企業にはCIというものがある。コーポレート・アイデンティティーの略で、経営者が自分の経営理念や経営方針をロゴやシンボルマークのかたちで社内外に知らしめることだ。NECのC&Cとか、富士フイルムのI&Iとか、みなさんもいくつかはご存じだろう。
僕が勤めているような大きな会社だと、会社としてだけではなく、個々の事業所単位でもCI活動が行われる。各支店や工場のトップが、短いスローガンをかかげてキャンペーンを張るのだ。一事業所の従業員数をとっても数千人の単位になるので、この手のキャンペーン活動はかなり大がかりなものになる。
しかし、僕の事業所で毎年展開されるCIキャンペーンを見るたびに、「ああ、ほんとプレゼンテーションがヘタだなぁ」と感動さえしてしまうくらい、キャンペーンの張り方がまずい。
(ここから4段落は自慢話なので、イヤな人は読みとばして欲しい)僕は中学生のとき友人とコンピュータ同好会を結成し、新入部員歓迎キャンペーンをぶちあげることになった。
いちばんこだわったのは、コンピュータ同好会のロゴマークと、宣伝ポスターのデザインだ。友だちとアイデアを出し合って、ロゴマークについては、同好会名の4つの頭文字をシンプルな直線と部分円の組み合わせでデザインした。
そしてポスターには、4つの頭文字をドットプリンタで印字したものを、ドット一つが5センチ角くらいになるまで拡大したものを貼りあわせて文字を再構成するという手法をとった。
このポスターは僕らのねらいどおり新入生の間で(良くも悪くも)評判になり、僕らの同好会の名前を知らない生徒はいなくなった。もちろん新入部員もたくさん集まった(その後の運営まで首尾よくいったかどうかは別問題として)。
CIキャンペーンに話をもどすと、この手のキャンペーンは、中身よりもまず、キャッチコピーがどれだけ浸透するかが重要だ。とくにキャンペーンの立ち上がり期間に、一生懸命中身を伝えようとしてもムダで、まずは念仏のように、意味は分からずともキャッチコピーをおぼえてもらうのが最優先課題になる。キャッチコピーが浸透しさえすれば、その意味内容は自然と後からついてくる。商品の発売前にまず知名度を高めるのは、広告戦略の常識だろう。
つまり、キャッチコピーをいかに効果的に伝達するか、そのテクニックが問われる。キャンペーンにおいて重要なのは、中身を伝えようとする生真面目さよりも、いかに憶えてもらうかのテクニックなのだ。このテクニックのあるなしで、キャンペーンがうまく立ち上がるかどうかの成否が決まってしまう。
ここまで書けば僕の言いたいことはもうお分かりかと思うが、僕の職場で毎年実施されるキャンペーン、ことごとくやり方がまずいのだ。
経営者のメッセージそのものは説得力があり、全社レベルの経営課題をうまく事業所独自の環境に反映したものになっている。なのに、それを事業所内の従業員に伝えるやり方がいかにもヘタクソなのである。
まず「順序」の問題だ。
ご承知のように最近のヒット曲は、発売日のかなり以前からTV・ラジオでプロモーションを行ない、発売日には誰もがサビを知っている、というパターンが多い(「ひだまりの詩」のような例外はあるが)。
これを抽象化すれば、あるメッセージを伝えるとき、いきなり意味内容を伝えるよりも、これからメッセージを伝えますよという予告がある方が、より効果的に伝達される、ということになる。
先日、あるTV番組を見ていたら、終戦直後に僕の好きな原節子の主演で大ヒットした映画「青い山脈」が取り上げられていた。この映画のヒットの陰には、公開より先に主題歌を発売するという、当時としては画期的なプロモーション戦略があったというのだ。
これもやはり、メッセージ自体より先にその予告があることで、メッセージが効果的に伝達される一例だ。「青い山脈」のように50年前にすでに知られていたのだから、この手の戦略は現代のプロモーターにとっては「常識」に違いない。
ところが、僕の職場のキャンペーンは、毎年この常識を完全にはずしている。
まず構内放送でトップマネージメントがキャンペーンの主旨やメッセージを伝えてしまう。その後に、キャンペーン用のポスターや社内向けホームページの作成が始まり、キャンペーン体制が整うのは1カ月以上たってからなのだ。
