(国立国会図書館・近代デジタルライブラリーから斎藤緑雨『油地獄』春陽堂・明治24年11月出版をテキスト化してみた。冒頭の『小説評註』は含めてあるが、末尾の『犬蓼』は省いた。原文を忠実に再現することを目的としていないため、旧仮名遣いは現代仮名遣いに、旧字体も改め、当て字もところどころ読みやすい漢字に改めた。文学史的には斎藤緑雨が二葉亭四迷『浮雲』の影響下に書いた狭斜小説とのことらしい。言文一致体は斎藤緑雨の中でも例外的だが、現代人にとっては読みやすい)
二度の勤めをしまの原のとかつて唄に聞き申したるが今や我が身に報い来たり登仙坊となのりてものしたる緑雨の「油地獄」がこのたびよき衣かぶりて世に出ずるにより例の叙を添えよと書肆より逼らる、その例のといえるが癪なり十号活字と申すがもしあらば白紙の隅に名だけかかげて文と読めとはこれいかにと洒落たきなれども、盛のよいの数のあるのがただいまの流行と承わりたまには流行もやってみるのが通だとも不通だとも孔子様がおっしゃっては万々これなけれどさらば叙の代わりにまでと去年のはじめ、これを丁寧に申せば明治二十三年一月かく申す正太夫が初めて飛んで出たるこれは、一流「小説評註」、奥儀といっても金目がない、あいあいさよでも何でもよし
小説評註
著者不詳
正直正太夫註
小説を著すお方世に多し小説を評するお方世に多し小説に註を加うるは蓋し正太夫の新発明ならんか左に古風小説一今様小説二の註を掲ぐ、ホンの少々の雛形に過ぎざれども万に一つ小説界に新機軸を出したりとも見そなはさば幸甚
(古)初嵐猫毛衣 第三襲 吹くからに秋の草木のしおるれば
(註)初嵐は初秋の末より吹きそめて遂には垣根を破る風なり猫毛衣というはいまだ見ざる鴛鴦毛衣というものあれば犬猫の毛衣も昔はありしなるべし総じて獣類の毛を服飾に用うること今も行わるれば猫の毛を織りて胴着ともしつるならん暖かきこと推して知るべし、題の意は初嵐いたく吹いて寒ければ猫の毛衣を着込みぬとなり第三襲と言うは第三回と言うに同じ毛衣なれば何襲という飯なれば何膳と言う酒なれば何盃と言ういずれも一つ穴のモジリなり題嵐にちなみて文屋の康秀を立会わせたるところ作者の識ひろきを知るに足る、歌歌留多の二度や三度で思いつき得らるるものにあらず敬服敬服
見あぐれば山又山の頂き高く瞰下ろせば谷又谷の底深し猿の声にはらわたをたつ風寒き松の葉のこぼるる露の玉鉾の路も峻しきつづら折急かば必ず転ぶべし
(註)先ず地理を叙す。はらわたをたつ風、松の葉のこぼるる露、露の玉鉾等あたりは八軒引っかけまわるこれを八当たり文と名づく欧陽脩の商量多と言いしはここなるべく最も潤色を要す、地理を叙し来たって急かば必ずと筆の方角を変えたるは所謂頓挫とて文章の姿致を取れるなり且むかしの小説は勧善懲悪を主としたれば読者もし山をよじらば注意せよとのことを勧告しかたがた後に出ずる人物の転ぶことあるの伏線となしけるなり以って作者の用心厚きを知るべし
頃しも秋の下つかた樹々の梢の色づきて紅葉しにけり唐錦やまと錦の数々を織る機音の立田姫袖も袂も紅を染めてくやしき小男鹿の鳴くも恋よといえば得に岩間の滝の音さびていとど哀れを添えにける
(註)時令を叙す。これまた八当たりなり猿の声鹿の声機の音あらゆるものを挙げ尽して余すなし立田姫は嬉しかるべし作者の机右いつも三才図絵を二三冊置く
空に杖突く弓張の月は雲間に出つ入りつ胸も曇れる恋の闇小暗き山路をようようにここへ来かかる男女あり
