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![]() 重い荷 ( 20030126 ) 執筆に参加した『図解ソフトウェア開発の実践』の執筆者と出版社の制作担当の方が一堂に会しての打ち上げ会が京都駅前で開催された。時間的には余裕があったので、交通費を節約するために往復、JRの高速バスに乗った。 新宿駅新南口から出る「ニュードリーム京都号」という便で、行きは23:50発、京都駅中央口07:12着の3号、帰りは22:30発、05:47着の同2号に乗った。指定券は列車の指定券と同じ機械で発券されるので、JRのみどりの窓口ならどこでも購入できる。 車中で一泊する高速バスは、学生のころ帰省するのに一度乗って以来。往復とも乗車したのではかなり疲れが出るだろうと覚悟の上だったが、新幹線のほぼ半額なので背に腹はかえられない。 金曜日、遅めに仕事を終えてから深夜まで何とか時間をつぶし、新宿新南口のバス乗り場に着くと、最新邦楽ヒットがかかりっぱなしで、まるで真夏のプールサイドのようだ。このBGMは明らかに高速バスの主な顧客層の受けを狙ったもので、待合客は大学生とおぼしき男女がほとんどだった。他は熟年女性の団体と、スーツ姿のサラリーマンが数えるほど。熟年女性の団体は京都行きではなく、同じ場所からほぼ同じ時間に出る金沢行きのバスに乗り込んだようだった。 京都行きの3号は2階建てで、1号車、2号車の2台で運転されていたにもかかわらず、金曜日の夜のせいか満席だった。僕の席は2階の階段を上ってすぐ。1階席は女性専用だが、2階席にも女性客はいる。帰りの新宿行きは1台だけの運転なのに空席が目立ち、僕はやはり2階の同じ列だった。 おそらく席は2階のその列から埋まっていくのだろうが、指定券を購入したのは1週間前なので、満席の京都行きでも乗客の大半は1週間前より遅く乗車券を買うということになる。つまり、1週間以上も前から計画を立てて行動するような人は高速バスに乗らないと言える。わざわざ計画を立てなくても、自分の時間を自由に使える学生が多いのだから、当然といえば当然だ。 高速バスに乗りながら、飛行機の心地と比べてみたくなった。最後に飛行機に乗ったのは2年前なので記憶はさだかでないが、バスの座席は国際便のエコノミークラスより広いのではないか。座席は3列で各列が通路で仕切られて独立しているので、すくなくとも飛行機のように隣りと肘をつき合わせる心配はない。リクライニングは後ろの客さえゆるせば、水平より少し頭が上がっているな、という程度まで倒すこともできる。これはビジネスクラス級だろう。 ついでに高速バスを、飛行機、寝台車、フェリーとも比較してみたくなる。このうちもっとも眠りづらいのはどれだろうか。僕が思うに、フェリー、高速バス、飛行機、寝台車の順に眠りづらい。フェリーはたとえベッドで完全に体を横にできても、大きな船体がゆったりゆったりと揺れるのは僕にはいちばん耐え難い。 高速バスは乗る位置にもよるのだろうが、高速道路の継ぎ目の振動や、上り坂でトルクを出すためにギアが落ちてエンジンの回転数が上がったときのビーンという振動、そしてトンネル内の照明、対向車がすれ違う音など、安眠をさまたげる要素に事欠かない。 安全のためにシートベルトを終始締めていなければならないのも快適さを減じる。飛行機なら離着陸のときだけだが、バスの場合、前に座席のない最前列や階段の上がり口付近の席については、運転手が発車前のアナウンスで、ベルトを締めないと発車しないと言うので締めざるをえない。また、途中のサービスエリアで運転手の休憩のために数回停車するのも、ふと目を覚まされてしまう原因になる。 飛行機は乱気流に巻き込まれない限り振動はそれほどではないし、外光が入ってくることもない。あのエンジン音に慣れさえすれば、シートがリクライニングしなうても案外熟睡できる。