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![]() 物語『SEに英語はいらない』(01) ( 20050428 )
「えっ、外資との提携プロジェクトですか?」 「親会社のアドレナリン工業が、フランス資本の同業他社と業務提携することになったようで、うちもシステム子会社としてその準備作業に加わるということだ」 「親会社の社内システムは全部うちが保守してますからね」 「一年間はお互いの情報システムについて情報交換して、将来的に統合できそうな部分の検討をすることになりそうだ」 「そうですか。で、どうしてその話をボクに?」 「じつは矢口君にもその検討プロジェクトのメンバーとして参加してもらおうと思ってね」 矢口健二は部長に目をむいて驚いた。めずらしく一人だけ部長に呼び出されたと思ったら、やっぱりろくなことじゃなかった。 「ちょっと待ってください。フランス語なんかできませんよ」 「あちらの会社の公用語は英語だ」 「英語もできないですし...」 「去年、TOEICの社内受験で500点クリアしてるじゃないか」 500点くらいちょっとまじめに勉強すればすぐとれるだろと、健二は心の中でつぶやいた。その程度の英語力をあてにして外資とのプロジェクトに参加させられたんじゃたまったものではない。 もっとも、成瀬部長はまったく英語ができず、上司としての体面を守るためにTOEICを避け続けているから、500点でも英語ができる部類になるのだろう。 「もっと英語力のある人にまかせた方が...」 「プロジェクトリーダには、外資系のIT企業から課長クラスの人を中途採用する予定でね。ずっと英語で仕事をしてきた人で、大きなプロジェクトの経験もあるようだから」 「それを早く言ってくださいよ」 やっぱりうちみたいな社員数40名ほどのシステム子会社には、英語力で使える人材はいなかったか。どちらにしても英語ができるリーダがいれば肩の荷はほとんど降りたも同然だ。 「英語についても、プロジェクト管理についても、たくさん教えてもらえると思うよ」 「わかりました」 「矢口君ならそう言ってくれると思った」 成瀬部長も相変わらず口がうまい。どこかのコーチングの研修で仕入れてきたネタだろうが、「矢口君なら」と言われて悪い気はしない。英語は外資系から来るというプロジェクトリーダにまかせて、自分はマイペースでやればいいや。健二はにんまり笑って席にもどった。
二週間後、始業時間に社長が40人の社員を集めて、外資系から転職してきたリーダを紹介した。外資系出身らしく、というのは健二の思いこみか知らないが、青のペンシルストライプのワイシャツをパリッと着こなして、ゴマ塩頭をさっぱり刈り上げている。同じ年代の管理職はうちの会社にもいるが、彼らの疲れた表情とは対照的に笑顔が精悍だ。 「はじめまして。増村と申します。いままで外資系でシステム開発のプロジェクト管理をやっていましたが、こちらADI情報システムで、パルマコンとの提携プロジェクトに参加させていただくことになりました」 こういう人はプロジェクトが終わったら、また別の会社にヘッドハンティングされたりするんだろうか、能力のある人はうらやましいねぇ、と健二は勝手な想像をしていた。 あいさつが終わると、そのまま社長はプロジェクトメンバーだけを会議室に集めた。健二の他は各部から中堅どころが一人ずつ参加している。業務システム部から参加している健二が男性では最年少で、社長を除いて全部で6人、女性は情報技術部の風間だけだ。社長自ら親会社の資料で説明することからすると、このプロジェクトはかなり重要らしい。 「社内ネットの掲示板などでご承知のように、親会社のアドレナリン工業がフランスのパルマコンと提携することになりました。提携の詳細については親会社から逐次連絡があると思いますので、そちらを見ておいてください」 増村リーダは会議室の椅子に浅めに腰かけてゆったりと脚を組んでいる。黒の革靴はよく磨かれて、腕組みしたその手首に光っているのはロレックスではないか。うちの会社に高給など出せるはずはないが、例外的に破格の報酬を示したのかもしれない。 「お配りした資料は親会社の経営企画部がパルマコンと合意した、今後の社内情報システムについての資料です」 健二はひとり口の中でパルコマン、パルマコンなどとくりかえしていた。耳慣れない外国語で、くりかえし練習しないとすんなり言えそうにない。資料には5年後までの社内システムのロードマップが描かれている。 「まず向こう一年間は両社の社内情報システムについて、ルールを共通化することが目標です。主な内容はシステム構築プロジェクトの進め方、ネットワークなどインフラ部分の技術の標準化です」 社長の話に先走って健二はページをめくり、言葉をなくした。 2ページめからはすべて英語になっていたのだ。IT用語は解読できても細かい字で書いてある説明文には分からない単語がたくさんある。これは困ったことになった。日本語の資料は作ってくれないということか。 「矢口君、いいですか」 「は、はいっ」 社長の説明を要約すると、一年間でルールの整備と、社内で使うIT製品や技術の標準ルールを決めた後、ネットワークや電子メールなどの情報基盤を先行して統合する。業務システムの統合はそれらと並行して、実現の可能性を検討していくということだ。 健二が気になったのは、ロードマップが5年間で区切られていることだ。フランスのパルコマン、じゃない、パルマコンという会社は最終的にうちの親会社を買収するのではないか。今回は資本提携ではなく単なる業務提携だが、ただの業務提携で情報システムを統合する話がいきなり出てくるだろうか。 (それにしてもこの英語の資料は...) 健二が周りのメンバーの顔色をそっとうかがうと、案の定、全員が額にうっすら冷や汗をかいて何度も資料を読み返している。余裕の表情は増村リーダだけ。 「第一回の会議は来週木曜日に予定されています」 いつの間にか増村リーダが社長から話をひきついでいる。 「それまでにメールで資料がとどくと思いますので目を通しておいてください」 「あの...」 物流システム部の川島が恐る恐る言い出した。背が低く小太りで、丸い顔に人のよさそうな笑顔を絶やさないが、今日ばかりは勝手が違うようだ。 「はい」 「日本語の資料はないんでしょうか」 「そうですね、相手方のパルマコンには日本語にしてもらうように頼んでいますが、英語の資料も覚悟して下さい。社長からは英語のできるメンバーを集めたとうかがっていますので」
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