think or die :
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Window Shopping Life
独身男、ウィンドウショッピングの快楽
1998/06/21

独身男性のふつうのプライベート・ライフって、どんなふうなんでしょうね?

僕は「愛と苦悩の日記」にもよく書いてるように、休日は街歩きするのがすごく好きだ。本屋やCD屋でとくに買うめあてがあるでもなくブラブラとすごす。

最近、買い物依存症の女性を浅野ゆう子が演じたドラマがNHKでやってたけれど(まだ終わってなかったっけ?)、本くらいなら衝動買いしても消費者金融にお世話になるほどの出費になることはない。

で、気に入った本を買うと、さっそく近くのオープン・カフェやファーストフードに入ってページをめくる。自分でも分からないけど、とにかくオープン・カフェやファーストフードの騒々しさの中で本を読んだり書き物をしたりするのがやめられない。

僕くらいの年齢のサラリーマンなら、どこかに出張にでかけて、さて朝食をどうするかといえば、ふつうは喫茶店のモーニングにするらしい。でも僕は断固として朝マックであり、朝ロッテリアだ。

たしかにハンバーガーを毎週のように食っているといい加減飽きてくる。それでも、おっさんがタバコふかしながらスポーツ新聞広げてるような喫茶店には死んでも入りたくない!まだ、茶髪の兄ちゃんがへそまで降ろしたズボンはいて携帯でくっちゃべってるようなファーストフードの方が落ち着く。

ところが、そうして過ごす僕の休日の行動範囲に、僕のようにひとりで行動する同年代の男性の姿を見掛けることはほとんどいない(とくに名古屋に来てから)。これが不思議なのだ。

たとえば土曜の昼ごろ駅前のファーストフードに入ると、高校生のお兄ちゃんお姉ちゃんばっかり。日曜日にオープン・カフェに入ると、20才前後のOL風の女性か若いカップルがほとんど。僕みたいにひとりでコーヒー飲んでる30前の男なんてひとりもいない。

で、僕がオープン・カフェでコーヒーを飲んでいて、一人歩きのおじさんが店に入ってくると、必ずといっていいほど僕のすぐ隣の席にすわるのだ。ファーストフードでもそう。たぶんまわりが女性ばかりなので、心細くなって僕のそばに座るのだろう。

たしかに休日の午後、オープン・カフェの入り口に立つと一面女性ばかりなので、ふだんあまり街歩きする習慣のないおじさんは気おくれするだろうと想像する。だからその中にひとり男を見つけると、そばに座りたくなる気持ちもわかる。

それはそれとして冒頭の疑問にもどると、ふつうの30才前の独身男性の休日ってどんな風なんだろうか?

会社の同僚の話では、部屋でプレイステーションとか、パチンコ、中京競馬場(注:筆者は名古屋在住である)、車の手入れ、などなど。ひとりで街歩きという人にはまずお目にかからない。

やっぱ僕の行動パターンって、同年代の男性よりもなぜか同年代の女性に近くなっているような気がする。

たとえば、栄のセントラルパークは、本屋は小さな丸善があるきりで、ファーストフードも小さなロッテリアとマックだけ。それ以外はオープン・カフェと、ほとんど婦人服店や雑貨屋さんで占められている。つまり、本当に本を買うだけなら、それほど歩く価値はない。

告白すれば、僕は昔から紳士服売り場よりも婦人服売り場の方が好きだ。

かつて僕は月刊誌「マリ・クレール」の熱心な読者でもあった。今でこそ「CREA」や「SPUR」があるけれど、僕が大学生のころは「マリ・クレール」のグラビアは、ほかの婦人ファッション誌に比べると突出したセンスの良さだった。モノクロのグラビアは、僕の個人的な趣味である鉛筆デッサンのモデルがわりにもしていたほどだ。

誤解しないでほしいのだが、別に僕は洋服フェチというわけじゃない。単純に、紳士服よりも婦人服の方が見ていておもしろい!からだ。圧倒的な色彩やデザインのバラエティー、売り場の刺激的なディスプレー。婦人服売り場は漫然と見て歩くだけでも飽きない。

それにくらべて紳士服売り場は、カジュアルをのぞけば黒っぽい色しか目につかない。お決まりのようにワイシャツがサイズ別にずらりとならんだ棚。灰色スーツの群。ただ必要なものを買うためだけに陳列されている洋服たち。デザイナーズでさえ、ゴルチエなどをのぞいてディスプレーに面白味のあるショップは少ない。

ただ、さすがにこの年になってデパートの婦人服売り場をうろうろすると不審人物と疑われるので、その意味でも栄のセントラルパークのように「僕は丸善まで行かなきゃいけないから、ここを歩いてるんだぞ」と心の中で言い訳しながら歩ける婦人服ゾーン(?)は、何度歩いても飽きないのだ。

季節ごとにディスプレーが変化する。ショップごとの個性は色彩に端的に現れている。ターゲットにする年齢層でも、床の高さや棚の形、BGMが違う。つねにイメージビデオを流していたり、わざと外から見えないようなつくりになっていたり、間接照明の使い方が絶妙のショップもある。

全体にまぶしいほど明るい白を基調にして、そのなかにはっきりした黒や紫の洋服がならんでいると、鳥肌が立つこともある。美術館に行くよりも、ちょっとした街歩きのほうが、ぞくぞくするような配色の美しさや、洋服のもつ造形的な美しさに出会える確率が高い。

気に入ったディスプレーのショップなら、しばらく立ち止まって見つめていたいくらいだけれど、それもヘンに思われるので残念に思いながら早足で通りすぎる。

トラットリアのジャケットみたいにポップな感じのディスプレーがお気に入りで、そんな感じの雑貨屋さんも思わず立ち止まりたくなる(でも、蛍光色の花瓶をうれしそうにながめている27才の男の図はあまりに醜いので、やはり通り過ぎるけれど)。

と、ここまで自己分析してみると、僕の休日の行動パターンが女性の多い方へ流れてしまうのも無理はないような気がする。会社の友だちは、休日、繁華街にでかけても疲れるだけだ、と言っていたが、斬新なアイデアのあるディスプレーやポップな雑貨屋がある限り、僕は街歩きで疲れることはない。

だから僕がデートで街歩きをするとデートにならないのかも。ふつうは女性があちこち寄り道したがって、男性は次はどの喫茶店に入るか、夕食はどのレストランにするか、というリード役をつとめなければならない、というのが僕の年齢のカップルでは世間の相場らしい。

けれども僕だって寄り道したいのだ。ぴかちゅーのぬいぐるみがあったら、おなかを「パフパフ」やってみたいし、彼女の買い物にかこつけて、遠くからでは見えなかったワンピースのプリント柄や、ブラウスの脇のカットの曲線の美しさをじっくり見てみたい。

ひとりで歩くときのように、次のことは気にせず、あてもなくただブラブラとウィンドウ・ショッピングを楽しみながら歩きたい。でも、30歳近くなると、どうやらそんなことしてちゃいけないみたいなのだ。

どうしてだろうか?誰か教えてちょうだい。