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ぎこちない笑顔
( 19980627 )

Japanese/English

君をはじめて見たのは、ブラウン管の中だった。

学校から帰った僕がいつもどおりテレビをつけると、見なれない司会者に見なれないセットの番組。そういえば今日からこの時間帯で新番組が始まるんだった。それを思い出して、僕は横目でテレビを見ながら受験勉強を始めた。正直言って、そのときはただ新しい番組が始まったと思っただけだった。

その日以来、学校から帰るとなんとなくテレビをつけて、その番組を見るのが習慣になってしまった。共働きの両親が出払った静かな家で、テレビから聞こえてくるにぎやかな声をBGMに受験勉強をしていた。

そのうち、いつもぎこちない笑顔で、しゃべり方もたどたどしいアシスタントの女の子が気になって、その子がアップになるたびに、テレビの方に顔を向けてしばらく見入っていた。決められたことを言い間違えるんじゃないかと、はらはらしていた。

本屋で買ったテレビガイドに、そのアシスタントの顔写真が小さくのっていた。僕はちょっと絵に自信があったので、その小さな小さな写真とにらめっこしながら、なんとか4倍ほどに拡大した似顔絵を描き上げた。そして番組あてにその絵を送った。

いっしょに送った手紙の内容は、はっきりと覚えていないけれど、こんなだったと思う。僕は○×大学に合格するために受験勉強にはげんでいます。毎日、テレビで見るあなたの笑顔に勇気づけられています。ヘタクソな絵だけれど受けとって下さい。

その女の子が、番組中に絵のことをしゃべってくれるんじゃないかって、ずっと期待しながら見ていたけど、いつも決められたことしか話さない。アシスタントはやっぱりただのアシスタントで、自由にしゃべることはできないんだ。でもきっと見てくれたはず、そう信じていた。

僕はその証拠を、彼女の表情の小さな動きに読みとろうとした。あっ、今の笑顔は僕のためかもしれない。彼女はたくさんのファンレターをもらっているみたいだったから、そんなはずはないんだけれど、そう信じたかった。

受験勉強がいちばん苦しくなってきたとき、その番組は突然打ち切りになってしまった。最終回でもそのアシスタントは決まりきったお別れのあいさつだけ。とうとう似顔絵を見てくれたのかどうか、証拠もつかめないまま永遠にお別れだ、と思っていた。

ところが彼女は翌月からゴールデンタイムのドラマに出演していたんだ。しゃべりのぎこちなかった彼女が、きちっとせりふをこなして大物女優と共演している。でもどこか素人っぽさの残る表情が、逆にカワイイということで、たちまち人気タレントになった。もう僕の手の届く人じゃなくなった。

テレビガイドには毎週のように彼女の顔写真が大きく印刷されていたけれど、それを見ても、もう似顔絵を描く気持ちにはなれなかった。単純に悲しかった。何枚か描こうとしたけれど、結局破り捨ててしまった。そのうち、そんなことをする時間もなくなって、受験を迎えた。

希望の大学に合格して東京で新しい生活を始めたころ、その女性タレントは学業に専念するという理由で、あっさりと芸能界を引退してしまった。僕はひそかに心配していた。見た目はタレントとして仕事をバリバリこなしているようにだったけれども、きっと心の中では葛藤があったんだろう。

はじめて彼女をテレビで見たとき、あまりにもふつうだから、芸能界には合わない人だと思った。引退した本当の理由も、そうに違いないと思った。そしてほんとうにそうだとしたら、彼女が人気タレントになったのを勝手に悲しがっていた自分がはずかしくなった。

テレビや雑誌で、あのぎこちない笑顔が見られなくなると、まるで心に点っていた灯が消えたようにさみしくなった。ただのテレビタレントが、僕にとってどれだけ大きな存在だったか、思い知らされた。彼女は知らない間に僕の日常生活で大事な位置をしめていた。

そのうえ慣れない東京の生活で、まだ親しい友だちもできずに、夕暮れのキャンパスのベンチに僕はひとり座っていた。すると後ろから名前を呼ばれたん。ふりかえって見ると、ちっちゃな女の子が一人立っている。

その顔は、受験勉強に苦しんでいた僕が見慣れた、あのぎこちない笑顔だった。ブラウン管の彼女は大きくみえたから、こんなにちっちゃいとは思わなかったんだ。

「勝手に人気とか出ちゃって、まるで自分じゃないみたいだったんだ」

2時間ほど喫茶店で話しこんで、彼女が芸能界のいろんな面白い話をしてくれた最後の言葉がこれだった。

「でもね、この人は私の表情のほんとの意味を分かってるなって」

そう言って彼女は定期入れから一枚の似顔絵を取り出した。4倍に拡大してもそれくらいの大きさしかなかった。はじめはそんな小さな写真しか雑誌にのらなかった。

「私バカだけど、がんばって、この人と同じ大学に入ろうって...」

彼女はその似顔絵の上に、大粒の涙を落とした。
僕は言った。

「僕が見たいのは、泣き顔じゃなくて、君の笑顔なんだ」


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