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Alternative Life
( 19991011 )

Japanese/English

生まれて初めて東京ディズニーランドに行った。名古屋から千葉に引っ越して、気が向けばふらっと出かけられる距離になったが、独身男がひとりで行く場所ではない。そこで引越し前にメールで知りあった同年代の女性と出かけた。彼女はすでに10回ほど来ているというので道案内をしてもらった。

平日の10時ごろでも入場まで約1時間待ちで、入場していきなりパレード見物となった。ワッキー・キングダム期間中でドナルド・ダックがメインだ。あれだけ聞かされると耳に残って離れなくなるゴーゴーの曲にのって、極彩色の衣装を身につけたキャストが踊りながら通っていく。

驚いたのは女性ダンサーの平均年齢が思ったよりも高かったこと。パフォーマンスが一定のレベルに達するまでかなり訓練が必要ということなのだろう。安全管理専門のスタッフがパレードに同行しているとはいうものの、沿道の客の安全にも気をくばりながら踊らなければならない。

そして巨大なスピーカーを内蔵したフロートが、微妙にアレンジの違う曲を大音量で流しながら一台ずつ通りすぎていく。不思議なことにそれぞれのフロートから聞こえてくる音楽が観客には切れ目なく続くように聞こえる。おそらく音楽はFM電波か何かで放送され、すべてのフロートで同期がとれるようになっているのだろう。

かなりの高さにせりあがったフロートの上で、安全のためにキャストは腰の部分を金具でしっかりと固定されている。それでも高所恐怖症ではぜったいに勤まらない職業だ。ただでさえ視界のせまい着ぐるみのキャストはなおさらだろう。

ホーンテッド・マンションでは入場してから自分が大のお化け屋敷嫌いであることを思い出して失神も覚悟した。でも移動式の座席がベルトコンベアでつながっている(「オムニムーバー」と呼ぶらしい)ことから、途中で突然止まってびっくりさせたりする仕掛けはないだろうと読めたし、もとより心配するまでもなくお子様向けの単に楽しいお化け屋敷だった。

橋本治の『宗教なんかこわくない!』によれば、キリスト教の観点では罪人であろうとなかろうと死んでから最後の審判をうけるまでの間はみ〜んなお化けになる。日本のように成仏できなかった人だけが怨みがましく化けて出るというのとは違う。だからお化けもワルツを楽しんでいたというわけだ。

ジャングル・クルーズではさらにスタッフの技術に驚かされる。ボートは水中に敷かれたレールで誘導されているわけではなく、スキッパーと呼ばれるスタッフが実際にかじをとる。

それも自動制御された張りぼての動物たちの動きと、うまくタイミングが合うように運転し、途中「廃墟となった神殿」の洞窟の中を進むときは、屋外からいきなりの暗闇でも左右に曲がりくねった水路を壁にぶつからないようにたくみにボートのかじをとる。

さらにスキッパーたちはかじをとりながら、笑えない「小ネタ」を延々としゃべり続けるのだ。客の反応が悪ければ一人ウケして一人ツッコミもするし。一日中そうして客相手に小ネタをしゃべり続けているのかと思うとゾッとするけれども...。

昼間はタイミング良くプラザパビリオン・レストラン前の「スウィング&シング」も楽しめた。実は事前に目を付けていたのだが、当日のスケジュールはチェックせずにぶらぶらパーク内を歩いていたので、ちょうど開演時間に近辺を歩いていたのはラッキーだった。なにせワッキーキングダム期間中なので、最後がまた例のゴーゴーになってしまったのは頂けなかったが、久しぶりにジャズの生演奏を堪能できて、ちょっと大人向けのお楽しみといったところか。

夜はマニアックなファンのための街「トゥーンタウン」を歩いた後、夕食をとりながらプラザ・レストランからファンティリュージョンを楽しんだ。ファンティリュージョンでは音楽だけでなく、巨大な魔女の動きや照明までもが同期している。

となると、音楽は放送で同期がとれるものの、その音楽と照明の同期はどのように実現されているのか?やはり個々のフロートを無線で集中制御できるようなしくみがどこかにあるのだろう(クサいのはシンデレラ城だ)と考えながらも、気がつくと黙ったまま見入っている自分がいた。

そうして一日が終わり、ディズニーランドを楽しむにあたってはどーでもいい技術的なディテールや、キャストの重労働に関心をよせつつも、初めて体験する人工的なおとぎばなしの世界に思ったほど違和感をおぼえなかったのはなぜだろうかと考えてみる。

正直言って、パスポートではなく入園券だけ買って、一人でこの世界にひたりながらぼんやり一日を過ごしに来るのもいいかもしれないと思ってしまったのだ。

年間パスポートを買っているという人は、刺激的なアトラクションや乗り物を毎日楽しみたいというよりはむしろ、自分の日常生活とおとぎばなしの世界をとりかえたいのではないだろうか。この非日常の世界があたかも自分のフツーの一日であるかのように、ディズニーランドの中で「生活」したいのではないか。トゥーンタウンでミッキーと記念写真を撮影するシチュエーションが日によって変わるように、自分もディズニーランドに根をはって生活しているかのように錯覚したいのではないか。

そう考えれば僕のように子供だましのアトラクションが嫌いな人間でも、ディズニーランド中毒になるまでの道のりはそう遠くないかもしれない。現に僕が異常なまでの「街歩き」好きで、毎週末には体調が悪くても繁華街に出かけざるをえないのは、できれば自分の人生を、流れてゆく人ごみを喫茶店の窓からコーヒーを飲みながら眺める生活にとりかえたいからに違いない。

すみずみまで完璧につくりもので塗り固められた舞浜の人口楽園を、それがつくりものと知りつつ静かに楽しむことは、一見ふだんの生活からひどくかけ離れた体験のように見えるけれど、じっさいは僕らが生きている毎日のある側面を切りとって見せているだけなのかもしれない。

(ちなみにトゥモローランドの「ビジョナリウム」というアトラクションの映像で、ジュール・ベルヌを演じているのはミシェル・ピコリ、エアカーゴのスタッフ役はジェラール・ド・パリュデューだ。意外なところでフランスの名優二人に出会えるのも、ディズニーランドの隠れた楽しみといったところか?)


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