名古屋で深夜のAMラジオを聞いていると、世界の果てにひとりぼっちで取り残されたような、さみしい気分になることがある。
たとえば、土曜深夜、「ドリアン助川の正義のラジオ」を聴いていると、途中CMが入るはずのところに毎週同じ曲が流れてくる。一つはどうやらドアーズのジム・モリソンの声らしいということが分かる。あとはよくわからないけれど、ロックオペラかプログレみたいにコロコロ転調する、もの悲しい曲だったりする。
また、日曜日の夜中、「国府田マリ子のゲームミュージアム」という番組の時間帯までたまに眠れないことがあるが、こちらは、本来CMが入るはずのところに、とっても軽快なジングル風のインストゥルメンタルがかかるので、「おや、番組のオープニングテーマか?」と勘違いする。ところがたんなる間つなぎのBGMで、そのBGMがフェイドアウトした後に、ちゃんと本物のオープニングテーマが始まって、パーソナリティーの声がクロスインしてくる。
「ドリアン助川の正義のラジオ」にしても、「国府田マリ子のゲームミュージアム」にしても、東京のラジオ曲が制作した番組を、名古屋の東海ラジオが放送している。だから、名古屋で不可思議な間つなぎのBGMになっているところは、東京の放送ではちゃんとCMがかかっているはずだ。たぶんそれは、マツモトキヨシだったり、ヨドバシカメラだったりするに違いない(実態はよく知らないが)。
おそらく、東京ローカルのCMを地方局で放送してはいけない、みたいな契約になっていて、東海ラジオではその代わりに妙なBGMを流すのだろう。大阪に住んでいたころも、そういうラジオ番組がたくさんあったことを記憶している。
このわけのわからないBGMというのは、東京以外の都市で東京から配給された番組を聴いているリスナーを、何とも言えずもの寂しい思いにさせる。たまに東京に遊びに行って深夜のAMラジオを聴き、いつものBGMの幕間にちゃんと東京ローカルのCMが流れたりすると、妙に感動する。
なぜ東京ローカルのCMの不在を示すBGMに、僕はこれほどの物悲しさを感じるのか。それは、東京というものが、僕にとって「故郷の不在」だからだ。
僕は小学生の頃から東京を懐かしい土地だと思っていた。それは、僕の初恋の相手が東京生まれだったこととはまったく関係ない(そんな余計なことをここに書く必要もない)。
東京の風景は、毎日のようにテレビのドラマやバラエティー番組に登場する。だから東京をはじめて訪れても、不思議なことにとてもなじみのある風景が広がっているのだ。まったく見知らぬ土地なのに、なじみのある風景。こういう逆説を経験する土地が他にあるだろうか?(香港映画フリークにとっての香港、フランス映画フリークにとってのパリもそうかもしれないが)
それに加えて、僕には生まれつき、不在のものにノスタルジーを感じるという妙な性癖がある。
たとえば僕は強い(エルダー)シスター・コンプレックスの持ち主である。今でも田中美佐子みたいな、自分よりちょっと年上の女優にあこがれる。もっとさかのぼれば、小学生のころ、メーテルや薬師丸ひろ子にあこがれたりしていたということもある。しかし、僕に姉はいない。
また、僕は小学生の頃、ある朝目を覚ますと、今の生活とはまったく別の場所、別の時代の朝を迎え、別の家族の一員として、朝餉の食卓を囲むはずだということをよく考えていた。そこにはもちろん姉がいて、彼女は高校へ、僕は小学校へ出かける。
むしろ今の生活が単なる夢で、そうして目覚めたときの生活が、本来生きるべき生活である、そう信じているところがあった。そんな気持ちで生活していると、不在の生活(パラレルワールドとでも言おうか)に対するノスタルジーが胸の内に育ってくる。
そんなノスタルジーの具体的な投射が、僕にとっての東京であったことは否定できない。僕が本来生まれたであろう場所とは、東京の郊外であり、そこでは温厚な両親と、弟思いの姉と、僕の4人の平凡な生活があったはずなのだ。その不在の生活の痕跡が、薬師丸ひろ子の主演映画に映る東京の風景や、ニュース番組のバックに映る新宿の高層ビル街に垣間見られた。
東海ラジオの奇妙なBGMに、今でも切ない気持ちになるのは無理もない。そのBGMの向こうには、僕がついに目覚めることのできなかった、本来生きるべき生活、家族で囲むあたたかな食卓があったはずなのだ。
今ではそんなものは決して手に入らないことを知ってしまっている。単なる夢でしかない。
不在のものに対するノスタルジーは、今もなお、僕の心の中に、同じかたちで残っている。ノスタルジーの対象が絶望的なほど不在である限り、ノスタルジーはノスタルジーでありつづける。
いつでも帰ることのできる故郷に、どうしてノスタルジーを感じるだろうか?二度と帰れない不在の土地だからこそ、ノスタルジーはいつまでも心に残っているのだ。