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超薄型ノートのマーケティング論
( 19980610 )

Japanese/English

今、日本経済新聞社の「MBAのマーケティング」という本を暇つぶしに読んでいるが、漫然と読んでいるだけでは身につかないので、超薄型ノート市場をネタに、マーケティングについて試論を展開してみたい。

なぜ超薄型ノートを分析対象に選んだのかというと、ボーナスをひかえてパソコンを買い換えようかと思っているので、PCのカタログを見る機会が多いことと、超薄型ノート市場はデスクトップPCと違って、まだなしくずし的な値崩れ現象がないことだろうか。

本当のことを言えば、僕にとってM社のPという超薄型ノートの「失敗」がとても興味深かったことが、いちばん大きな理由だ。こんど僕がPCを買い換えるなら、S社のVシリーズのデスクトップにしようと思っているのだが、同じVシリーズの超薄型ノートは、M社のPに比べると後発商品であるにもかかわらず、いまやM社のPの影も形もなくなるほどに超薄型ノート市場を席巻している。

いったい、M社のPのどこにマーケティングの失敗があったのか?それをこのエッセーでは、第3者ならではのお気楽さで論じてみたい。

まず、M社は昨年、Pという超薄型ノートを発売することによって、超薄型ノート市場を「発見」した。さすがつねに高い技術力で評価されるM社だけあって、新たな市場を開拓するパイオニアとして一気にPC市場でのプレゼンスを高めようとしたに違いない。

というのも、国産PCでおなじみのN社やF社にくらべて、M社はおせじにもブランド浸透力があるとは言いがたいからだ。

たしかに冷蔵庫やエアコンではプレゼンスがあるとしても、M社のPCブランドであるAは、一般的な認知度はゼロに等しい。じっさいM社は今年に入ってからホームユースのPC市場から撤退を決めた。

ではなぜM社がPC市場でプレゼンスを高めるための切り札として売り出した超薄型ノートPが、完全にコケてしまったのか?それはM社が超薄型ノートという市場のセグメント化に失敗したからである。

M社の誤算は、まず、超薄型ノートという市場の成長の速さを甘く見過ぎたことにある。この誤算から、M社はこの超薄型ノートに、60万円弱という破格の定価をつけてしまった。

たしかに成長が遅い市場ならば、市場のパイオニアは発売した商品を導入段階にあるとみなして、スキミング価格戦略をとり、先行者利益を稼ぐことができる(スキミング価格とは、最初に高い価格を設定して、時間をおいて値引きを行う価格戦略のことである)。

このスキミング価格戦略が可能になる前提は、まず商品の生産コストが高いこと、そして、価格が高くても買う消費者が存在することである。

おそらく昨年M社が超薄型ノートを投入した段階では、たしかに生産コストは通常のノート型PCに比べて高額だったろうことは想像に難くない。この点は、ある程度高い定価設定もやむを得なかっただろう。

しかし、高くても買う消費者が存在したかどうかは、きわめて疑わしい。当時のM社のプロモーション活動の中には、超薄型ノートを持つことそのものをパワーユーザーの「ステータス」として売り込もうとしていた意図が見られるが、実際にはそれを「ステータス」と感じるユーザーはほとんど存在しなかった。

高くても買う消費者とは、新らしもの好きか、M社への強いブランド・ロイヤリティを持った消費者かのどちらかである。M社の他のPC製品の市場浸透度の低さからいって、後者は考えにくい。M社は、最先端技術がそれ自体で市場価値を高めるという勘違いを犯してしまった。消費者は最先端技術に金を払うのではなく、その技術から自分が得られるものに金を払うのだ。

このように、M社のスキミング価格戦略は、完全な誤解の上に成立ったものであった。その結果、M社の超薄型ノートPは、「超薄型ノートというおいしい市場がありますよ!」ということを競合他社に知らしめただけで、みずからは市場から早々に姿を消すことになる。

そしてS社がVという製品ラインナップで、すばやくこの市場に参入し、あっという間にシェアを奪ってしまった。

超薄型ノート市場は、発見されるとほぼ同時に、導入段階を終えて成長段階に移行した。もしM社がそれに気づくだけの迅速さを持ち合わせていれば、すぐにでも価格を大幅に下げる決断をしただろう。ところが、S社がVという製品を20万円台という価格で市場に投入してもなお、M社は50万円以上の価格でPを宣伝しつづけた。

