独身寮の管理人さんが「善意」で人権無視の貼り紙をしてしまった、ということを最近このページで書いた。問題になっているのは「ローカルな温情主義」と「公的なルール」の対立だ。とくにサラリーマンは、ローカルなルールや温情主義に慣らされているので、公的な法律に対して盲目になりやすい。これが企業を舞台にしたさまざまな犯罪の根本的な原因だ。
今回は僕自身の経験として、再びこの問題にふれてみたい。
僕がプログラムを納期よりも早く仕上げたとき、先輩のシステム・エンジニアが「ごほうび」にメールで動画ファイルを送ってきた。イヤな予感はしたが、ダブルクリックしてみると、案の定アダルトビデオが10秒ほど再生された。
「そんなことぐらいでいちいち腹を立てるなよ」、というきわめて「サラリーマン的」反応が聞こえてきそうだ。これも「ローカルな温情主義」にどっぷりつかった人間の陥りやすい過ちの典型例。
仮にその動画を隣の女性社員がたまたま見かけたとしたら、冗談では済まされなくなる。僕がここで対比させたいのは、職場のローカルな温情主義と、改正雇用機会均等法という「公的なルール」だ。
1999年4月に労働基準法が改正されるのにともなって男女雇用機会均等法も改正される。この改正均等法・第21条には「職場における性的な言動に起因する問題」、いわゆるセクハラにいての規定がある。
「第21条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をしなければならない。」
ここにはセクハラの2つの類型、「対価型」と「環境型」の両方が含まれている。「対価型」とは、昇進などの対価として上司が性的な要求をするもの。「環境型」とは目に付くところにヌードポスターを貼るなどの行為を指している。上記の例で、アダルトビデオの動画を女性社員が見かけた場合、「環境型」のセクハラになってしまう。
改正均等法はこれらのセクハラについて「事業主の配慮義務」を明記している。現行の均等法には存在しない条項である。配慮努力ではなく、配慮「義務」であることに注意してほしい。
また、改正均等法では「調停制度」が改善されている。これまで女性労働者と事業主の間で紛争が起こった場合、事業主の同意がなければ機会均等調停委員会に調停を申し出ることができなかった。しかし改正均等法では被害者の女性が一方的に調停を申し出ることができる。そして、調停を申し出たことを理由に、その女性労働者に不利益な扱いをしてはいけないという規定も追加された。
さらに、改正法では行政指導の効果を高めるため、労働大臣が女性を差別した企業の名前を公表できるという制度がつくられている。企業に社会的制裁を加えるための制度だ。
これで僕の先輩がかなり危ない橋をわたっていることが分かるだろう。問われるのは先輩個人の責任ではなく、事業主の責任なのだ。たった数十キロバイトの動画で、僕の先輩は会社全体に迷惑をかけている。無断欠勤なら当人が処罰されるだけですむが、アダルト動画では会社全体が処罰されるのだ。
たぶん僕の先輩にはこの自覚はまったくないだろう。サラリーマン社会の「ローカルな温情主義」にどっぷりつかって、公的なルールが見えなくなっているのだ。日本人のはまりやすい落とし穴である。
日本社会ではこの手の事例にことかかない。校内暴力が起こったら、学校とPTAだけで穏便に済ませる。大家さんが敷金を返してくれなくても、お世話になったので文句は言えない。「水くさいことを言うなよ。」「まぁ、ここは穏便に。」これらはローカルなルールに汚染されたムラ社会だけで通用する「言いわけ」だ。
しかしそんな日本社会も確実に変質しつつある。これまでは「穏便に」で許されたことも、公的なルールで裁かれる。僕がいちばん残念に思うのは、それほど年齢の離れていない先輩でさえ、入社数年の間に閉鎖的なサラリーマン社会にすっかり「適応」してしまっているということだ。