を二なきものとそこへまつってしまった。

歌ちゃん昨日何処へ行ったのと婢が問えば、そうそうあそこで逢ったのね姉さんはと小歌が問い返す、鳥口さんのお宅へ、わたしは可笑しい所へ行ったの、どこ可笑しい所って、写真さ、とって来たのお見せなと言えば、まだ来ないわ先のがあったかしらんと紙入を取り出し、厭なんだよ額が出張ってと言うを婢は覗き込んで意味なく笑っていたが、いきなりひったくって貞之進へ突きつけ、貴客に上げましょうと婢が出したを、それはいけないのよと小歌が取り返そうとする、やるまいとする、早くお取んなさいと婢が手を伸べて差し付けるに、貞之進はどちらともなくためらっていると、婢は小歌を辛く防いで貴客と言って投げて寄越した。貞之進は手にも取り上げず落ちたままながめていたが、小歌はいけないのいけないのと言って、そしてそこまで取りにも来ない、かまはないのですよと婢が拾って、立ち際に渡してくれたので、やっと袂へ入れて貞之進は持ち帰ったが、それからこの写真は、机の抽斗の錠のある方の奥へかくまわれ、日に夜に幾度か取り出されて、人の足音のするまではながめられ、そしてある時、実にある時、肌につけられて寝たこともあった。

 (十)

預けた金は受け戻す、戻した金は使い果たす、この上は国元へ頼みやった別途の金の到着するのを、写真を膝に指折るばかり、淀文へも存じながら無沙汰したが、その十日ほどに白魚は椀をおわれて、灸物の端に粒の蚕豆が載る時となった。国元では倅が今までにない初めての入用、定めし急な買い物であろうと、眼鏡は掛けても書簡の裏は透かさずに、何がしという為替を早速送り越したので、貞之進は見るより早くその暮れ方、かねて新調の藍縞糸織の袷に、白縮緬の三尺を巻き付け、羽織は元の奉書で、運動と見せて宿を立出で、顔を知らぬ車夫をよって柳橋手前で下り、ぶらぶらと淀文の前まで来ると、何人も会合か隣家の戸口へかけて七八輌の黒塗車が居並び、背に褐色や萌黄や好々のしるしを縫い付けた紺法被が往来し、二階はしっとりした内におのずからさざめいているので、流石に貞之進はしりごみして引きかえそうとするとき、貴客やと二階裏で高く呼んだ声が、小歌の声のように思われて立ちとまったが、よしや小歌であった所が他の座敷へ出ている事、悪い時に来たものとそろりそろり元の路へ帰る向こうに、代地の方から箱丁に送られて橋を下りる芸妓は、どうやら小歌らしい趣があるので、さては今の声は別人か、それかこれかとすれ違うように近づくと、幸いなるかな橋の街燈に顔を見合わせて、目賀田さんと向こうから呼びかけた。

どこへいらっしゃるのと問われて、あすこへ行こうと思ったがと淀文の方を向いて見せれば、そう、いらっしゃいなわたしも今明いて来たとこですから、今日は早いお客さまと告げるに、そのまま貞之進は四五間連れ立って行ったが、会でもあるようだと言ったので小歌は立ちどまり、それじゃァ貴客には騒々しいでしょう、春泉へ行って御覧なさいなと言われて、その春泉に馴染はみないけれども、杖にも柱にも小歌があれば心丈夫と、そんならと言いかけたのが最早認めた詞で、小歌はわざと遅れて来る箱丁を顧み、安どんこれから春泉へ行くからね、家へちょっとそう言って置いておくれと言えば、はいと箱丁は直ぐに新道の角を曲がった。小歌は近頃小紋織とかいう御召しの袷、色は藍気鼠、黒の唐繻子の帯を締めて、下駄は黒塗りの小町とかいうもの、それとともに歩く貞之進は、親しく女と連れ立ったは初めてなりその女は小歌なりで、嬉しいような恥ずかしいような、それで何だか落ち着かぬようで、往き来の人に顔を隠したくあり見られたくあり、旦那お合乗りいかがですと、からかい半分の車夫に跡をつけられて、足を早めて小歌と離れたが、まただんだんに寄って来て、手を取らぬばかりになって米沢町を右に、元柳橋から二つ手前の細小路へ折れて這入った。

