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海辺の時間旅行
( 20030503 )

Japanese/English

大江戸温泉物語という場所に行って来た。東京お台場、ゆりかもめ「テレコムセンター」駅徒歩2分の場所にある天然温泉。博覧会開催のためにバブルの勢いで開発された臨海副都心が、博覧会中止によってご存知のように過半の土地が更地のままであまりに見苦しいので、何とか「活性化」しようという土地活用案のコンペから生まれた温泉場らしい。

たしかに今までお台場と言えば、オフィスビルの他は、フジテレビ、森ビル他が運営しているパレットタウンデックス東京ビーチなど、若年層を対象にした施設と、その来場客を当て込んだ宿泊施設、そして東京国際展示場のようなビジネス向け施設はあったが、温泉場のように中高年向けの施設は皆無と言ってよかった。そこへ江戸開府400年とひっかけて江戸時代のテーマパーク風の意匠をほどこした温泉場を開設したということのようだ。

入場料は大人2,700円とかなり高め。開館は朝11時から翌日5時まで。平日なら何時間いてもよく、土日・祝日は4時間までという制限付き。しかし館内は遠慮なく寝転がることができる畳敷きの休憩場所や、味はそこそこの飲食店、土産物店も多く、エステ、足裏マッサージ、一脚ずつ液晶テレビのついた仮眠用リクライニングシートなど、落ち着ける場所はたくさんあるので十分回収できるのではないか。屋外の遊園地と違って屋内施設の収容人数は限られるので、高めの価格設定は意図的に需要を落とすために正解かもしれない。

訪れたのは黄金週間中とはいえ平日だったが、来場客は若い女性や若いカップルが多く、中高年向けという施設の目論見は外れているようだ。季節がら修学旅行の高校生の姿も目立った。おそらく自由行動にこの温泉場を選んだのだろう。フジテレビの見学コースよりは分別のある選択かもしれない。

館内に入るとまず畳敷きの広間が帳場、つまりフロントになっている。フロントにずらり立ち並ぶアルバイトの女性はなぜか矢絣に紫袴で、さすがに編み上げ靴こそ履いていないが、小杉天外『魔風恋風』(もっと分かりやすく言えば『はいからさんが通る』)よろしく明治時代の女学生姿。ここは大「江戸」温泉物語ではなかったか。

靴を下駄箱に入れ、その鍵をもってフロントに並ぶ。平日の開館15分前というのに、すでに50人ほどの列が出来ていた。開館時間を待たずに始まる受付けが良心的だ。スタッフも概して訓練が行き届いているように感じた。

フロントで入館料を支払い、さきほど靴を入れた下駄箱の鍵と引き換えにバーコードの印刷されたロッカーの鍵と、「タオル引換券」を受け取る。帰りには逆に、ロッカーの鍵と引き換えに下駄箱の鍵を返してもらうことになる。館内での飲食・買物に現金は不要で、すべてこのバーコードに課金され、帰りに同じフロントで清算する。「タオル引換券」は後ほど浴場の更衣室でレンタルのタオルと引き換えてもらうためのチケットである。

ただし浴場の更衣室のロッカーでは100円玉が必要で、館内の自動販売機も現金しか使えないので、小銭は用意していった方が良いだろう。ちなみに浴場のロッカーの100円は後で戻ってくるので、ロッカーは無料だ。

フロントで入館料を支払った後、館内で着用する浴衣を借りる。これも追加料金はかからない。浴衣は20種類近くある中から選べる。さまざまな色・模様の生地で、女性用は背中に、男性用は裾の後ろにそれぞれ異なるイラストがプリントされている。イラストの多くは浮世絵風だが、なぜか竹久夢二の美人画も登場する。江戸なのか明治なのか大正なのかはっきりさせて欲しいものだ。ちなみに浴衣を借りるカウンターには「越後屋」という名前がついており、江戸時代の雰囲気を無理やりに盛り上げている。

浴衣を借りてまず最初の更衣室に入る。「最初の」と書いたのは館内には更衣室が二段階あるからだ。最初の更衣室では、私服から館内専用の浴衣に着替える。次の更衣室では浴場に入る直前、浴衣から裸になる。二番目の更衣室のロッカーで、100円玉が必要になる。

館内は浴衣で往来することになるので、女性は胸元や裾のはだけが気になるところだが、女性の浴衣は中で紐を結んではだけを防ぐつくりになっており、更衣室にいる店員が着方を教えてくれるのでご安心を。男性用の浴衣は紐などなく、単に前を合わせて帯を結ぶだけのじつに簡単なつくりである。僕は帯の結び方を知らないのだが、蝶々結びをしないだけの見識は辛うじて持ち合わせていた。

