![]()
![]() London miscellanea ( 20010401 ) ロンドンについて書くべきことの最後として、まとまったエッセーになりにくい雑記をまとめておきたい。今回はJTBのオールフリーのツアーで行ってきたのだが、ホテルで手続きを代行してくれる現地係員の個性が行きと帰りで明確に分かれた。 異国の地で観光客でない日本人に会うと、どうしてこの土地に住むことになったのか私的なことまで根ほり葉ほり聞きたい衝動に駆られるのだが、一旅行者(おのぼりさん)がそんなことを聞くのは失礼に当たるので外面的なことから想像をふくらませるしかない。 The Copthorne Taraに到着したときの現地係員の女性はどちらかと言えば日本人に典型的なshynessをもった人で、姿勢はやや猫背気味、声もあまり通らない。ロンドンで生活するにはもう少し図太い方が良いのではないかと勝手な心配をしてしまったが、日本人にとっては親しみやすいタイプであることは間違いない。 3日後の朝、ロンドンから出発するときの係員の女性は完全に英国に適応しているといった雰囲気で、逆に平均的な日本人にとってはとっつきにくいタイプだろう。歩くときも背筋がピンと伸びて堂々としているし、オペラ歌手のように良い発声はいかにもQueen's English向きで、ややキツめの眼鏡が日本人のあこがれる英国上流階級的お上品さをかもし出していた。 次はホテル近辺の散歩報告。ホテルの周辺を歩いていくつか発見があったが、まずホテルのすぐ近くにPenguin UKの事務所があった。日本でも英国のペーパーバック売場で腐るほど並んでいるあのペンギンである。さらに歩くとKensington High Streetがあるので散歩してみたのだが、無印良品が見つかった。実はパリでは2軒も見つけてしまったのだが、こちらロンドンの店内は日本人が2、3人いただけ。本国での業績も芳しくないようだが、海外店舗を維持できるのだろうか。 その近くで中型の書店を見つけたので入ってみたが、『地球の歩き方』に書かれていたとおりロンドンの書店には雑誌が売られていない。あのあたりは閑静な住宅街だからか、書店はいたってふつうで清潔な書店であって特筆すべきことは何もない。コンピュータ書のコーナーで『Microsoft Project 2000』の入門書を立ち読みして帰ってきた。 驚いたのは日本のTVで紹介されていた大規模インターネットカフェ(オレンジ色のコーポレートカラーが印象的なのだが名前が出てこない...)がKensington High Streetにあったということだ。たしか米国資本のチェーンだったと記憶しているが、パリの地下鉄にも広告が出ていたので欧州に着実に進出しているということか。あるいは英国資本なのかもしれない。
あとは地下鉄について書き忘れたことがある。一つはエスカレーターの速度が日本に比べてかなり速いということ。日本であの速度にしたらお年寄りは乗り口で日が暮れてしまう。それからたしかJubilee Lineだったと思うが、かなりの地下深く走っているため乗り換えでエスカレータをいくつも乗り継ぐことになる。そのエスカレータがジグザグに昇降している空間が巨大な銀色のチューブになっておりやたらと近未来的なのだ。そのわりにCircle Lineの駅にはひじょうに古風なところもある。 また、ロンドンの街中を散歩しているとき、Waterloo駅あたりで地下鉄の入り口を探して少し迷ってしまったのだが、そのときちょうど通りがかった黒人の小学生3人にかなり口汚くののしられた。おそらく彼らは僕が英語を理解しないと思っていたようだ。例の4文字言葉を何度もくりかえし使って罵声を浴びせた。そのとき僕は食事したばかりで、歩きながらズボンのベルトを一つゆるめたのだが、それが彼らにはナニの大きさを気にしているものと見えたらしい(めずらしく下ネタ)。罵声はそれに関するものだったのだが、もちろんここに翻訳するわけにはいかない。 一般的に言ってロンドンでもパリでも白人より黒人の方が僕ら黄色人種に冷たいと感じる。欧州では黒人も黄色人種も差別される側なので、差別される者どうしどちらが上かという不毛な心理戦が始まってしまうのだろう。しかし彼ら黒人は差別との戦いを強いられているわけで、日本で人種差別とは無縁のぬるま湯生活を送っている僕らをバカにしたくなるのも分からないではない。 ちなみにパリの地下鉄で、入り口のドアを開けたままかなり長い間笑顔で待ってくれた親切な中年女性がいたのだが、明らかにユダヤ人だった。ユダヤ人が同じ被差別人種としての黄色人種に親近感を抱いているのだとしたら、その黒人との考え方の相違が興味深い。 ヨーロッパを旅してみて、日本人観光客としてとるべき姿勢について最後にひとこと。やはり紳士・淑女として振る舞うことだろう。日本人の大人は、しゃべり方から物の考え方まで大人になりきれていない甘々の大人が多い。旅行者だからと言って子供のようにはしゃぎまわるのは失笑を買うだけだ。地元の人に対等な人間として対面してもらわなければ分からない旅行者としての楽しみもあるはずなのだ。 たとえばホテルのフロントや街中の商店でふとそんな大人と大人としての気分のいい交流ができたとき、はじめて「ああ来てよかった」と実感できる。そんな感動もないままに観光名所をぐるりとまわったりショッピングを楽しむだけならば、いったい何のための欧州旅行だろうか。 無断転載禁止
![]()
|