燈籠の火の幽かに洩れる格子戸を開けて、お神さんお客さまと、小歌が庭に音を立てれば、この春泉というは待合で、円顔の雛形ともいうような二十ばかりの婢が出迎え、貞之進をちらりと視て奥にしましょうかと小歌に言えば、そうねえ貴客いらっしゃいと、上がり口を横に通り過ぎて、庭づたいに小歌が先へ立って行くを、婢は竹筒のような台の洋燈に、俗に玉火屋というおんを懸けたのを右手に持って潜りぬけ、奥まった一室の障子をあければ、三尺の床に袋戸棚が隣ってそこから座蒲団が引き出され、掛花活けのあざみは大方萎れて、無頓着が売り物の小座敷だ。婢は言う御酒は、小歌は言うあがらないの、だけれども印しにと貞之進に向かい、貴客御飯はと小歌が尋ぬるに、まだと貞之進が言えば、何になさいます鳥になさいな今の内ですからと言って、わたしが食べる人のようだと婢が看返れば、どうせ歌ちゃんも一緒でしょうお椀のおいしいのか何かと、二人が笑う間に纏まって婢は立ち去った。椀来たり、鳥来たり、小歌と向かい合いに膳をならべた貞之進は、それが今連れ立って歩いた時よりも、一層嬉しいような恥ずかしいような、さてまた一層腹が落ちつかぬようで箸も早く置いたが、婢が小歌に茶をすすめて、御新造さまと言ったのに貞之進は耳から赤くし、あいよと鷹揚に御新造を真似た小歌の顔を、どうしても見ていられずに俯いたが、それは厭で見ていられぬのではなく、自分で自分に気がさすことがあって、むしろこちらで向こうが見ないようにしたようなものだ。

出て行ったばかりの婢が直ぐ戻って来て、小歌さんちょっとと呼ぶに、小歌は座敷の上がり口に立って二言三言話し合い、ああそうああそうと頻りにうなずいていたが、貴客誠に済みませんが小歌さんをしばらく拝借しますと言うと、小歌も傍から二階のお客さまにちょいと御挨拶に行って来るのですからと言うので、放しともないが厭だとも言われず、宜しと言う下から小歌は急がわしく出て行ったが、その帰りを独りぽつねんと待つ貞之進は、何かは知らぬが唯一つ小歌に望むことがあるようで、その望みが殆ど達し得られるようで、また達し得られないようで、更に考えればその望みは向こうが持っているようで、こちらが持っているようで、今晩それが打ち出したいようで打ち出されたいようで、千緒万縷胸に霞のいろいろと乱れた耳元へ、二階から漏れ来る小歌の笑い声、もしや客は黒の羽織と言うのではあるまいか、小歌の何かではあるまいかと思うと、ひとりでに二階が睨まれ、四五十分経って下りて来た小歌に、一番にどこの人と聞けば、横浜の方でお二人ですと言うにやや安心した。そしてその望みと言うはどちらからも出ずに、貞之進ははなはだ残り惜しげに帰りかかる時、すっきりとした三十三四のかねつけた内儀が礼に出て、門口まで送って来たが、歌ちゃん明日は縁日ですよと婢が言うを、小歌はそれには答えずして、貴客明日いらっしゃいな不動さまですよと、取り次ぐように貞之進に言うと、お約束を願うサと内儀がこれをてがるに説明し、明日はと貞之進は少しく躊躇したが、悪く言われまいの念が先へ立って、そして一つには切り抜ける口が重く、遂に宜しいでうなずいて、半丁ばかりきて振り返れば、春泉の二階になお燈光が見える、小歌はあのまま帰るか知らん、もしひょっと、もしひょっと、ああもしひょっと、小歌はあのまま帰るか知らんと、こんなことが行く手を遮って、吉川町のはずれまでは車にも乗らなかった。

 (十一)

