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![]() 斎藤緑雨『油地獄』(5) ( 20030406 ) 貞之進は元来酒を多く呑まない、吸物椀へちょっと口をつけただけでただ腕組みをしていたが、幸い遅参者が加わって、左右ともふさがったので、すこしく心丈夫に思った。右隣の席へついたうすら髯のある男は、来る早々促し促しあおりかけて、気斗牛を貫くという勢い、その上膳のものを退治るともすこぶる神速だ。君一つとその男にさされて貞之進は余儀なく受けたが、その男がお酌と呼んだ声の下から、通りがかりの薄色縮緬がはいとついでくれるを、貞之進はしきりにふるえてそのまま猪口を膳の端に置き、手巾で手を拭いてながめていたが、それで腹の中はすでに酔ったような心持だ。 酒に寛ぐのが懇親会の趣意なら、席の乱れたときが興の登ったときで、歌うものもある、踊るのもある、あの男がと思うようなのがこういう時に落ちを取って、それでも「花の曇り」を知っていたぜと、後日何かの折の紀念となるのだ。貞之進はぐっと一思いに猪口をあけて、隣の男へ返そうとしたが、生憎向こうむいて一心に談話をしているので、何といって呼んでいいかわからない、ちょうどその時向こう側の上の方で、前づらの少し禿げた男が御返盃といったのが耳に入り、いかさまあの通りやるのだとは思ったが、どうしたことか声がうまく出てこない、出て来ないのではない出てくれない、仕方がなく一度膳へ戻して、黙って再び出した猪口へ相手の肱が当たって、はじめて気が付いてヤ失敬と受けてくれたので貞之進はやっと安心した。けれども酌する者がいない、自分が手を出すとは知っていたがやっぱりその手が出兼ねてためらっていると、先隣から手が出て銚子を取りかけたところへ、おや恐れ入りますといって座った芸妓がある。貞之進は重ね重ねの不首尾を他は知らぬが自分が咎めて、もうちっと早くこの芸妓が来てくれればと、すくみながらふと見るに、歳は十七八細面の色白、余は貞之進に見えて見えなかったが、そのときまだ「出」の姿でいたといえば、水車の裾模様を二枚重ねて、帯は吾妻錦、襦袢は緋の紋壁にしおぜの白半襟、芸子髷に金の竹輪をかけ、花笄に平打ちの銀簪、櫛は白鼈甲の利休形、ひんのよい一方のつくりで、今燭の映ったは萌黄に金の龍眼のばちん、どう見てもこの会が約束の品ではなく、会員中のみえ好きが特に召し連れてきたものと思われた。 (三) 縁が不思議のものなら、ほれるは一層不思議だ。今の小説家は、ほれたりほれられたりのために、鼻筋が通って口元が締まって、眼におびただしい愛嬌を有するという器用な女をつくり上げるが、ほれるは必ず美にほれるのではない、ほれられたその者が即ち美になるのだ。世間では、ちょいと見てちょいと惚れるといって可笑しがるけれども、つまりちょいと惚れるのが後によくほれるので、その初めはちょいというより他に指すところがない、万一あの眼元にほれたとか口元にほれたとか、乃至鼻筋にほれたとかが最初から知れていれば、そのほれたのは偽りだ、何故となれば、生まれての欠点の全くない者はない筈だから、ほれるほどの不思議が起こるときに、どこがいいと明らかに指すことが出来れば、どこが悪いということもまた明らかに指すことが出来る、すでに悪い所を指すことが出来ればそれでもほれるという理はない。貞之進はわが膳の前へ斜めに座った芸妓が、ほんのりと強いられて酔った頬におしろいの匂うのを、何の気もなく見ると向こうからもふと見たので、あわてて顔を背けて後ろの障子へよりかかったが、直ぐとまた見たくなってそれとなく見るに、自分が向こうを見ながら向こうが見るようで自分が恥ずかしく、目も鼻も口もただ何だかいい女におもわれて、それより上の考えもまた下の勧化も出なかったが、ほど経ってこの芸妓の名を何というかと知りたくなった。 