寝台車は乗った記憶がないが、通勤電車で寝慣れているし、振動も一定だし、シートではなくベッドだし、このなかではもっとも快適だろう。 高速バスはそれくらい寝づらく、翌朝、京都駅に着くまで、半分眠って半分目覚めているような感じがつづいた。しかし翌日それほど眠気を感じなかったのは、案外よく眠れていたということかもしれない。 ラジオを聴きながらでないと眠れないので、携帯ラジオを持っていった。下りの3号には座席にBGMサービスの機械がついており、ヘッドホンのプラグを差し込むと、70年代から90年代にかけての洋楽・邦楽ヒットが節操のない曲順で流れていた。 古びたビジネスホテルに流れているような、生楽器の演奏ではなく、一昔前のダイエーに流れていたようなエレクトーンの演奏でもなく、携帯電話の着メロのような、あるいは一曲の単価が極端に安いカラオケのような、スカスカのシンセサイザーによる打ち込み編曲だった。 じっさいバスが走り出すと、ラジオは雑音が多くて聴けたものではなく、このBGMサービスはけっこう助かった。久しぶりに聴く80年代のアイドル曲もあった。しかし帰りの2号の座席にはBGMの機械がなかったので、別に持参したMDでショパンの夜想曲を聴きながら眠りに入った。 帰りは座席を限界まで倒し、フットレストも跳ね上げて、体はほぼ水平状態。至極楽チンだったのだが、途中でなぜか暖房を切られてしまったのでひどく寒いのには困った。往きは暖房が効きすぎるほど効いていたのに、高速バスはワンマン運転なのだが、空調の加減もワンマンなのだろうか(誰がこんな下らないシャレを書けと言った)。 ところで往復とも高速バスを使うということは、2晩風呂に入れないということになる。さすがにこれはつらいので、京都に着いたら銭湯をさがして朝風呂にしようと、事前にインターネットで堀川五条あたりの銭湯を見つけていた。結果的にこの事前調査は無駄になるのだが。 高速バスで京都に着くと、雨上がりで景色が濡れていた。東山を背に少しずつ赤みのある朝日が射してきて、濡れたビルの窓ガラスを輝かせ始める。銭湯へ行くのにどうせ五条まで出るのだから、繁華街のファーストフードでまず朝食をとろうと地下鉄に乗った。京都で繁華街と言えば四条河原町付近である。 四条駅で降りて人気のない土曜早朝の四条烏丸を歩く。最初に見つけたファーストフードは「ファーストキッチン」だった。7時開店で僕が最初の客のようだ。キオスクで買った新聞を広げて、京都在住の会社員ような顔でハンバーガーを頬張る。会社員がボタンダウンのシャツにセーター、黒のチノパンということはありえないのだが、土曜日はカジュアルデーの会社に勤めているのだという設定にしておく。 旅先のファーストフードで、土地の人のような顔をして食事をするのが、僕にとっては至福の時だ。学生時代は仙台や甲府、宇都宮の駅前にあるマクドナルドで同じようなことをして静かな喜びに浸ったものだ。行く先がパリであろうと、同じことである。 ファーストキッチンに入ったのは久しぶりで、内装もメニューも一新されている。以前は赤と白がイメージカラーで安っぽい感じだったが、今はワインのように深みのある赤をアクセントに落ち着いた雰囲気で、メニューもちょっと見るとモスバーガと間違えるシンプルなレイアウトになっている。 店を出るとき店員に背中から「いってらっしゃいませ」と声を掛けられて、ますます京都人になったつもりになる。僕は関西出身なので京都人になることは言葉の上で何の問題もないが、やはり京都は関西人にとっても特別な土地だ。 ファーストキッチンを出てから、西へ西へ、堀川通りを目指して歩き始めた。途中でお目当ての銭湯の場所があやしくなってきたので、バス停前の公衆電話に備え付けの職業別電話帳で銭湯の項をさがした。するとわざわざ堀川通りまで歩く必要もなく、駅前の京都タワービル地下街に銭湯があるとわかった。