(註)天文を叙す。空に月が杖突きたるにあらず弓張と言いたくて突かせたるなり弓張月と言うべきを強いて弓張の月と延ばしたるは五七調の都合によることと覚ゆ。近頃もこの伝ありさざれの石、芝の区、土の瓶、不動の明王等これなりしかしある場合においては花都、ふじ山、忍ぶ岡等念を入れて縮めることありと縦横自在羨むにたえたり、胸も曇れる云々月の胸が恋ゆえ曇れるごとくなれどもよく考えれば男女出て来たる前触れなり車夫の御免よという掛け声に同じと心得てよし
男は年頃二十四五いずれ商家の手代とおぼしく女は手拭眉深にかぶり歳は二八か二九からぬ盛りの花の裾模様夜目にもそれと著し
(註)人品を叙す。ただいずれとばかりにて商家の手代と見るは達眼なり骨相学の蘊奥を究めたるにあらずんばあたわずこれを読んで二十四五歳の男はみな手代なりと即了し去るがごときは未だ以ってともに文典を語るに足らざるなり、歳は二八か云々は洒落の蒸発せしものにてこれも作者の精神は篭りおれりスワヤ最後の一戦という時茶をたてる形なれば昔の作者は忙しかりし、それと著しは娘の姿著しとのいいかなおよく考うべけれどそれといわばそれの事それはそれと思わば間違いなきにちかからん
互いにひと目忍ぶ見のあたりへ心置く霜に枯れ色見ゆる路の辺の薄尾花を踏みしだき分けまようたる山中にふたりはしばし立ち停まりかたえの石に腰掛けてほっと一息月影も再び雲に蔽われたり
(註)心置く露と書きかけて露の重なるを厭い霜を降らせて冬枯れ近く見せたるなり道行にすすき尾花の欠くべからざるは今更のことにあらず道行の鼻祖梅忠の遺訓によることにて誤って薄尾花を忘るればお軽勘平のごとく主君閉門の日に当たり所詮お手には入らぬが花よと一場の舞踏を演ぜねばならぬなり後の作者たるものゆめ忘るるなかれ、山中奇石多しあらかじめ照会せざるも立ちどまりたるところ必ず石あり家主杢右衛門曰く店の恵みなりと(故中村鶴観歌舞伎座初芝居において家主杢右衛門に扮す天の恵という台詞大評判、故にいう)
女は男の顔さし覗きてのう膳助卿の在所と言やるのはこれから程もないかやと問うに男はうなずきてこの山一つ越えたとてまだ私の故郷へは六七十里ござります慣れぬ旅ゆえお嬢様にはさぞおくたびれでござりましょうが天の許さぬ不義いたずらお主の娘をそそのかしと萎れて腕をこまぬけば
(註)女は気強し先ず口を開く、のうとは我より彼を呼びかける義なりそのもともとは八犬伝ののう角太ぬしと言えるより出ず雛衣はのうの発売本舗にてこの女はその大取次なりあどけなきは道行に出るお嬢方の常と知るべし不義を天の許さぬは駆け落ち前より知れ渡りいることなれどもことさらに山路に差しかかってかく言うはなさけというものの深ければなりとぞ人間の心事測り難し
女はなおも擦り寄ってまたそのようなこと言やるかい親を捨てても一緒にとおもう男に手を牽かれわしや嬉しゅうてならぬぞエどうぞこれからお主じゃの嬢さまじゃのと角立てずお梅と呼んでくだしゃんせと口には言えど心には過ぎこし方を思い詫びおのずと潤むおろおろ声何やら知れぬ一雫落ちてこぼれて鬢の毛のみだれぐるしき風情なり
(註)女いよいよ気強し短兵急に女房たることを公言す恋にはかかるものなりとか、この女江戸育ちにあらず上方生まれにもあらず一種異なりたる調子なり朝夕深窓の下に浄瑠璃本をひもといて成長したりとおぼし、女人の愁容を写すには涙の露のこぼるることと鬢の毛の乱るることが肝要なり、読者のもっとも注意すべきは男女ふたりの名にて初めは単に男女ととなえ来たりしもここにいたって男は女より善助と呼ばれ女は自らお梅と名乗り他動的と自動的との差はあれひとまず戸籍を明らかにしたりこれを省筆法の特例とも言わんか
これより男女こもごもきのうの口説を繰り返すくだりあれども煩わしければ註に及ばず本文もろとも省く
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