(注)この記事はもちろんフィクションです
201X年10月
「もっと早く言ってくれればよかったと思いますよ」
山田仁志さん(34・仮名)は妻の恵子さん(30・仮名)の手をとりながらそう言った。
昨年、人間の尊厳死を全面的に認めた画期的な自殺幇助罪廃止法が成立、世論を二分した大論争に終止符が打たれたかに見えた。しかし先ごろの厚生省の調査によれば、最終的な「執行者」はゼロという意外な結果となっている。
恵子さんもそのケースだ。仁志さんはある日風邪で会社を早退して、食卓におかれた一通の封筒を見つけた。それは自殺幇助施設からの申請受理書だった。宛名は妻の恵子さんだ。
「信じられませんでした。結婚して5年になる自分の妻が自殺を考えていたなんて」
仁志さんは数日間悩んだ末に、日曜日ドライブに出かけたときさりげなく切り出してみた。恵子さんはあっさりと申請の事実を認めたという。
「ほんとうは聞いてほしかったんです。でも夫が稼いだお金を使いこんでるなんて言えなかった」
恵子さんは夫に付き添われて精神科にかかり、買い物依存症と診断された。クレジットカードの借入金は総額で200万円。自己破産申請せずに返却できる金額だった。
「もし自殺幇助のしくみがなかったらと思うと、ゾッとします。たった200万円ばかりの金のために、こいつを失なうなんて...」
恵子さんの手をにぎる指に力がこもった。
もともとこの法律は安楽死法をさらにすすめて、自発的な死を人間固有の権利として全面的に認めるという、世界的な流れにしたがって日本でも可決されたものだった。
欧米諸国では自殺幇助施設での執行件数は毎年微増する傾向にあるという。しかしわが国では思わぬ「逆効果」をうみだした。
キリスト教圏の「告白」にあたる宗教的な習慣が存在しないことや、精神分析などの制度が整備されていないわが国では、この自殺幇助制度は自殺者に「告白」の恩恵を与えたらしい。
仁志さんは言う。
「変な言い方ですが、自殺幇助の制度は、ぼくら夫婦にとっては神様のお恵みみたいなものです」
真の問題は、人間どうしのコミュニケーション不全にあるのかもしれない。
(注)繰り返しますが、あくまでフィクションです(^^;