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![]() 人称的/非人称的組織 ( 20020807 ) 「どうもこの会社、自分の性格に合わないなぁ」と思ったとき、その漠然とした不満をできるだけ合理的に説明することで、組織の性格や自分自身の資質を冷静に見つめ直すことができる。そんなとき一つのものさしになるのは企業文化(社風)をいくつかのパターンに分類してみることである。 企業文化を分類するにはさまざまな分類法がありえるが、その一つとして人称的組織/非人称的組織という分類軸がある。人称的組織とは個々の業務について「この業務なら○×さんだ」というふうに、個人名と業務がひもづけられて意識されている組織のことを言う。逆に非人称的組織とは個々の業務と担当者のむすびつきが希薄で、むしろ部署対部署の関係で仕事が進むような組織のことだ。 人称的組織の特徴をもうすこし詳しく見てみる。人称的組織では個々の業務にいちばん詳しい人が個人名で限定できる。社内で仕事を依頼しあうときには、どうしてもその個人名を指定する傾向があるため、その業務のノウハウはその個人に蓄積される。その結果、ますますその個人はその業務の専門性を高めるという循環が生じる。また往々にして人事上のジョブローテーションがほとんど行なわれず、各担当者が同じ部署に何年もとどまる傾向が強くなる。 業務が人に付いているため、担当者個人の裁量の幅や権限が大きくなる傾向になる。人称的組織が成立する前提条件として、組織的な管理、つまり上司が部下の業務内容をきっちりと把握し、部下は形式上はあくまで上司の指示にしたがって仕事をするという組織的な管理が存在しないことが必要である。 組織的な管理がすくなくとも形式上は行なわれている場合、社内での業務依頼は個人に対してではなく、その部署に対して(つまりその部署の長に対して)行なわれる。依頼を受けた部門長はそのときのそれぞれの部下の負荷によって仕事を割り振るため、特定の個人に特定の業務がかたよるということがない。その結果、業務が人に付くということがなくなる。これが非人称的組織の特徴である。人称的組織とは逆に、制度的に人事ローテーションが行なわれていることが多く、このことも仕事が属人的になってしまうことを未然に防ぐ効果をもっている。 人称的組織においては担当者個人の裁量が大きいので、一見、業務依頼に迅速に対応でき、会社全体としても業務が迅速に処理されるように思えるが、実際には必ずしもそうではない。というのは、担当者個人の裁量というのは明文化された業務規定ではないため、その担当者の対応がそのときそのときで一貫性を欠く危険性がある。 一貫性を欠く場合、部門間での業務依頼は、その都度また新たにネゴシエーションをしなければならなくなり、結果として全社としての意思決定のスピードを遅らせるおそれもある。 人称的組織でもう一つ意思決定を遅らせる原因は、部門横断のプロジェクトを推進しようとすると、関係する担当者全員の合意を形成する必要があることである。関係する担当者の人数が増えれば増えるほど調整の手間が多角形の対角線のように指数的に増加するため、大きなプロジェクトであればあるほど、特権的な経営トップの介入、いわゆる「鶴のひとこえ」が必要になる。「鶴のひとこえ」が得られない場合、プロジェクトは担当者の自己主張のなかで迷走する確率がきわめて高くなる。 一方、非人称的組織の場合、業務は部署対部署の関係で処理されるのが前提であるため、一見、官僚制的な硬直的体質に陥りそうに思える。つまり「いちいち上司を通さなければ他部署と話もできない」という状況である。たしかに担当者どうしの直接の関係ではなく、必ず部門長を経由した情報の流れになるため、人称的組織よりも意思伝達については時間がかかる。 しかしいったん部門間で情報が伝わってしまえば、業務の処理は組織的なルールに従って「粛々と」行なわれる。人称的組織のように担当者個人のエゴやそのつど変化する恣意的な判断が介入する余地も少ないため、実行のスピードについては人称的組織よりもかえって迅速化するのである。