不動といったは付けたりで、小歌菩薩が約束の縁日、いずれ暮れ過ぎのこととそのあくる日貞之進は、学校から帰って理髪床に用を足し、つづいて一風呂という時小雨がぽつりぽつりやって来て、男が全く作り上がった頃は、傘なしではとぼ出もできぬなかなかの降りとなったが、その時の貞之進には雨風の見さかいもなく、轍に泥を衝いて春泉へ馳せつけると、小歌ははやくから来て待っていた。雨に出這入りがうるさいからと、その夜は二階の取り付きの座敷へあげられ、おや髪をお刈んなすって、道理で顔違いがするようでと小歌が打った槌へ、大変御容子がと婢が調子を合わせるを、貞之進はそれを世辞と知って世辞と知らず、大いに腹のうちに笑まれる所があって、縁日は降りだねと言えば、ここの縁日はと言うと妙にツケが悪いのです、これでは御運動とも参りますまいと、それを捨て言葉にして婢が立ち去った跡は、いつもの通りの差し向かいで、昨日の昨日では談話もなく、座敷は雨にとざされていよいよ沈むばかり。小歌は床の間にあった梨地に亀甲形の蒔絵した硯箱を持ち出し、残りずくなに巻き込んである状紙を、かまわないのだろうと自問自答で推しひろげ、貞之進の顔を見い見い、一筆しめしとまで書いて、そうろうがわたしには書けないのこうですかと、それから紙一面の落書き、やがて目賀田と曲ったなりに角字で書いて、巧いでしょうと笑いながらちょっと筆を置いた時ほうずきの鳴る音のしたのが、追々詞のぞんざいになる始めであったが、それが貞之進には隔てなくなったこととのみ思われて、その筆を取り上げて得意の小歌という走り書きが見せたかった。

これが貴客ですよ、これが貴客の奥さんですよと言って、小歌が画といえば画、丸に目鼻を書いている折婢が来て、感心だね歌ちゃんは絵心があるよと笑って見ていたが、小歌はそれにも飽きたか半分で止めて、今度は鼻紙を細く引き裂いてこよりをこしらへ、見ちゃァいけませんよと、向こう向いてその端へ何やら書き付け、御神籤のように振っていたが、貴客これを結んで頂戴なその墨のついたのをよ、いいえこっちのですと差し出したを、貞之進は言われる通り結ぶと、小歌はその結ばれたこよりの端を一々あけて、あははあははと笑っているを、お見せと婢は覗いて、貴客と小歌さんです争われないのねえお奢んなさいと言って、やきもちが浜田さんだって、いい加減におよしと小歌の背中をぶったのに意味があったようだが、貞之進は全体が何事とも分からない、聞けば縁結びというものだそうだ。貴客は何性とだしぬけに小歌に問われて、貞之進はもとより知らないことゆえ知らぬと言えば、歌ちゃんはと婢が横合いから口を入れると、わたしは火なの、じゃあ十八で九紫だね、よく分かってね、それでもわたしが二黒だから二つ下で勘定がしやすいからさ、そんなら貴客は三碧だワ、そうお若いのねえ二十一ですねと、貞之進の顔を新しそうに見たのは、年より老けているとでも思ったことか、歌ちゃんあれは、あれって何、おとぼけでないあれさ、知らないよ、知らないはずがあるものかねと叱るように早口に言えば、実は七赤わたしとはごくいけないの、そのいけないのがいいのだろう、時々厭になっちまうことがあるワ、勝手を言っているよと、談話は遂に婢とのやり取りとなってしまったが、貞之進はその間も始終耳を離さず聞いていて、今にも胸の雲に例の龍が踊ろうとした処へ、上げましょうかと言って小歌が自分の煙草を吸いつけて出したので、幸いなるかな龍はその煙につつまれて、いつしか影は見えなくなった。

帰ってから貞之進は性の星ということがなお耳に残り、机の抽斗を明けてかの写真を出そうとする時、いつぞや色男の秘訣を買おうとして、余儀ない羽目に買って来た三世相解が手に触り、もしやこれにと思って引き出して見ると、案の如く生年生月の吉凶が悉く示してある。小歌が火と言ったのを当てに、陰陽五行の何とかいうくだりを繰るに、木生火、火生土、これが相生だ、水剋火、火剋金、これが相剋だ、自分の性を知る方法は教えてないが、ただ女火という所を詮索するに、男が金で貧に暮らす、水では睦まじからず、火では衣食足らず、どうか金でなく水でなく火でないように、そして福徳円満とあるこの土性で自分がいたい心持が頻りに起こり、覚えて来たばかりの縁結びというのを行って見ると、どうしても自分と小歌とが結ばらない、そんな筈はないがと幾度やり直しても離れてしまう、いよいよやればいよいよ結ばらぬので、その果てに無理に手を添えるようにして結んで、それで三分ばかり安心して、わずかに眠ることが出来た。

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