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75歳までの住宅ローン
( 20030116 )

Japanese/English

先日の関西テレビ制作『あるある大事典』のテーマは老後の生活防衛策だったのだが、テレビを見ながら僕の頭の中は疑問符だらけになってしまった。番組はまず最初に老後(65歳以降)に必要な生活費について街角でアンケートをとり、一般人の認識の甘さを指摘した後、医療費、住宅の維持費、生命保険料など、実は老後の生活には夫婦2人で6000万円もかかるのだという流れになっていた。

番組の結論は「若いうちから無駄な出費を切り詰めて、できるだけたくさん貯金しましょう」という極めて常識的、かつ、デフレスパイラルを促進する超後ろ向きな内容になっていたのは『あるある』という番組自体の程度からして仕方ないとしても、やはり「常識的」すぎるのである。

たとえば老後は医療費がたくさんかかるということについてだが、30年後に老後を迎える30代の視聴者に対して、現在の医療費の延長線上で話をしていったい何の足しになるのだろうか。Aという病気を治療するのに必要な費用が30年後も同じであるなんてことは普通考えられない。極端な話、30年後にはガンが外来で治ってしまうかもしれないではないか。

それに、自分のからだがどういう状態になったら医者にかかるかという判断基準は人によって違う。生活の品質(quality of life)に対する考え方は千差万別なのだ。ちょっとでも調子が悪くなったらすぐに医者に行く老人もいるだろうし、救急車で病院に担ぎ込まれるまで医者の世話にはならないという老人もいるだろう。

よく考えると世の健康ブームの火に油をそそぎ、ちょっと体調が悪い程度のことについてまで当人の不摂生や運動不足を非難し、どこまでが健康かという閾値をいたずらに高めているのは『あるある大事典』という番組そのものではないか。マスコミがこれほど健康、健康とうるさく言わなければ、健康食品や薬漬けになることなく、いさぎよく(?)死を受け入れる人はもっと増えていたかもしれないのだ。

このように老後に医療費がたくさんかかるかどうかは、医療技術の進歩と、個々人の健康に対する考え方の厳しさ加減に左右されるのであって、2003年現在に生きる老人が享受している技術水準と、その健康観が変わらない前提で30年後の老人の医療費を推計するのはナンセンスなのだ。ましてそれを前提とした議論の結論として、「今からちゃんと貯金しておきましょう」などというメッセージを視聴者に投げかけるのは無責任のそしりをまぬかれない。

老後の生命保険料について番組では「必要以上の保障をつけて高い保険料を支払っていませんか」という提案がなされていた。生命保険はふつう夫が先立つという前提で、遺族の生活を保障する目的でかけられるが、サラリーマンの場合は厚生年金から遺族年金というものが支給されること、そして住宅ローンは夫が死んだ場合に返済しなくてもよくなる制度があることことを知らない人が多い。そのため3000万円も4000万円もの死亡保険金のために、ほとんどの人が必要以上に高い保険料を支払っているというのである。

知らなかった人にとってはたしかに役立つ情報だが、これはあくまで生命保険料をできるだけ低く抑えるための知識であって、住宅ローンを抱える家族の気休めではない。番組には4000万円の住宅ローンを抱えている夫婦が登場したのだが、75歳までローンを組んでいるとテレビカメラの前で平気でのたまっているのを見て僕は画面の前でひっくりかえった。

75歳までのローンを組むなど、老後の生活うんぬん以前の問題だ。いったい彼らは75歳になったとき、何を原資にしてローンを返済するつもりなんだろうか。75歳まで住宅ローンを組んでいる夫婦が、「旦那さんが亡くなったら住宅ローンは払わなくていいんですよ」と聞いて喜んでいる図は、今の日本が確実におかしくなっているか、一般人が僕の期待以下の知的水準しか持ち合わせていないことの証拠である。

住宅ローンの繰上げ返済や、退職金による一括返済は、サラリーマンの給料が定期昇給で確実に増えることや、確定給付式の退職金制度が30年後も続いているという前提があってのことだ。しかしこのページの賢明な読者諸氏は、誰一人として定昇や確定給付が30年後も存在するなどという馬鹿げたことを信じないだろう。

ところが、75歳まで住宅ローンを組むことに大して疑問を感じない人がまだまだたくさんいて、そういう人が臆面もなくテレビに出演してしまっており、しかも、それを見ている視聴者の大部分もそれがどれだけおかしなことかに気づかず、「『あるある』はやっぱり役に立つ番組だなぁ」などと感心しているに違いないのである。

住宅ローンを払えずに個人破産する人の数は、平成の始めごろは1万人しかいなかったのに、1999年には12万人を超えたらしい。30年後のサラリーマン社会を支える仕組みは、今とまったく様変わりしていることは簡単に想像できるのに、それなのに今、75歳までの住宅ローンを組んでしまう人が現実に存在して堂々とテレビに出演してしまうのである。

現時点の社会制度を前提にして30年後の老後の生活を設計することは完全なナンセンスである。それにまったく気づかず、老後についての番組を作ってしまう関西テレビのディレクターは、物事を批判的に見る能力を完全に失ってしまっている。一般人にある程度の権威をもって受け入れられている人気番組がこれなのだから、今の日本全体の危機感の希薄さは救いようがない。

会社が左前になりながら社内の危機感が希薄だと嘆いている人たちは安心してよい。あなたの会社だけではない。日本全体が危機感を失っているだけなのだ。


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