浴衣に着替えたら、大きな荷物はすべてこの更衣室のロッカーに入れていく。小銭や携帯電話、記念撮影したい人はカメラなどをロッカーに入れずに館内に持ち込むとよいだろう。こうした小物は、浴衣の袖口に放り込んで歩くのが江戸っ子ぽくて乙である(ホンマか)。コンパクトデジカメやレンズ付きフイルムを持っている人はけっこう見かけたが、一人、銀塩一眼レフを持って入っている女性もいた。ちなみに僕が訪れた日はどこかのテレビ局の取材が入っていて、若い女性レポータ二人組がわざとらしくはしゃいでいた。

さて、最初の更衣室のロッカーに鍵をかけたら、その鍵についている長いストラップで首から下げて歩く。更衣室を出るとそこは、江戸時代の夜の盛り場を模した空間になっている。中央に建つ火見櫓は提灯で飾られ、盆踊りでも始まりそうな雰囲気。その周囲を寿司、おにぎり・惣菜屋、うどん・そば、たこ焼き、お好み焼き、駄菓子屋、土産店などの小さな店舗がぐるり取り巻いている。同じお台場にあるテーマパーク型ショッピングモールの「ビーナスフォート」のように、館内の照明が夜から朝へ変わるわけではなく、ずっと夜のままで、天井も真っ黒に塗られている。読書や写真撮影には適さない暗さである。

その空間を抜けると、外光の差し込む畳敷きの大広間がある。正面に舞台があって、おそらく日によっては大衆演劇やイベントが行われるのだろうが、僕が訪れたときは幕が引かれたままだった。風呂上りにここで寝転がって仮眠するのも快適である。ちなみに館内は浴衣一枚でも寒さを感じない適温である上に、よく換気されており、始終風が通るので、非常に快適である。

さきほどの夜の空間の一角に浴場への入り口があり、僕の場合男湯ののれんをくぐると二番目の更衣室がある。更衣室の入り口でフロントでもらった「タオル引換券」と引き換えにレンタルのタオルを受け取る。かなり大判のバスタオルと、手拭サイズのタオルが、通気性の良いメッシュのバッグに入っている。

タオルを受け取ったら鍵のついているロッカーを探して、裸になったら、浴衣とバスタオル、小物類、そして首から提げている最初の更衣室のロッカーの鍵をここのロッカーに入れて、鍵を締める。ここのロッカーの鍵は浴場に持って入るため、螺旋コードで腕時計のように手首にはめられるようになっており、皮膚を傷つけないようにくるりとひねると鍵の金属部分がゴムのケースにおさまるように仕掛けになっている。なかなか芸が細かい。

ちなみに更衣室には入浴時の注意書きが日本語と英語で書かれてあるが、英語には明らかに2箇所のミスがあった。英語に中黒(・)が残っていたところを見ると、機械翻訳にちょっと手を入れただけのようだ。外国人も散見されたので、英語後進国の汚名を挽回するためにも事前のスペルチェックはきっちりしておいてほしいものだ。この大江戸温泉物語株式会社にはすかいらーくやセコムも出資しているんだから。

浴場に入るとまず掛け湯をする。掛け湯をしない者は入力するべからずと書いてあるのだから、掛け湯をせずにはおれない。館内のあちこちに掲げられている注意書きは、江戸情緒をかもしだす勘亭流文字で書かれており、「〜すべし」や「〜は御法度」など、読んでいる方がやや恥かしくなる文体を採用しているところがおちゃめである。

浴場は露天風呂、泡風呂、水風呂、サウナなどさまざまな浴槽からなるが、天然温泉は中央にある檜風呂だけである。他はほんのり塩素臭がするので、熱めの温水プールに入っている気分になれる。露天風呂は季節がらつつじの花が咲き乱れ、すぐそばが貨物船が横付けされる港湾だから仕方ないとは言え、塀ごしに巨大なコンテナクレーンが2基もそびえ立つ遠景は頂けないが、まずまずの風情がある。

泡風呂はつねに人が入れ替わり立ち替わりで入るいとまがなかったが、天然温泉も含めて快適な入浴を楽しめる。浴場の一角は垢すりとマッサージのための個室になっている。更衣室の入り口で予約すれば別料金で受けられるので、徹底して浮世の垢を落としたければ試してみるのもよい。浴場内の施設は女湯もほぼ同様だったようだ。