PC市場はドッグイヤーで成長する。それは僕のようなマーケティングの素人にもわかる。ところがM社は超薄型ノート市場を発見したのに、その市場から利益を回収するチャンスをみすみす逃してしまった。

では、S社のマーケティングが優れていた点はなんだったのだろうか?少なくとも3つの点があげられる。

まず、価格設定である。S社はPC市場がドッグイヤーであることを知っており、そのドッグイヤーに対応するだけの敏捷さをもったアジルな企業であった。だからM社が超薄型ノートという市場を発見してくれるや否や、Vという製品ラインナップに超薄型ノートを追加した。

次に、S社のVという製品ラインナップは、デスクトップPC、ノンリニア編集やイメージングのための周辺機器、TVと統合されたCRTなどなど、S社のAV機器メーカーとしての実績に裏打ちされた全面的な製品展開だった、という点である。M社にとってのPという製品は、単発商品だったが、S社のVはフルラインナップの製品群だった。

消費者は、単発商品の中に「すぐれた技術だな」という技術優位しか見ることができない。一方、フルラインナップの商品群の中には「ライフスタイル」を見ることができる。繰り返すが、消費者は技術に金を払うのではなく、その技術がもたらしてくれる付加価値に金を払うのである。

最後の3点め。S社がAV機器に関して広くブランドロイヤリティーを確立しており、Vという製品ラインナップが、そのブランドロイヤリティーを見事に利用していたことである。

おそらく消費者の中には、MDプレーヤーやビデオカメラを買うとき、S社ブランドを指名して購入するグループが確実に存在するだろう。しかし、M社はPC市場においてそのようなブランドロイヤリティーをまったく持たなかった。

このように、超薄型ノート市場における両社のマーケティングの巧拙は明らかである。それは、超薄型ノート市場の覇者となったS社と、いまや各種のパソコン雑誌でS社との比較対象にもあげられなくなってしまったM社、という結果にあらわれている。

このエッセーをしめくくるにあたって、ではM社はどうすれば失敗しなかったのか、歴史に「もしも」はないが、あえて付け加えておく。

まず、PC市場がドッグイヤーであることを認識し、それに追随するだけの敏捷性をもった企業に脱皮することだ。M社は技術力では他者を寄せつけないだけの優位性を誇っている。だが、それを市場の利益に結びつけられなければ研究開発費が回収できず、自分で自分の首を絞めることになる。

S社がVという製品を投入してきたとき、M社はすぐに対抗し得る価格までPの価格を引き下げるべきだった。M社は今年になってからPの価格をほぼ半分の水準まで下げたが、これでは遅すぎるし、「今まで消費者から暴利をむさぼっていたのか!」という不信感を、消費者に植え付けてしまった。このマイナスは今後のM社のPCマーケティングにとって致命的である。

つぎに、ブランドロイヤリティーとカンパニーロイヤリティーを混同しないことだ。ブランドロイヤリティーとは、顧客のメーカーに対する忠誠心、カンパニーロイヤリティーとは、社員の愛社精神のことである。

M社の社員は自社の技術力を誇るあまり、愛社精神を顧客に投影してしまった。それが「ステータス」を売るという失敗の根っこにある原因だ。

S社が技術力そのものではなく、そこからどのような付加価値が産み出せるかを中心にマーケティングを展開したように、M社も、付加価値に重点を置いたマーケティングに転換すべきだろう。

たとえば、僕らはS社のVという製品群で何ができるのかを具体的に想像できる。それはS社の広告に書いてあるからだ。ビデオキャプチャーボードで画像を取り込み、自分の思うままに加工する。デジタルカメラからも画像を取り込める。Vの超薄型ノートは、ただ薄いだけではなく、デザインが斬新だ。ユーザーはこれを持っているだけで自己主張できる。

それに対して、日本経済新聞の全面広告でM社の「薄さ世界一」というロゴを読んだとき、僕らは次のように問いたくなる。

「それで、なにができるの?」


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