かの右隣の男は、いまや十二分の酩酊で、オイといって猪口をその芸妓に献し、お前の名は何という、名札をくれ名札をと、同じことを二つ重ねて問いかけた。名札はありませんとその芸妓はすげなく答えたが、やがて帯の間を探って名札だけ取り出し、上げましょうか、おおくれと二度言わせて渡したのを、かの男は眼を皺めて見て、それじゃあ歌ちゃんかといって、あははぁと面白くもないことを声高に独り笑っていた。名を知りたいと思った貞之進は歌ちゃんとだけわかりはわかったが、芸妓の名はそれでは分からない、歌吉か歌助か小歌か歌子かただしはそのままのお歌か、つい一言尋ねたくもなかなか口は開かない、そのとき歌ちゃんといわれた芸妓は貞之進の方を向いて、あなたにも上げましょうかと言ったこそ幸い、飛びつきたいほど貰いたかったがそれも手が出ない。かの男はいったん袂へ取り込んだ名札を再び出して見て、何だ柳橋だ家名がないと疑わしそうに言うを、おやそうですかと芸妓はちょっと覗き込んで、ひろめのときの残りものですもの、わたしは名札は嫌いと言ったのから見れば、一本になってまだ間のない歌ちゃんなることが知られた。かの男はよくよくの穿鑿家と見え、それじゃ家名は何だと推し返すと、知りませんよと芸妓は冷ややかに受けて銚子を取り、お酌お酌と突きつけたがかの男が名札を下へ置かぬので、くどいのねあなたは、梅乃家ですよサアお酌と、同一時間に二種の事業を遣り遂げる。かの男はようやく満足して猪口を取った。名札をくれろの家名は何だのと根掘り葉掘りするは、二度と来ない客か、来ても自腹を切らない客だとある老妓の言ったのは、この男の容子から考えて、むべ経験のあることと信じられた。しかれども悦ぶべしその名札は、江戸三界を持ち回られて、息災延命のお札よりありがたいに相違ない。 貞之進は始終耳をそばだてていたが、ついに思う名を聴き得なかったので、ふだんならば男児が塵芥ともせぬほどのことが肝を落とし、張り合いなげに巻煙草を吸いつけていると、その芸妓はこちら向きに居座り直って、あなた一本ちょうだいなどと言って、無論許されるのではあるけれども、まだ許しの出ない内に既に早く手を着けたを、かの右隣の男は、ここにもあると自分のを投げ与えたが、芸妓はやっぱり貞之進のを取って、これがよいのですよと煙草の珍しい方を取ったつもりのことばが、貞之進はわけなしに嬉しいようで、入物ぐるみそっと芸妓の手近へ推しやって、そして自分の顔を朱で塗っていた。 歌ちゃんと呼ぶ声がするのをその芸妓は振り返り、そこは懲りごりだよと口の内で言って、こちらへおいでと顎で招いていると、やがて来たのは同じ年配で、お召しの大縞の上着に段通織の下着、鼠緞子の帯を締め、芸子つぶしに銀のあばれよりというこしらえ、歌ちゃんまだ着がえないの、でもすぐ行く待てと言うのだものとにっこり笑えば、そう、ひどく酔わされちゃったと今来たのもまたにっこり笑って漸く座った。ほんとにくだらないよと言うのを何だと思えば、それあの燭台の前にいる、あああの服を着た方よ、好男子がいると高ちゃんが言うから行って見ると、眼鏡の金縁へ灯りが映ってそれで顔が光るのよ、高ちゃんは直あれだと言って、手巾を口へあててちろりと貞之進を見たので、今まで歌ちゃんの首の動く通り自分の首も動かしていた貞之進は、この時試験に遇うような心持がして、お前が見に行くから悪いのさと言った歌ちゃんのことばは、まるで俯いている間に聞いた。