運よく目の前のバス停が京都駅行きの路線だったので、そのまま駅前までもどった。 新しい京都駅舎ができたおかげで、今ではすっかり影の薄くなった感のある京都タワーだが、その地下3階に「タワー浴場」という銭湯がある。営業時間は7:00から20:30。大人750円とやや高めだが、駅前という立地だし、サウナもあるので妥当な線だろう。 子どものころ通ったスイミングスクールを思い出させる階段を地下3階まで下りていくと、70年代の雰囲気たっぷりの狭苦しい空間に、床屋と銭湯のロビーがならんでいる。まず「タワー浴場」のロゴが70年代だし、床屋のガラス窓の意匠も70年代なのである。 自販機で券を買って受付のカウンターにすわっているおばさんにわたすと、黄色いタオルを貸してくれる。ロビーには風呂上がりの客が4、5人くつろいでいる。ロビーといっても飲料水とビールの自販機が並んで、ソファーが8人座れるほど置いてあるだけの、こじんまりした空間だ。 履き物を脱いで下駄箱に入れ、素足で男湯に入っていく。後はいたって普通の銭湯で、特筆すべきことはない。他に3人しかいない客の中に、両肩に見事な入れ墨のお兄さんがいた。さすが京都駅前の銭湯、気合いの入り方が違う。茶髪で20代前半に見えたが、両肩に背負った入れ墨が重いのか、風呂上がりの脱衣場でびっこを引いていた。銭湯の従業員が「いらっしゃい」と気さくに話しかけていたことからすると、常連なのだろう。 風呂から上がってポカリスエット・ステビアを飲みながらロビーでくつろいでいると、若い女性客が一人、また一人と入ってくる。受付のおばさんと親しげに世間話をしている。こちらも常連さんらしい。 土曜日の朝だし、やや派手めの身なりからして水商売か風俗関係のお姉さんたちが、仕事を終えてくつろぎに来ているのだろう。つづけて入ってきた男性は童顔の中年男性、いわゆる「とっちゃん坊や」タイプで、誰に向けるでもない笑顔のまま絶えず独り言をつぶやいている。本来僕がいるべきでない場所と時間にこうして座っていると思うと、静かに旅行気分が盛り上がってきた。 銭湯を出てから京都駅にもどって、駅ビルを歩き回ってみた。駅ビルが新しくなってから初めてのことだ。建設のときに景観を台無しにすると大変な反対のあったビルだが、たしかに京都に東京国際フォーラムはいらない。中央口から東西に向かってビルの屋上までエスカレータが伸びている。初めて見ると壮観だが、この建築物が京都にある必然性はまったくない。 こんなものを作るなら、東京駅舎が明治時代のアナクロであるように、京都駅舎は平安時代のアナクロを狙うべきだった。平安神宮のようなお社をそのままのプロポーションで不自然なほどのスケールに拡大して、柱の中にエレベータを通すなど。ポストモダンに京都を表現する方法は他にもあったような気がするのだが。 ただ、そんな駅ビルの屋上から京都タワーを見上げると、まあこの京都タワーというのも新駅舎とどっこいどっこいだと思われた。京都タワーができた時点で京都はもう、パリのように私権を規制してまで都市景観を保存することをあきらめたのかもしれない。 さて、くだんの打ち上げ会が終わった後は、バスで祇園まで出かけて、八坂神社やライトアップされた法観寺五重塔など、夜の雰囲気だけを楽しんだ。道々の料理屋は店先に明かりが灯り、五重塔前の坂ではちょうど3人連れの舞妓さんとすれ違った。ただ現実的には祇園の料理屋で食事など、無縁な世界である。 帰りの高速バスは発車時間を30分遅く覚えていて、河原町で時間をつぶして京都駅前についたときは発車5分前で冷や汗をかいた。翌朝の早朝、新宿について帰宅してから改めて3時間ほど眠った。そのせいで新宿に着いたのが昨日のことのような気がした。 無断転載禁止
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