もう名古屋を離れて2か月近くが経とうとしているのに今さらなぜ再び名古屋なのかといえば、単に部屋の中に放置してあった「写ルンです」をようやく現像に出したというだけのことだ。この「写ルンです」はもともと去年の盆休みに上京したとき東京の街でも撮影しようと買ったはいいが一枚も撮らずに帰宅し、品質保証期限1999/09が迫ったついでに近所の風景でもというわけで引越の直前に撮影したままになっていた。
現像してみると今年の春先にJR中央線・大曽根駅前を撮影した写真が何枚か混じっている。戦後の闇市がそのまま生き残ったようなこの古びたアーケードは僕が名古屋を離れる1999/09にはすでに跡形もなく取り壊されていたので、この写真ひょっとすると資料的価値が出てくるかもしれない。名古屋に配属されて直後の新入社員研修で先輩社員が「駅を降りてあのアーケードを見ると気持ちがげんなりする」と言ったのもうなずける。基本的に大曽根という街の駅から西半分は60年代にタイムトリップしたようなほの暗い気持ちにさせられる街だ。
今回主にとり上げたかったのは大曽根ではない。僕が住んでいた名古屋鉄道小幡駅近辺の風景だ。都市郊外の凡庸きわまりない風景にすぎない。ハッキリ言ってこのページの読者で小幡を訪れたことのある方向けの「内輪ネタ」である。もし仕事で名古屋を訪れる機会があれば名古屋駅から名古屋市営地下鉄で栄に出て、そこで名古屋鉄道瀬戸線に乗り換えて約20分ほどの「小幡」という駅で降りてみて欲しい。駅前を走る瀬戸街道沿いにこの写真のような風景が見つかるだろう。
この小幡駅は今年になって改装されたばかりで以前の日記で何度か触れているこぎれいな駅前ビルが出来ている。2階には使えない本屋があり、1階には独身寮に住む僕には無意味だったスーパーマーケットがある。ビルの天井が扇形にせり上がっているのは3階に小幡小劇場というものがあるからだ。ついにその小劇場に足を踏み入れないまま東京に来てしまったのは全く心残りでも何でもない。
僕が本当にうれしかったのは、この小幡駅改装工事が始まる直前まで駅前にあったロッテリアが取り壊された後、ファーストフードが一件もなくて不便でしかたなかった駅前にこの改装によってマクドナルドが戻ってきたことだ。土日の昼はよくこのマクドナルドで中学生が騒ぐ中ひとり黙々と本を読んでいたことを思い出す。それもたった2か月前のことなんだけれども。そして右の写真は駅前から瀬戸街道沿いを都心方面に向かって歩いて数分にあるデニーズだ。独身寮で食事が出されていたのでファミレスに用事はないはずだが、やはり読書の時間を確保するために土日の午後などによく立ち寄った。独身寮や工場の食事はときに耐え難いほどまずく、デニーズの食事が天国のように思えた。今の会社にも社内食堂というものがあるが、きっちり金をとるだけあってウソのように美味である。あまりに手厚い福利厚生も考えものだ。ちなみにひとりでなくこのデニーズに入ったのは名古屋に遊びに来た父親と一緒に入ったときと、じゃじゃ馬さんとお別れのお茶会をしたときの二度だけ。
社会人になっても僕が学生時代と変わらず禁欲的な生活をしていることがよく分かる。左の写真は瀬戸街道をはさんでデニーズのすぐ向かいにあるカレーハウスCoCo壱番屋。名古屋ローカルのカレーチェーン店である。安くてそれほどまずくないので土日の昼食にたまに使っていた。辛いものが苦手でヘルシーな食事にこだわる僕は必ず甘口のほうれん草カレーを注文していた。日曜日の昼下がりにテレビを見ているとよくこのCoCo壱番屋のCMを見かけたものだ。中京テレビだったか、ローカルタレントの宮地某というオッサンの『電波大将軍』という5分番組も今では懐かしい思い出。
そのカレーハウスに隣接するマンションの一階に『from Tiss』という名前の美容院と寿司屋がある。なぜこんなところに寿司屋があるのかよく分からない。定食屋でも開いた方がよほど繁盛すると思うのだが。『from Tiss』には小幡に住み始めたころはよく通っていたがだんだんと生きづらくなった。僕は美容師さんと一言も話さないのだが、それが息苦しくなる美容院と、そうでもない美容院に分かれる。この美容院は前者だった。
ここをよしてどうしたかと言えば、先ほどの大曽根駅から歩いて5、6分のところに新しくできた「売上日本一」の安くて早い美容院に変えた。カットだけならものの15分で済ませるので、沈黙を気まずく思うヒマさえないからだ。今度はいきなり神社へとつづく参道の入り口の写真である。実はこの参道は最近になってきれいに舗装されたもので、それまでは住宅街の中を走る単なる一方通行の道路に過ぎなかった。小幡駅近辺の散策を楽しめるようにと歩道を煉瓦で舗装しなおして、車のスピードが出ないようにわざと歩道が道路にでこぼこするように作ってある。