それからふたりはしきりに話し合っていたが、今度は小歌小歌と声に色があるものなら、どすぐろい声で呼ばれるにハイと長く答え、膝の上にあった蜀紅錦の煙草入れを右手に持ったまま立って行ったので、貞之進は魂を赤の絞り放しのしょい揚げにすがらせ、ぼんやり後ろ影を見送って口惜しいような気がする間に、あとから来た段通織の下着もまたたって行ったので、桜媚び海棠酔ったわが膳の前の春はたちまち去って、肴核狼藉骨飛び箸転がるの秋となった。ただすこしく貞之進の心を安んじたは、柳橋の芸妓梅乃家の小歌と、今の呼び声によって初めて承知されたことだ。 その前貞之進は知己なる飯田の人というのに挨拶をしたくっていたが、その時その人がちょうど座敷を出るのをみつけたから、もしや帰るのかと思ってふるってたってその人の跡を追い、例のむっつりと言われる調子をもって、きれぎれに怪しい挨拶を施し、別れてこちらへ来かかったが、ついでにと二階を下りて用足しに行くと、手を洗う後ろに立っていたのは、はからざりき歌ちゃん即ち小歌で、この多勢の宴会に一々おつき申すのでなけれど、出会ったまま先刻顔を覚えた客だと思えばそこが商売で、あなたこれをと白茶地に紋形のある手巾を出したのを、貞之進はそれが取りにくいよりは取っていいか悪いかが分からないで、自分の袂から惜し気のない白半巾を出そうとするのを、あらわたしのではお厭なの、どうせねと推し付けるようにして渡したとき、何ともいえぬ香気が鼻から眼へかけて貞之進はまずくらめいた。座敷へかえってもそれから何だか気に掛かるようなことが出来て、しかも心配はすこしもないが胸さわぎがするので、煙草もおちついて吸えずに半分で灰吸のうちへ葬った。そうこうする内、右隣の男も見えなくなったので、貞之進もいざ帰ろうと思ったが妙に引き留める者がある、何が引き留めるかと考えるに形がない。心を決して玄関に到るに、あたかもそのとき帳場の横で黒縮緬の羽織を着、鳩鼠色の紐を結んでいたのは小歌で、貞之進は何か言いたかったが言う折でもなく、また言うことも出来ぬのでそのまま下足番のところへ行った。 鳴凰楼の門を出ると、幸い一人乗りの車がいたので貞之進はこれへ乗ろうとする時、あとから同じく車で来て行過ぎたのは、正しく貰って帰る小歌だ。わがが乗った車も存外はやくて、ほどなくおいついて二三町は続いて駈けたが、夜目なれば貞之進はただ先へ行く車の主の頭だけを見て、それで何処までも続いて駈けていたい心持がしたが、わが車の方がフイと町角を曲がったので、あっと振り返ったが向こうの車はもう見えない、なぜ曲がったと叱りたいにも本郷へ出る道が一筋、秋元へ帰ったのは九時近い頃であったが、さてその夜は容易に眠られない。 (四) その実酒飲会でも、その名懇親会であるからは、交際上顔を晒しておく必要があると感じて、貞之進は出かけたのであったが、さて行ってみると例の沈黙では、知らぬ顔は何処までも知らぬ顔で、かの右隣の男に猪口をさされたのが、懇親といえば懇親あえて益するところなく、いっそう窮屈きわまるものと思っていたが、「あらわたしのではお厭なの」、嬌喉玉をまろばすがごときこの妙音が、たちまち小歌という大知己を得させたので、秋元のわが部屋へ帰ってからも、なお鳴凰楼の座敷にいるような心持で、きょう半日珍しく楽を得ていた机に肩肘のせ、衣服も着替えず洋燈の蓋を見詰めて、それでその蓋に要があるのではなく、蓋と自分との間に変わったものでもあるように折々にやりと笑って、果ては頭へ肱をあてがって横倒しに机にもたれかかり、そして腹のうちで、手足がひとりでに躍り出しでもするようであった。今もし試みにその腹を割いたら、鬼が出るか仏が出るか、何の何の、鬼でもない仏でもない、「あらわたしのではお厭なの」、それあの花笄の小歌が、今日見た水車の裾模様のままで出るのだ。 