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酒と酒の日々

無力なシラフのサラリーマン

1997/12/30

酒の力を借りなければ、仕事の核心に迫れないサラリーマンがほとんどである。

まるで、酒のような、何かの口実になるものがなければ、自分の理性だけではなにもできないかのように。

サラリーマンは、シラフと酒の席をたくみに使い分けることに、職人芸的な快楽を味わっている。酒をくみかわすことで、まるで共犯関係ができるかのように錯覚し、シラフのときにはビクビクして話せないようなことを、酔いにまかせてぶちまける。

そうでなければ仕事をすすめることができない、それを認めてしまうかのように、宴席で酒をついでは、本音とおぼしき言葉を吐き出す。

理性的に業務を消化する昼間の時間と、酒の力を借りて本音を吐き出す夜の時間を、同じ仕事という領域にもちこみ、そのふたつを行ったりきたりすることでしか、まともに仕事がすすめられないサラリーマンは、なんて非効率的だろうか。

酔いつぶれて帰宅する父親の姿を見てきた僕らの世代の君たちサラリーマンは、その醜態をくりかえす必要はまったくない。

まるで酒をくみかわすことビジネスの必須アイテムのような口ぶりの上司たちにまどわされることはない。僕らが生きていくこれからの時代に、シラフと酩酊を行ったりきたりしながら仕事を進めるようなまわり道をやっている余裕はない。

昨日も酒、今日も酒、酔っ払って腹を割って、酩酊のなかでもまともにビジネスが運んだ幸福な日々、「酒と酒の日々」はもうすぎさった。

僕らは酒の力を借りる必要はまったくない。それほど僕らの知性や判断力はおとろえていない。さいわいなことに両親の世代の努力のおかげで、僕らは酒なしでも、まともな判断ができる知性を身につける期間をあたえられている。

もちろんプライベートの楽しみのために、酒をあおるのはこの上ない歓びだろう。しかし、仕事にどうして酒が必要だろうか。いまだにそんなカビの生えた時代に君は生きているというのか?

正しいと思うアイデアがあれば、酒に強くなるよりも、論理的な説得力のある弁舌に強くなるべきだ。もちろんそれで動かない人間は、肝臓が腐るまで酔いつぶれさせるのがよい。それは、その人の自業自得だから。

でも、僕らの生きる時代は、酔いつぶれて眠って、それですむような時代ではないはずだ。正体がなくなるまで酔って、それで自分の意見がとおると信じている人間は、肝臓を腐らせて死んでいくだけだろう。

酒をくみかわすよりも、もっと大切なことがある。

サラリーマンはいい加減そのことに気づいてもいいころだ。



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