風呂から上がって更衣室にもどり、ふたたび浴衣姿で館内に戻るとき、ひとつ注意したいことがある。浴場の更衣室の壁にはタオル返却口があるが、いったんタオルを返してしまうと、もう一度入浴するときタオル賃借料として200円を追加徴収されている。この200円を店員に向かってごねている見苦しい客もいたので、再度入浴するつもりがあってもなくても、借りたタオルは返却せず、さきほどのメッシュの手提げ袋に入れて館内を持ち歩くようにお勧めする。

換気の良い館内を通る涼しい風に吹かれながら、風呂上りに食事やみやげ物、精神年齢が低い方、良い言い方をすれば子供の純粋な心をまだ失っていない方は、的屋で手裏剣投げを楽しむのも良い。

ちなみに館内の火の見櫓前には大道芸を見せる芸人が一時間おきくらいに登場するが、しゃべりもあまり面白くないし、いまさら南京玉簾に感動もできないので期待しないことだ。皿回しで子供の相手をしてくれるのは、子供づれ夫婦には助かるかもしれない。その芸人が口上に曰く、毎日ここで芸の勉強をさせて頂いております、ということだが、毎日出演している時間を、新しい芸やネタくりに当ててはどうだろうか。僕を含め関西人は幼時から吉本新喜劇に鍛えられ、笑いには非常に厳しいので、酷評はご容赦頂きたい。

風呂から上がったら後はぐったりするだけというなら、浴場の入り口付近から二階に上がると、国際線のビジネスクラスのように一席ずつ液晶テレビのついたリクライニングチェアーがずらりならんだ大広間もあるので、こちらでぐっすり仮眠を取れる。僕が訪れた日はさほどの混雑でなかったにもかかわらず、すでに満席だった。

別の階段から2階に上がると、また別の畳敷きの大広間があって、ここでも寝そべって休憩できる。また、陽光のふりそそぐテラスで、東京湾からの潮風に吹かれながら食事をすることもできる。

ただ、たまたま注文した「キムチちゃんこ鍋」は、材料と小さな鍋と、旅館でよく見かける例のペレットタイプの固形燃料が運ばれてきて、そこから煮始めたのだが、海風で炎があおられ鍋が沸騰せず、食べられたものではなかった。店員に鶏肉が全く煮えないことをかこつと、固形燃料を二段重ねにしてくれたが、こんどは炎が鍋を包むほど燃え上がって、煮え始めたのは良いが手をやけどしてしまった。後で責任者らしき男性が謝りに来たのだが、教訓。固形燃料を二個同時に燃やすときは、重ねるのではなく、横に並べることである。

実はこの大江戸温泉物語には混浴の露天風呂がある。東京のど真ん中に混浴!と妙な期待を抱かせたかもしれないが、残念ながら足湯だ。浴衣姿のまま屋外にある足湯のエリアに出ると、小川のような形にうねった浴槽とも呼びにくい浴槽が広がっている。濡らさぬように浴衣のすそを持ち上げて足を踏み入れると、くるぶしがどっぷりほどよい温度の湯につかる。

ただしこちらも天然温泉は、エリアの一角にある真四角な浴槽のみだ。この浴槽は小川の形の浴槽よりもやや深めで、ふくらはぎのなかほどまでの深さだ。注意してもらいたいのは、足湯の浴槽はすべて足つぼマッサージの効果を狙ってか、底に小石を立てて埋め込んである。東洋医学的に体に悪いところがあると思われる方は、足を踏み入れたとたん、足裏に走る激痛でバランスを崩してそのままザブン!ということもないとは言えないので、注意されたし。

ちなみに、なぜか羞恥心の薄い修学旅行の女子高生は濡れるのが嫌さに浴衣の裾をこれでもかというほどたくし上げて、こちらが目のやり場に困るほどだったが、膝のすぐ上まで裾を持ち上げてからきつく縛っておくのが上品な足湯の楽しみ方である。

朝一番に入館して、結局夕方の6時頃までまったりと過ごしていたことになる。ただ僕はあまり長湯しない方なので、大広間の畳の上で、残念ながらあまりおいしくなかったたこ焼きを食べながらマイケル・ムーアの本を読んでいた。でも畳でくつろぎながら読書できる空間なんて、都心にはまずありえない。日帰りの気分転換としては、なかなか経済的だったのではないだろうか。

経済的ついでに、帰りの玄関口で缶ビールを4本、二人で合計8本もお土産に持たせてくれた。おそらく期間限定なので読者の皆さんがこの恩恵にあずかることは残念ながらないだろう。しかしそのために帰りの荷物が一気に2.8kgも重くなってしまった。


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