おかげで独身寮から駅までの通勤は快適になったが、ついにその神社に行ったことはなかった。たぶんお稲荷様だったと思う。先ほどの寿司屋からさらに都心に向かって街道沿いを歩くと全国チェーンの眼鏡屋が見えてくる。僕が今かけている眼鏡はここで購入した縁なし眼鏡だ。今のはやりは細長い楕円形のフレームだが、やや年長のお客さん相手だと軽く見られてしまうのではという危惧があり、未だにこの縁なし眼鏡のままである。休日用に買ってもいいようなもんだが今のところ購入の優先順位はMDコンポよりも下位なのでいつになったら買い換えることやら。次の写真はさっきの眼鏡屋の並びに建つマンションの一階にある商店。左から美容院、喫茶店『古時計』、HIT SHOP、不動産屋『エイブル』、朝日新聞、写真では切れているがその隣にたこ焼き屋、さらにその隣のマンションの一階には弁当屋がある。
この美容院にも2、3度通ったことがあるが、何となくやめてしまった。『古時計』という喫茶店は笑福亭笑瓶と羽賀健二が出演している「小さな旅」的なローカル番組で小幡が紹介されたときに二人が訪れているが、僕は一度も入ったことはない。どうやらいつもJAZZがかかっているらしい。思えばJAZZ喫茶に入り浸ったなんて学生時代に吉祥寺の『ボニー&クライド』以来一度もやってない。
HIT SHOPの光通信は今や通信部門成長企業の代名詞みたいなものだが、今持っている携帯電話は上述の大曽根駅前にあったHIT SHOPで購入したものなので、常時「Rm」の文字が表示されている。まったく問題なく使えるもののやはり何とはなしに居心地が悪い。早くドコモの208にでも買い換えるか。3和音がひかれるものがある。昨日もヒマつぶしに『Addicted to You』を着信メロディーに打ち込んでいたくらいだし。3和音ともなればかなり表現力UPになる。いい年して着信メロディーみたいなもんに凝るなって?右の写真は瀬戸街道をはさんで向かい側にある栄電社という名古屋ローカルの電器チェーン店。たまの特価商品がかなり安くなるので、今持っているM社製ビデオデッキやaiwaの25型テレビ、CDラジカセ、テレビも聴けるaiwaの通勤ラジオ、Windows95がクラッシュして二度と起動しなくなったときあわててWindows98を買いに走ったり、結構売上に貢献している。
栄電社を少し行った交差点を北に右折して数百メートル進むと左手にKマートが見えてくる。独身寮のすぐそばにあるので毎日のようにここで買い物していた。就職した頃は確か酒屋だったものが改装してKマートのフランチャイズ店になったと記憶している。24時間営業なのでおそらく家族が2交代制か3交代制で経営されていて、息子はあまりやる気がなく「こんな店の跡なんか継げるか」と言いたげな様子で、父親(祖父?)はサービス精神旺盛だけれどレジに立つ姿に疲労がにじみ出ていた。
小幡駅から独身寮までの旅もここで終わり。いつの間にか引越直前の僕の部屋にたどり着いてしまっている。左に見えるのはパソコン、奥は唯一の窓。その下にあるのがaiwaの25型テレビ。右下隅には段ボールが写っている。この写真を撮った頃は荷物まとめに疲労困憊で、日記にも書いたように引越当日には業者が来ているというのに鼻血が止まらなくなって往生した。結局こちらへ越してきてからも10月半ばまで鼻血が止まらず、最近になってようやく引越疲れが完全に払拭された体で、今度引っ越しするときはおまかせパックにしたい。
次の写真は少し角度を変えてみた。天井から下がっている蛍光灯だけが和風で異彩を放っているが、独身寮に備え付けだったので仕方ない。窓に着いているエアコンはつけるとテレビの音が聞こえなくなるという代物。夏は仕方なく騒音も我慢していたが、冬は電器ストーブを別に購入していた。畳は古くて部屋を一周歩くだけで靴下にい草がたくさんついた。たぶん僕が出ていってから畳は新品に入れ替わっただろう。はぁ、今頃小幡近辺はどうなっているだろうか。もちろん大して変化もないだろうが、この2か月に僕の身に起こった変化はそれなりに大きい。たった2か月しか経っていないのに何年も前のことのようだ。こんな風に僕は近い昔をふりかえるクセがあって、大して遠くもない過去がこんなに遠く思えることを逆に自分の未来に投射してみて、これから先、自分がいかに長い時間を生きなければならないかを思ってうんざりすることがよくある。もうふりかえる人生しかない、というところにたどり着くまで、どれほどの苦しみを味わわなければならないかと思うとうんざりするより他ないのだ。でも考えてみれば、こんな風にのほほんと過去をふりかえって感傷に浸っている余裕があるということ自体、僕がいかに平穏な生活を送っているかの証拠になっているのもまた真実である。