これでは毎年キャンペーンが不発に終わるのは当たり前だ。ポスターやホームページが完成する頃には、「そう言えば、そんなキャンペーンやってたなぁ」てなありさまだからだ。
この手のキャンペーンは総務部門がイニシアチブをとるが、総務というのはえてしてもっとも保守的で生真面目な人物の集まった部署である。彼らは「伝え方よりも中身が大事」という間違った理論に凝り固まっていて、キャンペーンのやり方を変えようとしない。真実は「中身よりも魅せ方が大事」なのに!(彼らは確信犯なので言ってもムダなことが多い)。
このように「順序」がまずいだけでなく、1カ月遅れで仕上がってくる「広告媒体」の出来ぐあいもダサダサである。
たとえばキャンペーンを周知徹底するための社内向けホームページ。たしかに業務系情報システムの処理画面なら、シンプルで飾り気のない方がよい。しかし、プロモーション目的の媒体が地味で見る気がしないようでは失敗なのだ!ほんとうにセンスのかけらもないホームページが出来上がってくる。
業務系システムの処理画面は、仕事だからイヤでも見ざるをえない。ところがキャンペーン対応のホームページは、仕事上の必要がないから、よほど魅力的に作らなければ、誰も見向きもしなくなる。そんなものなら作らないほうがましだ(人件費のムダ)。
同じことはキャンペーン対応のポスターにも言える。去年のA2大のポスターには、僕は正直いって絶句してしまった。そこに使われているイラストが、マイクロソフト・ワード5.0のクリップアートであり、ワード5.0で作ってインクジェット・プリンタで印刷し、カラーコピーに出しただけだ、ということが一目で分かってしまうのだ。
しかも、ポスターのデザインもお決まりのパターン。男女がならんでニコニコ、その頭上にキャンペーンのスローガンが「MS Pゴシック」の貧弱な文字で、ワードアートでアーチ状に加工されて踊っている。その下に関連するキーワードが小さな文字で散りばめられ、3mも離れると何が書いてあるのか分からない。
ありとあらゆる色がゴチャゴチャに使われていて、どの文字が重要なのか分からない。つまり「中心」がない。コンポジションがない。バランスがない。「間」がない。
最低限、極太ゴシックでキャッチコピーを強調する、同系色でまとめる、重要なメッセージとそうでないもののフォントサイズに差異をつける、それくらいの配慮はすべきだろう。
配色もバラバラ、デザインもダサダサのポスターなど、誰が見たいと思うだろうか。ここでもポスターは中身を伝えるのに真面目すぎて、「どう魅せるか」という点にまったく関心が払われていない。やはりポスターの作者は広告の何たるかがまったく分かっていない。
僕はトップマネージメントに同情する。こんなプロモーションをされたのでは、彼らも浮かばれない。せっかく中身のあるメッセージを伝えようとしているのに、毎年毎年、変わりばえのしないポスターやらホームページやらを作られてしまう。
広告媒体の役割をになう総務部門が「魅せ方よりも中身」という間違った発想に凝り固まっているので、せっかくのスローガンが周知徹底されない。おかげで、毎年キャンペーンは不発に終わり、こじつけの成果だけが報告される。
もちろん総務部門にそんなセンスをもった人材を期待するのが間違いなのだ。ならば、自分たちがポスターを作らなくてもすむアイデアを考えろと言いたい。
たとえば、キャンペーンに先立って、社内でホームページやポスターのデザインをコンペすればいい。そうすれば、総務部門はムダなコストを消費せずに済むし、良質の広告媒体が出来上がる。おまけにコンペそのものが、キャンペーン活動の一環となる。それくらいのことを発想できないのだろうか?
先日「Business Week」誌が、米GEのジャック・ウェルチを特集していた。彼が4半ごとにフロリダで開催する上級マネージャ研修の模様は、その月のうちに全世界のグループ企業にビデオで配送され、トップマネージメントの意思は広く効果的に伝達される。
トップダウンの意思伝達は、大企業になればなるほど重要である。そして、それには、中身以上に「どう魅せるか」が重要になってくる。
歌舞伎や能など、様式美(=魅せ方の美しさ)は、日本人の専売特許ではなかったか?どうやら僕の職場にそれを分かっている人間はいないようだ。(言っても分かってくれないし...やれやれ)