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恋ほど素敵な商売はない

某結婚相談所ルポ

1999/10/24

ホームページのネタづくりのために(ホンマか!)某大手結婚相談所に行ってきた。何の予定もない日曜日なので担当者相手に雑談するだけでもヒマつぶしになるだろう。どうせ都心に出る用事もあるし。

日曜日のオフィスビルは閑散としていて、活気があるのはそのフロアだけ。エレベーターも1台しか動いていない。事務所に入るとフロアが細かくパーティションで区切られている。前の男性会員が押しているらしく、担当者の女性は僕が記入する「身上書」と紹介できる女性のプロフィールが入ったキングファイル2冊を置いて席を外した。担当者の応対は上品で印象は良い。

身上書を書き終えてからファイルを繰り始める。気に入った人がいたらPOST ITを貼り付けておいて下さいとの指示があったのだ。1冊は20代、もう1冊は30代のファイル。高卒無職から女医までいろんなタイプの女性が写真付きで紹介されている。付箋を貼りながら、これも性格診断の一部だなと気付いた。ファイルの女性たちは実際の会員ではなく、単に僕の傾向を調査するためのダシなのだろう。

トイレに行きたくなったので受付の前を通ると、担当者がくだんの男性会員の写真を撮っている。「今度はリラックスした感じの笑顔でいきましょうか」。さっき見た女性プロフィールの写真がヒドかったのは、素人が撮影しているせいだな。

もどってきて20代のファイルを一通り見終わったところで付箋が尽きてしまった。僕はむやみに几帳面な性格なので、自分が選んだ女性のプロフィールに一貫性があるかどうか一応見直してみる。それから30代のファイルへ移る。中には子供のいる女性の写真もある。隣のブースからは初対面らしい女性会員と男性会員の会話が聞こえてくる。

付箋も尽きたことだし、なかなか担当者が戻って来ないので、カバンからカシオペアを取り出して原稿の続きを書き始めた。ちょうどそこへ担当者が戻ってきて、笑いながら「もうプロフィールを見るのは飽きられたんですか。Mさんらしいですねぇ」。僕はそんなに分かりやすい人間だろうか?

僕の選んだ女性と「身上書」の内容に目を通して、担当者の女性は「Mさんなら早く決まると思いますよ」と太鼓判を押す。「中にはアイドルみたいな女性しか眼中にない男性会員もいらっしゃるんですよ」。やはりこの2冊のファイルは僕の「傾向と対策」をつかむための資料だったようだ。同時に僕がそれほど面食いでもないらしいことが分かって安心した。

そして紹介システムの説明が始まる。他の某大手結婚相談所で行われているコンピュータによるマッチングシステムとの対比で、いかにこちらが優れているかが説得力をもって語られる。商品のコンセプトと差別化のポイントを明確に伝えること。今の仕事の参考にもなるので型どおりにうなづきながら耳を傾けていた。

「私たちは出会いの場を提供するだけで、お二人の関係に干渉しませんし、紹介料・成婚料のような形で別料金を頂くこともありません」。なるほどこのコンセプトは気に入った。正直、心が動きかけたが、何事にも慎重な僕はその場で契約書にサインするようなことはもちろんしない。担当者の女性曰く「Mさんなら早く決まりますよ」「T大卒なのにそれを鼻にかけたところがないのはお人柄ですねぇ」。まさにほめ殺し状態。

明日中にも連絡すると言い残して事務所を去った。エレベーターまで送ってもらった担当者の女性が右足をひきずって歩いていることに今ごろ気付いた。本当は先週の約束だったのだが、都合が悪くなって今週に延ばしてもらったのだ。担当者の女性は先の水曜日の夜10時過ぎに、番号非通知で僕の自宅にフォローの電話をかけてきていた。たぶん自宅からだったのだろう。彼女は仕事を家に持ち帰っているのだ。今日も日曜日だし。

八重洲地下街も閑散としていた。名古屋のセントラルパークでもよく入った「杵屋」で杵屋定食を注文した。もう昼の1時過ぎ。2時間近く洗脳されていたことになる。

その後、家に帰ってきてInfoseekでその某結婚相談所をキーワードに検索する。予想通り利用者の本当の「生の声」が書かれているホームページが見つかった。半年間で会えた女性は数人とのこと。30万円以上の前金制なので嫌気がさしたと正直に書かれてある。個人的には自分で探すより能率が良ければ、それに見合うコストは負担してもいいと思っていたが、30万円で数人/年は割に合わない。それなら自分であちこち探した方がましだ。

「私たちはお二人の関係に干渉しません」というシンプルなシステムは、裏を返せば会員の勧誘だけしっかりしていれば前金制で売上を確保できるということになる。後は会員間のメッセージの取り継ぎだけしていればいい。そんなにノウハウの必要な仕事ではない。ノウハウが必要なのは会員勧誘業務の部分だけだ。ほめ殺しもその手段の一つ。ひょっとしたら隣のブースで会話がはずんでいた「男性会員」と「女性会員」も...。

よく適齢期の男女は「出会いがない」とこぼすが、真実は「出会いはあるけれどまだこの他にも出会いがあるはずだ」なのだろう。人の生活が地域社会に限られていた時代には、相手は同じ地域で見つけるのが普通だった。そうした地縁は近代都市の成立で破壊されたが、戦後の経済成長下、核家族化が進んだ結果、血縁も極端に弱まった。同時に人間のモビリティーも高くなって、都市圏に住んでいれば何百万という「潜在的な結婚相手」に出会いながら生活することになる。だから「出会いがない」のではなく、出会いがありすぎて「まだ他にも出会いはある」と思わざるを得ない状況につねに置かれているだけなのだ。結婚相談所の存在意義は、高い入会費もろもろのお膳立てをして、これ以上の出会いはないのだと「あきらめさせる」ことにあるのではないか。

今回の結婚相談所ルポ、初めから冷やかしのつもりだったのだが、それでも世の中そんなにうまい話はないのだという現実を再確認し、担当者の女性の巧みなセールストークを思い出して、ちょっと寂しい気分になった。



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