肌の白かったこと紙の黒かったこと、袖から袂から襟から裾から、ことごとく眼前に浮かんで、それがわが膳の前へ座ったはじめから、三丁来た角で車が別れた終わりまで、何遍となく何十遍となく何百遍となく、繰り返し繰り返し腹のうちをへめぐっている、もちろんへめぐる間にもいちいち窮理する所があるので、隣の男が投げ与えた煙草を棄てて、わが煙草を取ったことを思い出してみると、彼に冷ややかでわれに温かであったように考えられ、冷ややかなる所以温かなる所以をわが心で推し測るに、何ともいえぬ気持ちがして、それで「あらわたしのではお厭なの」と言われたことばが、ほとんどただのことばではないように思われる。でもそんなことがと一旦は自分が自分を打ち消したが、それは真正に打ち消したのでなく、あるいはとだけでちょっと打ち消してみたのだから、なかなかもって打ち消しの効力はない、一度半度の馴染みででもあれば格別、それは余儀ないとしたところが、煙草一本が縁のこの貞之進に、「あらわたしのではお厭なの」、あああれがただのことばと思えようかと、折角向いてきた本街道をまた横へそれて、いつまで経っても同じ山の中を彷徨っている。 それならば、帰り際になぜ黙って行き過ぎたという疑問を、やがてやっとのことで拾い出したが、われすら口を利き得ない場合に、女として初めて逢った男に、「あらわたしのではお厭なの」、これが思い切って仔細なしに出るはずはない、そうだ、きっとそうだ、行過ぎたのは多分急の用があったのだ、いやそれにしても、ただ一言をおしまれることはあるまい、ただしは夜目で見えなかったか、見忘れる気遣いはないのだけれども、生憎車へ乗ろうとして後ろ向きになっていたときだから、それともなく見ちがえたのだろう、たしかにこの貞之進と見たらば何とか言ったに相違ない、証拠にはわれ玄関に立ちいでたとき、羽織の紐を結びながらあなたどうぞと言ってあとは聞こえなかったが、どうぞということばの内には、願うという意味が無論こもっている、どうぞと願う、何をこの貞之進に願うのか、また来てくれは彼が商売のことば、商売のことばならば特にわれのみに限らない、それをわれのみに限って「あらわたしのではお厭なの」、あのどうぞもまた記憶すべきどうぞだと、こう思い定めて四辺を見ると、ここ六畳の一間は、何もかも小歌の顔で埋まっているようだ。 しばらくして貞之進は思い返したように、きっと口をむすんで、馬鹿っと自ら叱って袂の物を片付けようとした。何事ぞ一番手に触れたは手巾で、これだこれだこれを出そうとするとき、「あらわたしのではお厭なの」、厭ではなかったが取りおくれてためらっていると、推し付けで渡してくれるに手が触って、ああ手が触ってと思うと、ありありその手が今も触るようで、むすんだ口は眼と平行にほどけてしまった。どうかして忘れたいにも忘れられない、忘れるは寝ることとそれから唐更紗の夜の物をのべたが、そのとき二階の下で小歌らしい声がするので、ヤと貞之進は耳を立ててよく聴くと、似ても似つかぬ宿の小女が、いつものハシャギ声で笑っているのだ。何であれを聞きちがえたか、馬鹿ッ馬鹿ッとまたみずから叱って衣服を着がえ、二階を下りて手水に行けば、手を洗う後ろに小歌が立っているようで、「あらわたしのではお厭なの」とどこからともなく耳に入るので、ぐるりと貞之進が体を回すと、その小歌かと思ったのもまたぐるりと回った。 枕に就きは就いたが眠られない、眠られないとともに忘れられない、仰向いて見る天井に小歌がにっこり笑っているので、これではならぬと右へ寝返れば障子にも小歌、左へ寝返れば紙門にも小歌、鴨居にも敷居にも壁にも畳にも水車の裾模様がついているので、貞之進はまぶたを堅く閉じて、寝付こう寝付こうとあせるほどなお小歌が見える。