特に「鶴のひとこえ」の介入がなくとも、権限委譲された各部門長の意思決定で業務が進捗する場合が多い。 ここまでに見てきたような人称的組織/非人称的組織という分類はあくまで理論上の分類であって、現実の企業はこの中間に位置し、どちらかといえば人称的だ、どちらかといえば非人称的だ、という相対的な分類しかできない。 しかし自分の働いている会社が、これら両極のどちら側にかたよっているかを知ることで、組織の中で自分の行動を決定しやすくなる。また転職を考えている場合、自分の性格からしてどちらの組織が合っているかを判断するひとつの基準にもなる。 たとえば外資系企業の多くは非人称的組織であると言えるだろう。まず詳細な業務記述で定義されたポストがあり、そこに任意の人間を当てはめるという考え方で組織が組み立てられている。業務範囲と権限が明確なためどの部署が担当するかはっきりしない業務の押し付け合いなどといった事態は発生しないし、部門間での調整が難航するということもない。 たとえば外資系企業の社員が人称的組織をもつ日本企業に転職したとき、あるいはその逆の場合、大変なコーポレート・カルチュラル・ギャップを体験することになるだろう。 非人称的組織で仕事をしてきた社員は、個々の担当者が最終決定権を持つはずがなく、最終的に調停する権限をもつのは自分の上司と相手の上司であると考えてしまう。ところが人称的組織の場合、last resortというものは存在せず、担当者どうして徹底的な調整を行なうより他に意思決定の方法がない。 もしこの調整作業がお互い譲歩しない泥仕合になった場合、非常に情緒的な交渉術が要求される。日常業務のほとんどの場面で機械的に意思決定できる非人称的組織とは異なり、人称的組織ではほとんどがそのつどそのつど中身ややり方、考え方の異なる個別交渉・個別調整となり、当事者のうちどちらが自分の主張を押し切れるかは、情緒的な説得や経営層レベルとの個人的なコネがものを言うことになる。 ところで、ある会社が人称的組織になるか非人称的組織になるかは、社員の質ではなく経営者の資質によって決定されると考えてよい。経営者自身が人称的である場合、その会社は多くの場合人称的組織になるが、人称的な経営者が意図的に非人称的な組織を作る場合もごくまれに存在する。 経営者自身が人称的である場合にはさまざまな場合がある。たとえば創業期・成長期にある企業で、経営者の強力なカリスマ性によって中小規模の組織が牽引されているような場合。また企業の規模や創業年数にかかわらず、創業者一族が一貫して経営権を握っている企業。また同一人物が社長、会長と役職を変えながらも長期間にわたって経営に参加している企業。さらにオーナー経営者でも長期政権社長でもないが、経営者個人のマスコミなどへの露出が非常に多く、会社そのものよりも社長個人が会社の顔になってしまっている企業などである。これらのことを参考にすれば、各企業が人称的組織であるかどうかは外側からでも比較的わかりやすい。 経営者が人称的であり、経営者自身がそのことに無自覚である場合や人称的であることを良いと思っている場合は、その組織はほぼ確実に人称的組織になる。一般的にはっきりした「顔」をもった経営者や「カリスマ」経営者はマスコミうけは良いが、だからといって必ずしもその会社が従業員一人ひとりにとって働きやすいとは限らない。 組織や社内規程のようなルールに縛られずに自分の意志で自由に(ときにはわがままに)仕事をしたいタイプの人には、人称的組織の方が適しているだろう。人称的組織でものを言うのは交渉力など数値化しにくい能力だ。 逆に明確な業務上の手続きやルールの範囲内で、他の社員との能力差を売りに、どちらかというと合理的に仕事をしたいタイプの人は、非人称的組織の方が適している。非人称的組織で有効なのは専門知識や資格、技術力など数値化・形式化しやすい能力だ。 無断転載禁止
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