think or die :

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人たちのための
エッセー集

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上野の森

混沌からの逃避

2001/11/26

ひとりではめったに寄りつくことのない上野をぶらぶら散歩するということがあった。上野はターミナルとしてすでに新宿や渋谷に首座を譲っているので、祝日にあれほど人が多いとは知らなかったが、雑踏する人たちの年齢層、平均所得、国籍、居住地は必然的に異なっている。

まず年齢層として学生や単身者の割合が低い。学生がいたとしてそのファッションや話す言葉から明らかに常磐線や東北本線の沿線から1時間以上かけて出てきたといった様子。背中に派手な模様の入った黒いジャージで、貴金属に似せた腕時計や装身具をジャラジャラさせてねり歩く青年や家族連れ、駅前の交差点で斎場の案内板を持って立っている喪服姿の青年の集団は体躯もよく、ある種異様な雰囲気で、呼応するように案内板には没したのがそれらしき団体の長であることが読みとれる。

公園へあがる階段を腰を曲げて危なげな足どりで上っていく集団は全体にくすんだ色あいで、決してこぎれいとはいえない公園の植栽に似合っている。公園の中は少しでも空き地があろうものなら水色のビニールシートでつくった即席の住居か、違法な露天商が出ている。

群れて飛びかう鳩は遠慮なく地面に玉子色のシミを点々と残し、大きなカラスがそれに混じって観光客がばらまくパンくずでは物足りないとばかりにゴミ箱をあさる。銀杏の黄葉はそれなりの風情があるが、それを拾い集めて売る人の姿を見ると、そうして日銭を稼がなければならない悲哀が先に立つ。

人だかりがすると思って近寄れば、ガットギターにアンプをつないだゴマ塩頭の痩せこけた老白人が目を閉じながら『アルハンブラの思い出』を弾いている。人差し指、中指、薬指で弾くトレモロにしばらく聴き入るが、本来終わるべきところへ来ても曲が終わらず繰り返しが際限なく続くらしい。顔立ちからするとユダヤ系だろうか。アンプのケースが口をあけて聴衆のチップを待っている。

しばらく進むと人の行列に行き当たったニューヨーク近代美術館の展覧会に思わぬ行列ができている。どれも見飽きた近現代絵画だろうと素通りすると、美術館から出てきた若い女性二人組がとある絵画にあらわれた狂想の不気味さを印象に残ったと評しあっているのはダリに違いない。改めてダリに感動できるなら確かに1500円の価値はあろう。

そうたやすく欧米近現代を礼賛できない僕は同じ上野公園内で開催されていた『聖徳太子展』を選んだ。入場者のほとんどが中高齢の女性であったのを見ると、半分は仏教や太子信仰のご利益が目当てなのかもしれないが、こちらは様式化された意匠としての太子像や絵伝を存分に楽しんだ。

幼少期から摂政時代まで各年齢の木製の太子像が居並ぶ展示室に入るや、小さな子供が「こわいよ」と泣き叫ぶのが聞こえた。幼少期の像さえ愛らしさよりむしろ厳しい面立ちで、何より全体に黒くくすんで肉付きがよいのだから子供が像の林立に恐怖を感じるのも無理はない。こちらはよくもまあ鎌倉・室町時代の民衆は飽かず紋切り型を繰り返し彫ったものだとあきれながら見て回る。

さらに笑えたのが聖徳太子の絵伝だ。見事にパターン化された太子の一生が同じような意匠で描かれている。左足を一歩踏み出して「南無仏」を唱える幼い太子、なぜか弓矢で射られる人、太子に献じられる人魚(どう見ても人面魚だったが)、不吉な赤光、太子を驚かせて後悔する黒駒、太子の死後、住居から焼きだされて煙とともに昇天する太子の子供たち。こんな漫画様の絵伝をありがたく拝んでいたのは想像するだけで失笑を誘う。

実際のところ西洋中世のやはり様式化された母子像や受胎告知が飽くまで唯一神の神聖性・無限性を描こうとしたのに比して、太子絵伝は太子の人間臭さ、あるいは、絵伝が常に雲の上から地上を俯瞰するように描かれていることからも太子とて時代に翻弄された一人の人間でしかないというその有限性を知らせようとするのだろうか。

その帰り、アメ横を歩けば大阪のミナミに近い泥臭さ、胡散臭さを思い出させる、アーミールック専門店や極彩色のスタジアムジャンパーを売る店、乾物から駄菓子までの卸・小売を兼ねる菓子屋、化粧水を市価の4割引近くで売る高架下のディスカウントショップ。20mおきに見つかる個室ビデオ屋。

なぜ小学生の頃から東京出身の初恋の少女を透かして東京という土地に憧れてきたのか。幼少期、高架下に闇市のようにひしめき合っていた鶴橋商店街の混沌に目をつぶりたかったからではないか。にもかかわらずその初恋の少女が太子ゆかりの中学校に通っていたのはいったいどういう因果だろうか。



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