これがあるからと洋燈を吹き消したが、それでも暗闇の中に小歌の姿が現れて、「あらわたしのではお厭なの」の声がする。術策尽きて夜着を頭からスッポリかぶったが、やっぱりいけない、起きていた時よりは一層激しくはらのうちに跳る者があって、あるいは急にあるいは緩に、遠慮なく駆け回る。そのつい目はいよいよさえて来て、ふと小歌の年齢に考え及ぼし、いつの間にか自分と夫婦になって、痴話もする苦説もする小鍋立てもする合乗りもする、恐いこと恥ずかしいこと嬉しいこと哀しいこと面白いこと可笑しいこと、腹一杯やってのけたと思うと元の鳴鳳楼の座敷へ還り、「あらわたしのではお厭なの」のおさらいがまた始まる。 ようやくくたびれて寝付いた貞之進は、いつも上二小間のはずの窓の障子へ一面日の当たったころ目を覚まし、あわてて起きて筆立てに入れてあった楊子を取り、急わしく使いかけたのがだんだん緩くなって、その手が動かないほどに見えた時はまた思い出した時で、目賀田さんすぐ御飯をあがりますかと、隣の室の入口あたりまで来て尋ねる小女に促されて、おうと言って部屋を出たそこの柱に、四面楚歌の声と誰かが落書きしたのが目にはいり、楚歌の歌の字が殊に大きく見えて、何とも知れず頭に響くものがあると同時に、その柱が芸子髷に花笄を挿し、それが小歌のようで虞氏のようで、二階を下りるのが自分のようで項羽のようで、顔を洗いすまして部屋へ戻り、出稿の時刻と急いで箸を取ったが、膳から考えて向こうを見ると、また何だか座っているようだ。 (五) それからの貞之進というものは、明けても小歌暮れても小歌、日として夜として、小歌の姿が眼に映らぬことはなく、学校の往き帰りにも小歌が送り迎いをするようで、間がな隙がな忘れたことがない。今まで二時間で済んだ下読みも、一字一句小歌の笑顔がついてまわって、五枚のものを二枚目で一ぷく吸った煙のうちに、朦朧と水車の裾模様が現れ、続いて鳴鳳楼の座敷の始終がまたおもい出されて、つい四時間かかっても満足には出来なかった、そして国元へやる見舞いの状を書きかけ、消しの出来たのを引き裂いて二度の文言を案じる間に、同じく不思議が胸に浮かんで、その消した紙へ、楷書行書草書片仮名平仮名、何だか矢鱈に書きつづけて、裏表とも真っ黒になったのを丸めて投げ捨てた時、小歌という二字に限っての走り書きが、自分で見て大いに上達していた。 どうあってももう一度逢いたい、ぜひ逢わないではいられない、それには良家の処女とちがって、容易に簡便に、金で逢われるとは知ったが、それでその金がどれほど要るかが気に懸かって、金はあるとしたところで、かつて長野の学舎にあった日、夏夜舟行の記に、杜康を命じ蘇小を聘しと古いところをぬいた例えはあっても、今となって芸妓を呼ぶ手続きが分からない、ほかでもないことを友達に聞くにも聞かれず、聞いたとて差し支えるではないが、公園の薄茶一椀突き合わずにいた目賀田貞之進が、愚直と斥けられた今におよんで、たとい自分が芸妓を呼びたいためと言わないまでも、聞くさえが畢生の恥辱のように思われ、どうしたらいいかということが、小歌を思うが故に小歌を思うより一層切であった。宿を出て近辺を散歩するに、若い男若い女が手をひき合って歩いていくのを見るごとに、羨ましいような、蔑むような侮るような、名状のならぬ心持ちが自分に起こり、傍らの古本舗を覗き込むと、色男の秘訣と題した書がふと目に留まり、表紙に細々と載せてある目録を、見るように見ぬように、むしろ見ぬように見ぬように、横目で読むにその初めが娼妓買いの秘訣芸妓買いの秘訣、貞之進は我知らず飛び立ったが気が付いて隣の文集やら詩集やらをもとめるふりで、そっと正札をうかがえば金十銭これで芸妓買いの秘訣を得るとならば、いやいや秘訣には至らないでも手続きだけ分かるとなら、安い物だがと本屋の顔を見るに、ぎょろっとした眼がこちらを嘲るようなので、あからさまな色男の秘訣とあるものを、のめのめと買いもしがたく、買うは一旦の恥買えば永代の重宝、買うべし買うべしと頻りにはらでは促すものの手は出せない、去るにも去りかねてしばらくたたずんでいたが、見た上は欲しいがいよいよ急で、外のひやかしが立ち去ったを幸い十銭銀をほうり出し、これをと言うと本やは彼の眼で見て、秘訣ですかと聞き返した音になお嘲りの分子が含まれているようで、貞之進はぎょッとしてそうだとの一言が出ず、誰も知らぬことに顔赤らめ、イヤこれだとその下にあった樺色の表紙を、あわてて何の書とも知らず指さすと、本屋はありがとうと言って、二銭のつりとその書とを取って渡した。貞之進はそこそこに立ち出たがその本に用があるのではなく、二三丁来てから西洋小間物屋の玻瓊戸を漏る燈影に透かし視れば、三世相解万宝大雑書とあるので、自分ながらチェッと舌打ちして、なぜ秘訣の方が取れなかったか、取り代えてこようかと二足三足戻りかけたが戻りきれずに、つまらぬことに八銭失ったをくやんで、ほとほと自分が勇気のないのを歎じた。 宿へ帰って、三世相解を懐から出したが、そこらへは置けず捨ててもやられず、机の抽斗の奥のほうへ突っ込んで、それでまだ秘訣が欲しく、宿の小女に買いに遣ろうかと思ったが、すれば本屋に買主の顔は知られぬが、宿に知らるるが何よりの不都合と、貞之進は独りむしゃくしゃとして、洋燈の心を出したり引っ込めたりしているうち、図らず思い当たったことのあるようにうなじて手をたたき、飛んで来た小女にお神さんはと聞けば、おりますと言う、お茶をいれるからおいでと言ってくれと命じたは、秋元の女房がその昔茶屋奉公したことのあるを、かねて小耳に挟んでいたので、三世相解の埋め合わせに、今買って来た藤村の最中から漕ぎ着ける、貞之進に取っては非常の大計画が産み出されたのだ。 (六) 百花園の秋草を見に行った土産に、言問の団子を買って来てくれたことはあったが、ついぞこれまでやむを得ぬ用事の外、冗談口一つ言ったことのない貞之進が、わざにお神さんにとのことに小女も不審を立て、寝るまでの時間つなぎに、亭主が不断着の裾直しにかかっていた秋元の女房は、黒の太利とかいう半纏の、袖口の毛繻子に褐色の霞が来ているのを、商売柄みえ無しに引っかけ、転宿でもなさりたいのかと、膝の上の糸屑を丸めながら二階へ登って、貞之進の部屋の前まで行けば、お入りといつにない愛素しいに、女房は勝手が違ったようでかえって恐縮し、御用はと恭しくすべりこめば、いや用ではない茶を煎れたからと、この人を見知って以来、三年越しの例しのない調子の軽さ、目賀田さま茶菓を賜ると、秋元の年代記へ特書せねばならぬ程の不思議は、女房は心でますます疑っていたが、饒舌るをもって達弁とする隣室の五島に比べれば、口数は三分一にも足らぬが、沈黙家と評判の貞之進に似合わずぽつりぽつりと今夜に限って四方八面の浮世の沙汰、女房はこころおきのある中にも解けて、いつか話が一昨日の鳴鳳楼の懇親会に及んだ時、東京は芸妓がたくさんなところだと貞之進が誘いかけたを、遊ぶ者も多い遊ばれる者も多い、そこが都ですと女房は何の気もなく釣り込まれ、それでは先日の会は柳橋の連中で御座いましたか、貴君はあの方にはお気を留めなさいませぬかと言って、袋のまま置いてある最中を一つ取って半分に破り、ほんとに貴客には亭主でも感心いたしておりますと、こぼれた粉を払っているに、それが貞之進の胸に徹って、顔を見られでもするように自然に背けた。 