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非日常なAMラジオ

小森まなみの『素敵にLOVE FOR YOU』

1997/09/06

小森まなみの『素敵にLOVE FOR YOU』:

東海ラジオ(金)23:30〜24:00

学生時代からAMラジオの深夜番組を子守歌がわりに聞きながら寝入る習慣なのだが、名古屋に住んでいる関係上、「北朝鮮・救国の声」との混信が激しいCBCラジオを避けて、どうしても東海ラジオ聞くことになる。

すると週に3回も、幼稚園のお嬢ちゃんようにカワゆい声を聞くことができる。番組によって少しずつトーンは違うのだが、いちばん彼女らしい番組が『素敵にLOVE FOR YOU』だろう。

「まみ姉」と慕われている彼女はDJが本職で、声優やミュージシャンとしても活躍している。彼女の声はリスナーを優しく包みこんでなぐさめ、勇気づける。

番組の最後に、不登校や友人関係などリスナーがさまざまな悩みをつづったハガキが紹介される。ハガキを読むうちにまみ姉の声は涙にうるんでくる。

「がんばろうよ!」

ラジオの前のリスナーが、みんなで悩んでいる子にエールを送りたい気持ちになる。みんなでがんばろうよ!19歳のまみ姉が舌足らずな声で懸命にラジオから語りかけると、リスナー全員が心をふるわせる。

たぶんまみ姉自身もまだ年端のいかない新人として仕事をするなかで、いろいろつらい体験をしているのだろう。あるときは先輩のDJに叱られるのかもしれない。このままDJという仕事を続けていくべきなのか、思い悩んで夜も眠れないことがあるのかもしれない。

そんなまみ姉のナイーブな問いかけだからこそ、同じように不器用にしか生きられないリスナーの心の奥にまで響いてくる。

先日の放送では、東京での公開録音の模様が伝えられていた。会場をうめるおよそ1200人のリスナーの前で、ある常連リスナーのハガキが読まれた。その子が不登校で悩んでいる経緯を番組で聞いて会場のだれもが知っている。

まみ姉が会場に向かって問いかける。

「今日、来てくれてるかな?」

すると、「ハイ!」という小さな返事。ハガキには公開録音で一人でも友だちができたらいいなと思っています、と書いてある。

まみ姉は番組に寄せられた励ましのハガキを持って、涙声でその子の席に歩いていく。そしてハガキを手渡しながら

「今日、お友だちできたかな?」

とたずねると、その子は「ハイ」と答える。そして満場の拍手。

ラジオを通じて励まし合ってきたリスナーが、公開録音の場で本当の仲間になる。くじけて学校に行けなくなりそうだったリスナーが、登校できるようになる。ラジオから不器用に問いかけるまみ姉の声は、リスナーにとって心からのエールなのだ。

小森まなみばんざい!

...というところでこの文章が終わるわけではない。

この間、Yahoo!で小森まなみに関するホームページを検索していて、まみ姉に関する驚くべき事実が明らかになった。

小森まなみがラジオにデビューしたのは、今をさかのぼること17年前である。つまり、彼女が2歳のときだ。

もちろん、そんなわけがない。

公開録音やライブの場で、セーラー服や少女っぽいワンピースのコスプレまでやってみせ(写真で見てもあまり違和感がない)、幼稚園の女の子のように舌足らずなしゃべり方をするまみ姉が30代であるという事実が、ひじょうにカルトな世界への扉を開いてくれる。これが、非日常の非日常たるゆえんである。

小森まなみのラジオ番組を、単に傷ついた少年少女たちがラジオを通じて励ましあう番組として楽しむのは、番組の半分も楽しんだことにならない。彼女の番組のリスナーは、彼女が19歳の駆け出しのDJであること、自分たちと同じようにまだ人生経験が浅くナイーブな少女であることを、幻想として共有しているのである。

そればかりか、小森まなみ自身が、自分が永遠の19歳であるという幻想を抱いている。小森まなみのラジオ番組は、リスナーとDJが共同して作り上げているあまりにもシュールな幻想の上に成立している番組なのである。

では、そんなラジオ番組で紹介される少年少女の悩みもまた、幻想にすぎないのかというと、そうではない。一枚一枚のハガキには、掛け値なしのリアルな感情が表現されている。

しかしそのリアルな感情をラジオで紹介するまみ姉は、なかば公然と10歳以上も年齢を偽っている(このことをリスナーの多くが知っている)。なぜそこまでしてはた目には滑稽に思える幻想を維持しなければならないのか。

おそらく、小森まなみはひじょうに高度なメディアなのだ。プリミティブなメディアが、メディアの両端にいる人間の意思をありのまま伝えることに徹するのに対して、洗練されたメディアはその意思をいったん別のコードに置き換える。

たとえばポケモンどうしを対戦させて遊ぶ小学生は、自分の意思をいったんポケモンというコードに変換して相手と交換する。顔を合わせることのないベル友どうしは、自分のリアルな感情を十数文字の限られたコードに圧縮して交換する。

香山リカが『TVゲームと癒し』の中で、彼女自身が経験した不思議なコミュニケーションの形として紹介しているアーケードゲームのハイスコアランクのように、現代の洗練されたメディアは、事実をそのまま伝えることよりも、特殊なコードに変換することでノイズを除去しようとする。

小森まなみも、自分が30代なかばであるという事実を自称19歳という幻想に変換するロジックによって、リスナーの切実な悩みから何らかのノイズを除去することができている。

このノイズ・リダクションの機構は、アニメーション的な文化一般に内在しているように思う。綾波レイのアップに毛穴は映らない。これは部分的には経済的なコストの問題であるが、意図的なノイズ・リダクションの効果でもある。

ポケベルによって回避されるノイズは、相手の息づかいや沈黙かもしれない。小森まなみは、現実には20年近くの経験を持つDJだからこそ、巧妙にリスナーの悩みからノイズを削除することができているのである。

逆に言えば、現代の若者は僕も含めて、それほどノイズに溺れているということなのだが、いったいそのノイズってなんなのだろうか?この問題は、また別項で掘り下げてみたい。このページはただ、すっかり僕をも幻惑してしまった小森まなみへのオマージュということにしておこう。



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