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パリ、溺れる
( 20010408 )

Japanese/English

そもそも街を歩くのははっきりした目的意識に駆られてのことではない。あてもなく歩いてこそ街は面白い発見に満ちている。フランス語でいえばmarcherやcheminerといった動詞とbaladerのニュアンスの違いということになる。marcherとは「ある目的地に向かって歩く」という意味であり、cheminerは物事の進展・発展という含意がある。それに対してbaladerは「あてもなくぶらつく」という意味の動詞だ。

パリのような都市を訪れるとき、その街の本当の魅力が感じられるようになるのは、「観光」という目的が枯渇して、さて今日はいったいどこに行こうかと改めて考えなければいけなくなったときだ。これは観光に限らずふだん僕らがたとえば東京のような街を歩くときにも言える。はっきりした目的がない限り街に出ないというのであれば、それは街の楽しみを十分に味わっていることにはならない。無目的にぶらついてこそ、街は街として僕らに立ち現れてくるのであり、街はそのように作られるべきものなのだ。

今回のパリ訪問はその意味で不十分な滞在期間だった。2日半では観光という目的は枯渇しない。EurostarでNord駅に入り、ホテルConcorde La Fayetteにチェックインした後の半日は、できるだけ早く目的意識を枯渇させるべく、Car Rougeという二階建て観光バスの二階席で寒さに震えながらめぼしい観光スポットをひとめぐりした。

ちなみにロンドン滞在でのHeathrow空港からThe Copthorne Taraまでは他のツアー客といっしょにならなかったが、Nord駅からホテルまでのマイクロバスでは学生とおぼしき数名といっしょで、わずかながらツアーという雰囲気だった。JTBのパリの日本人現地係員は、まるでパリでは一定の速度以上でしゃべらなければ生きていけないのだといいたげに同じことを何度も早口でしゃべる男性で、アジア系の運転手とは好対照だった。

Concorde La Fayetteで待っていたJTBのフランス人男性の係員は流ちょうな日本語だったが、しゃべるスピードは日本語らしからぬ速さ。日本語のゆったり具合に適応しないままparisien(ne)が日本語を話すと、誰でもフランソワーズ・モレシャンのようになるものらしい。

Concorde La Fayetteはパリの街中にある19世紀の建物にあるホテルではなく、Porte Maillotにそびえ建つ近代的なホテルである。棟続きの建物には大規模なショッピングセンターと、Palais des Congres(パリ国際会議場)があり、滞在2日目だったかにはここでSociete Generale社の支店長会議が開催されていた。

そうした「近代的」なホテルであるせいか、宿泊した客室はオレンジ色を基調にしたコーディネートで、姿見の枠も角が丸い長方形のステンレス枠と、いかにもといった感じのフランス的moderniteを主張していた。

そのわりにトイレはタンクに水がたまるまで流せない水洗だし、シャワーは温度調節の他に、ごていねいに水圧調節(pression)までできるくせに、肝心の40℃前後の温度調節がぜんぜんできないといった代物だ。フランスにおける近代化批判は、単にかゆいところにまで手が届くほどの技術力がないためではないかと疑いたくなる。

部屋に入って真っ先にテレビで天気予報をチェックしようとリモコンを操作したが、オレンジ色の電源ボタンを何度押してもテレビがつかない。壁にある主電源を入れないと、テレビのコンセントに通電しないというところまでは自力で解決したが、リモコンが効かないのでは話にならない。

フロントに電話をかけて(フランス語はあきらめて)英語で苦情をいったところ、さすがJTBにおけるAクラスホテル、フランス人の僕より背が低いやせっぽちエンジニアが数分で飛んできた。で、彼がリモコンのボタンを1つおしただけで、テレビは何の問題もなく映った。

実はオレンジ色の電源ボタンは、電源を切るときにしか使ってはいけなかったのだ。電源を入れるときはチャンネルを示す数字ボタンをいきなり押せばそれでいい。つまり(1)電源を入れる、(2)お好みのチャンネルのボタンを押す、という二度手間をなくすために、チャンネルボタンを押せばいきなり電源が入って、なおかつそのチャンネルが映るような仕組みになっていたというわけだ。

これがたまたまConcorde La Fayetteに設置されていたテレビだけの機能なのか、フランスで売られているテレビはすべてそうなっているのかよく知らないが、たしかに利用者側に立った合理性が考えられていると言えなくもない。一つの電源ボタンが入/切の二重の役割をもっている日本のテレビは、どちらかといえば製造者側の都合によるものだろうから。

エンジニアの説明に納得して、はっきりしたフランス語でひとこと「Entendu!」と答えたら、彼は指でOKマークを作って「上手なフランス語ですね」と感激していた。Entenduのひとことでこれだけ気分良くパリでの滞在を始められるのだから、フランス語を勉強し直そうという気にならないわけがない。

さて、ホテル到着早々そんなことがあってから、Car rougeという二階建て観光バスでとりあえずめぼしい観光名所をひとまわりした。JTBのツアーには旅行期間中Car rouge乗り放題のカードがついてくるのだ。Porte Maillotからmetroの1号線でCharles de Gaulle Etoile駅まで行き、凱旋門の停留所からコースをほぼ一周、初日にお土産を買ってしまう予定だったので、Opera座前の停留所で下車してGaleries La Fayetteに入った。

その途中、バスがセーヌを渡ろうとしたとき、僕は何かが違うことに気づいた。帰国してから週刊誌『Paris Match』で詳細を知ったのだが、ちょうどそのころフランス東部が歴史的な増水に見舞われていたのだ。セーヌもかなり増水しており、川岸へ降りたところの遊歩道も全面閉鎖され、楽しみにしていた遊覧船も乗り場が完全に水没してしまっている。パリ到着初日は真冬のような寒さの上に天気も悪く、まったくついていなかった。

ところでGaleries La Fayetteに着いて初めて知ったのだが、その向かい側に何とMarks & Spencerの巨大な店舗があったのだ。8年前に来たときにはあっただろうか?ただ、これも帰国してからインターネットで『Le Monde』を読んで知ったのだが、Marks & Spencerが大陸の全店舗閉鎖を決定したことに対して、フランスの左派は猛烈に反発し、政府としての制裁も辞さない構えらしい。あの店舗もなくなってしまうということだろうか。


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