けれどそれは自分が咎めたまでで他の知るはずがないのでまた許し、今もまず柳橋が一かと言えば、この人にない異な穿鑿と女房は貞之進の顔を看上げたが、これに答えるよりも我が見聞の広いのを誇るのが先で、いえ今では柳橋もさびれました、おきんおえいに栄えてそれから二十年というもの、わるくなったとは言う條一昨年までと詞とぎれ、ちょうど私共が両国近辺に居りました頃は、まだまだ話の種も出来ましたが、今ではとんと指折ることも御座いません、世のいい時には一旦ひっこんでもじきまたでたものですが、当節のように世が悪くっては、芸妓もたいていではないので、ひっこんだとしたら容易に出ません、貴君景気がよくって御覧じろ、老い先長い体を端た金に縛られて、見たくでもない旦那の御機嫌を取っていますものか、訳を知らない新聞屋が、全盛だとか目出度いとか言いますが、ひっこみの多いのは決して景気のいいのでは御座いません、いっそ不景気のしるしですと、茶屋、奉公の昔から胸間に鬱積した金玉の名論を洪水の如く噴き出されて、貞之進はそうかそうかとただうなずいていたが、それでも小歌といういい児が御座いますと、たった一言その間へ加えて欲しかった。 赤縞の二子の前垂を膝の下で引っ張って、そして右の手でその膝の上をなでているのがこの女房の癖で、図に乗って弁じ付けられたけれども、貞之進はまだ要領を得ない、もう一転すればと思って、どういう人がおもに遊ぶのかと問いかけると、それはと女房は角火鉢の縁へ飛んだ唾を指の先で消し、土地土地で芸妓の風俗もちがえば、客の風俗もちがいますから、どういう人と限ることは出来ませんが、遊びといえばもともと奢りですから、金をおしむなら奢らぬがいいのですが、兎角このごろは安く遊ぶことばかりを心掛け、二階へあがればすぐにお神さんに御用のある客が多いのですもの、芸妓に意気地がないと言いますがそれは客の罪で、よしんば意気地が出したくっても、その意気地を買ってくれる客がないのですから、出ないのは当たり前ですと、それから順をおって、揚代のこと祝儀のこと箱丁のこと女中のこと、料理屋のこと待合のこと船宿のこと、ことごとく説き明らめた揚句、遊ぶなら金を遣うこと、遣わぬなら遊ばぬこと、遊ばすに済めば遊ばぬがいいのです、およしなさいよと言って、自分でついだ茶碗を取った。貞之進は計略図にあたって、おのずから答えを得たのですこぶる満足し、早くこうと心が付いたら、三世相解に辛苦することもなかったと、漸く気が勇んで、おやすみなさいと下りてゆく女房に、階下の衆へと言って最中の袋を、報酬でもあるまいがそのまま投げ与えた。 その夜貞之進は枕について、依然芸子髷に花笄を夢みたが、すこしく前夜と趣きがかわって、紙障襖は鳴鳳楼に似ているようで、それで鳴鳳楼ではない六畳ばかりの小座敷に、小歌と自分と差し向かいで、やがて小歌が自分の膝へ凭れたと思うと、たちまちその顔が秋元の女房になって、こんな物を貴客に頂くのではありませんよと言って投げ返した祝儀包みが、見る間に今日学校でなやんだ法理何とかの、第百十一頁の所と変じ、拾い上げて読んでみると、芸妓買の秘訣と書いてある。かような夢で夜が明けて、学校へ行きは行ったが、終わりの時刻が待ち遠しく、帰るや否や秋元の勝手へ向かい、予て貞之進が同宿の悪太郎にせびられるを気の毒がって、学資の余分を亭主が預かって置いて呉れるのを受け戻し、傍から女房が芸妓買いですかとからかったを、急に買物がと心懸に言訳して初めて我部屋に入り、もう暮れてもいい頃と思ったが午後四時、それからの一時間をやっと送って、過日の伏し糸で宿を立出で、本郷通りへ出てからの車に、柳橋とは言い得ず両国までときめて、言値のままで急がせた。それが鳴鳳楼の会の日から、数えれば丁度四日目であった。 次へ無断転載禁止
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