think or die :
1970年代生まれの
人たちのための
エッセー集
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愛の不毛
ハッピーな夢の風景
1998/11/13

このページのとある読者に、ながらく恋愛をしていないと恋愛がどんなものだったかも忘れてしまうと書いた。別の読者からは、僕のホームページには「エロス」が感じられないというメールをいただいた。どちらも女性の読者だ。

まったくそのとおりで反論の余地もないが、弁解させてもらえれば、もう恋愛論をはずずかしげもなく展開するような年齢ではなくなったということだろう。二十才前なら恋愛はどうあるべきかを理想論として書くこともできたが、今の僕にとって恋愛はあまりにリアルな問題だ。

それに恋愛についておしゃべりな人間ほど恋愛に不器用であるという傾向があって、僕もほうっておくとやたらしゃべってしまう危険性がある。また、最初にも書いたようにながらく恋愛をしていないと、恋愛についてなにかを書くことさえむずかしくなる。

ただし僕が恋愛を軽く見ていると思われてはこまる。異性愛、同性愛に限らず、恋愛は人生でいちばん大事なことだ。結婚や仕事よりも大切なことである。そうして大切に思うあまり、軽はずみな恋愛ができないという性格がわざわいしているのだろうか?(なに言ってんだか...)。

別のページで僕は中国古典が大キライだと書いたが、その理由のひとつは中国古典にはまともなラブロマンスがないということだ。この点で僕らは日本の古典文学にプライドをもってよい。

中国古典では女性なんて出る幕なしだが、日本の古典文学では、紫式部、建礼門院の母、和泉式部などなど、女官がとても大事な役割をはたしていることはみなさんも知っているだろう(もちろん、男は漢字、女はひらがなという性別による分担はあるし、女性の社会的地位がけっして高かったわけでもないが)。

このホームページの読者には、僕が恋愛を大事に考えているなんて思えない!という方もいらっしゃるだろうから、今明かす、筆者の恋愛遍歴。じゃじゃ〜ん!(遍歴というほどのものか)

僕の初恋は小学校1年生のとき。今でもその人の名前はおぼえている。ホームページでそれを書いてしまうのはプライバシーの侵害にあたるので、イニシャルだけ書いておくと、Y.Y.だ。バレンタインデーにはピーナツ入りのハートチョコをもらって、ホワイトデーのお返しもちゃんとしていた。それに毎日のようにいっしょに下校していた。

その後、小学5年生ごろから6年以上つづく大恋愛をするのだが、中学生ごろまでの僕は今思い出すと自分でもはずかしくなるほど熱烈なロマンチストだった。

残念ながらその大恋愛は期間の長さに見あうだけの華々しい大失敗に終わる。しかし、こういう美しい恋愛体験があればこそ、僕はいくら悲観的になろうとも、未来への希望を失わずに生きていける。それが恋愛のすばらしさである。

その証拠に、僕は年に二回ほど、その美しい思い出を追体験するかのような、すばらしい恋の夢を見ることができる。たまたま昨日の夜、恋愛がどんなものだったか忘れかけていた僕に神様が一足早めのクリスマス・プレゼントを下さったのか、その限りなくハッピーな恋愛の夢を見た。

限りなくハッピーな恋愛の夢といっても、『タイタニック』のようにドラマティックなものを想像してもらってはこまる。それに、欲求不満の男が見がちな、濃厚でエロティックな夢でもない。

僕が自分の彼女らしき女性と喫茶店でむかい合って話している。それだけの夢だ。ちなみにその女性は藤原紀香そのものだった。彼女のファンというわけでもないのに、なぜ僕の夢に出てきたんだろう?

ふたりが話している内容はごくつまらないことばかりだった。でも彼女はやたらとよく笑う。つられて僕も笑う。ふだんあまり笑うこともない僕が、夢の中ではバカみたいに笑いころげている。

そのあと喫茶店を出て、なぜだか人気のない駅のプラットフォームで電車を待つ間も、僕らはしっかりと手をにぎって、別れぎわには軽いキスをした。

これだけのことなら、街中でいくらでも見かけるごくふつうのラブラブな風景だ。でもそんな幸福な夢から目覚めて自分をふりかえると、そんな当たり前のことでさえ夢の中でしか体験できなくなっている自分がいる。夢の余韻にせつない気持ちになりながらも、自分にとっての現実の不毛さを痛いほど思い知らされる。

夢の中で幸福そうにみえたあの恋愛にもいつかは終わりが来るだろう。終わりがこなくてもそのかわりに倦怠期が来るだろう。リアルな恋愛が結婚というできごとを通過すれば、すべてがただのロマンティックではすまなくなる。

夢の中の幸福も、現実の幸福も、数年前に終わった僕の恋のように「こわれもの」であることには違いない。

それでも希望を持たずにいられないのは、いったいなぜなのだろうか?