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サラリーマンの自己紹介

大量生産時代の遺物:サラリーマンの均質性

1997/12/26

サラリーマンの自己紹介くらいつまらないものはない。

日曜日の朝はやくAMラジオをきいていると、そんなに好きじゃないけど竹村健一の番組を耳にすることがある。いろんな分野の人を呼んで対談する番組で、この間は角川春樹がきて、あいかわらずキレたことをいっていた(といいつつ、中学時代は薬師丸ひろ子主演の角川映画ファンだったのでこんなこともいえないのだけど)。

竹村健一がこの番組でよくいっているのが、「僕はサラリーマンなんかに興味はない」ということだが、まったくそのとおりだ。僕自身サラリーマンなので、三段論法で考えれば、僕は僕自身が好きではない、ということになる。

ただ、サラリーマンという職業は、一般的に、サラリーマンになりたくてなるものではないと思う。たとえば幼稚園や小学生の子供に、「おおきくなったら、なにになりたい?」と聞いて「サラリーマン!」という答えがかえってくる確率は限りなくゼロに近いだろう。

子供のころは「野球選手になりたい!」「小説家になりたい!」「弁護士になりたい!」と夢見ていた人々が、行きがかり上、やむを得ずなってしまうものが、サラリーマンという職業である。

それじゃあ、ひとくちにサラリーマンといっても、じつにさまざまな趣味嗜好の人物があつまっているのか?といえば、まったくそんなことはない。サラリーマンの自己紹介くらいつまらないものはないのだ。

たとえば、夏にサラリーマンが自己紹介すると、海に泳ぎに行ったの、ウインドサーフィンだのという話になる。冬にサラリーマンが自己紹介すると、スキーがどうのこうのという話。季節をつうじては、ゴルフだの、パチンコ・競馬だのという話。

これだけ何千万人というサラリーマンが世の中に存在して、そのプロフィールのパターンがかくも限られているのはいったい何?と、僕なんかはつねづね感じるんだけど、これを読んでいるサラリーマンのあなた、そんなことありません?

たしかにすこし前までは、ひとくちにサラリーマンといっても、家庭環境、学歴など、いろんな背景をもった人たちが集まっていたかもしれない。そのころには、意図的に共通の話題をもとめて、同じような趣味をもつことも意味があったんだろうと思う。

けれど、今や、サラリーマンといったら、たいていは中流家庭に育った大学卒と決まっている。なにもなくても、みな同じような人間なのに、そのうえにゴルフだの賭け事だの同じような趣味に走る必要はまったくないのでは?

このページの他のエッセーにも書いているけれど、ほんとうに僕にとっては、どうしてこれほどまでにサラリーマンの間には、同一化の力学がはたらくのか、理解しかねる。どうしてみんな、「人とは違おう」とするよりも「人と同じであろう」とするのか?

僕がかわっているのかもしれないけれど、人と同じことをしたってつまらないんじゃないかなぁ?人と同じように賭け事やって、ゴルフやって、じゃああなたのあなたらしさはどこにあるんですか?と言いたくなる。

それ以上に不可解なのは、人と同じであろうとすることについて無反省な人が多いということだ。人と同じであろうとすること自体は、そりゃあ人の勝手だからそれでいいと思うのだけど、自覚的に同じであろうとして同じなのではなく、無意識に同じであろうとしているサラリーマンが圧倒的なのだ。

人間は、とくに自覚がない場合、人間行動学的にいうと、人と同じようにふるまう性質がある動物なのだろうか?

同じゴルフという土俵でサラリーマンどうし競うにしたって、どうせ遊びでやるゴルフなんだから、それほど大きな差がつくわけがない。だったら、私はアーチェリーです、私はインラインスケートです、僕はスポーツカイトです、とかもっとバリエーションがあってもよさそうなもんだ。

大学時代、僕の周囲にいた人たちは、それぞれになにか「ひとクセ」あって、「退屈な自己紹介」はぜったいにありえなかった。友だちとして付き合いたい!と思わせるだけの個性をもった人たちばかりだった。

名刺交換してプライベートの話になると、すぐにゴルフやスキーや競馬やパチンコや酒や...という、退屈な会話のパターンにはまってしまう。

どうして?どうして?

せめて次の時代をになう世代の人たちのつくる社会は、もっと個性のある人間ばっか、という社会にしてほしいなぁ。わかりにくい人間であることを恐れる必要はまったくない。人と違うことをおそれる必要もまったくない。

営利団体としての企業を考えても、同じような人間があつまることは、メリットよりデメリットのほうが大きいでしょう。だって、同じような人間ばかりいる組織は、既存のテクノロジーにもとづいた大量生産には向くけど、創造的な商売にはぜったいに向かない。

同じような人間ばかりいるということは、これからの時代(いままでは知らないけど)、組織としての生産性を下げることになるんじゃないでしょうか?会社のことを思うサラリーマンなら、人と同じことばっかりやってないで、人とちょっとでも違うことをやったり、考えたり、そういう努力こそ求められているのでは?と思いますが。

なんでかなぁ...。



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