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偏見が壊す未来
( 19990504 )

Japanese/English

1999/04月分の「愛と苦悩の日記」に箱モノ行政が必ずしも悪くはないことの例として東京の臨海副都心を引いたので、このゴールデンウィーク、東京へ遊びに行ったついでにお台場近辺をおとずれた。

新橋からゆりかもめを使って行くと車内が狭い分、めっちゃ混んでるということを東京在住の弟から聞いたので、アドバイスどおり都営新宿線・市ヶ谷〜有楽町線・新木場から臨海副都心線経由で出かけた。

ちなみに臨海副都心線・東京テレポート駅の改札を入って地下のホームへ通じるエレベーターは、吹きぬけ部分の壁面が、まるで深海へ潜って行くようなデザインになっていて、日ごろ名古屋鉄道のうす汚いホームばかり見ている僕にとってはちょっと感動的ですらあった。

さて、臨海副都心に出かけた目的は、一つには、中学生時代『夕やけニャンニャン』の収録スタジオ見たさに曙橋時代のフジテレビを見学しに行ったのに続いて、お台場の新社屋を見学しに行くことだったが(連休中の大混雑で待ち時間が長く、結局あきらめて帰って来た)、最大の目的は、ちょうど開催されていた国内最大規模のコミック・マーケットを生まれて初めてのぞいてみることだった。

地下駅である国際展示場駅を下車して地上に出ると、ゆりかもめの高架軌道の向こうに逆三角形の東京ビッグサイトが見えてくる。(ちなみにショぼい名古屋港の1000倍くらいある感じがする臨海副都心をあちこち歩いて気づいたが、景観が意図的にコントロールされている。とくにお台場のフジテレビ前から東京湾を眺めると、せり上がっているように見える海面にレインボーブリッジが威圧感を持って立ちはだかり、そのまっすぐ向こう岸に遠く東京タワーが見える。鳥肌立つ迫力だ。100m道路の中州を薄汚い公園のまま放置している名古屋市とはえらい違いだ)

ご存知ない方のために解説しておくと、コミックマーケット(通称コミケ)とは『新世紀エヴァンゲリオン』や『ポケットモンスター』などの漫画ファンたちが、物語を勝手にアレンジして漫画にしたり、オリジナル小説にしたものを同人誌として編集・製本して売り出すというイベントのことだ。そうしたアマチュア同人誌の漫画家には固定ファンがついている人気作家もいるらしい。

当日は東京ビッグサイトの東展示棟の6ホール、合計51380m2がすべてコミケ会場にあてられていた(ちなみにナゴヤドーム4つ分)。 1000円のパンフレットが入場券代わりになっていて、当日の一般入場者は駐車場を迂回して別の入り口から入場するようになっている。その途中、入場者の誘導をしている私服の男女は主催者の関係者らしい。いかにも手作りのイベントという感じがして微笑ましい。

しかし僕の微笑みが続いたのもつかの間だった。入り口から東展示場のガレリア(吹き抜けの回廊)に入った瞬間、信じがたい光景が目の前に広がっていた。パンフを手にした何千という数の少年少女たち(ほとんどが少女)が通路のそこここに座り込んで同人誌を読みふけっているのだ。その人数は僕の想像をはるかに超えていた。

コミケのことを漫画オタクのアングラ集会だとなめてかかっている人がいるかもしれないが、とてもとても世間の目を忍んでこっそり、という雰囲気ではない。ナゴヤドーム4つ分の展示場はぶちぬきになっていて、見わたす限り折りたたみ式会議机が小さな島に並べられ、それぞれの同人がずらり居並んで雑誌を売っている。遠くのほうが熱気でかすんで見えそうなほど活気にあふれた壮大なバザールなのだ。

その日はたまたまコスプレ禁止だったが、自制できなかったのか真っ赤なチャイナドレスのお姉さんなど、コスプレっぽいかっこうをした参加者もちらほら見かけた。

僕は個人的に聖斗星矢とC翼の同人誌を探していたが、とうとう見つけることができなかった。初めてのことでパンフの読み方が分からず、ジャンル別マップが付いていることに気づいたのは家に帰ってきてからだった。

これもご存知ない方のために付け加えておくと、聖斗星矢とは十数年前にテレビ東京系で放送されていたアニメのことで、主人公がビジュアル系のドラゴンボール風格闘劇。C翼とは『キャプテン翼』の略で、Jリーグ発足前に日本のサッカーブームを予兆していた少年サッカーマンガである。

なぜマンガをまったく読まない僕がそんなことまで知っているのか?それは高校時代の僕の彼女が聖斗星矢とC翼のやおいにハマって、彼女自身が書いた男同士のからみの小説など読ませてもらっていたからだ(言うまでもなく彼女の部屋の本棚には『風と樹の詩』や『日出る処の天子』があったが)。

しかし聖斗星矢とC翼のブースが数十個しかないのは隔世の感がある。時代は変わって僕に分かるのは『エヴァンゲリオン』『セーラームーン』くらいしかなくない。ミステリー作家の有栖川有栖や京極夏彦の同人誌まで登場しているのは、稲垣足穂など耽美系に代わってということなのか?とにかく確実に時は流れているということだ。

ちなみにエヴァもののブースを歩き回っていたとき、『懐かしい年への手紙』という大江健三郎からとったタイトルの作品があったのには驚いた。机の向こうに座っていた作者はいかにも大人しそうな文学少女風で、彼女と話しこんでいた長髪の男性ファン(20代半ばくらい)が彼女にプレゼントをわたしていた。ちょっと古風な恋愛作法がいかにもコミケらしい。

ただし会場にあふれていた少女たちすべてが大人しそうな文学少女というわけでは決してない。フツー親子連れもちらほら見かけたし、喫煙所では茶髪でタバコをふかしている人もいる。ファッションもその辺を歩いている若い女性と大差ない。要は僕の偏見が強すぎただけだということだ。(参加者のほとんどが少女である中で、僕一人かなり浮いていたのは事実だが)

そうは言っても彼女たちどうしの言葉づかいには、ちゃんと「風船」がついていた。「あかねさん今日のファッションもバッチリ決まってますねぇ」「いやいや、私ってあんまりこういうの似合わないのよ」「そんなことありませんよ、あかねさん!」「よく似合ってますよ」「そう?そう?」という具合に、ちゃんとマンガのふき出しになっている。彼女たちの会話のコードはテンポの良い少女コミックのふき出しに依拠している。

家に帰ってよくよくパンフレットを読んでみると、数万人規模のイベントが手作りで運営されているということに改めて驚く。一般入場者ゲートへ向かう道すがら、たまたま主催者とおぼしき男子学生たちが話しているのを耳にしたのだが、彼らが実に手際よくこの巨大なイベントを切り盛りしている様子が生き生きと感じ取れた。

東京ビッグサイトのような大きな会場の手配、パンフレットの印刷(数万部単位で刷られているのだから!)、会場の設営、会場に同人誌を直送する参加グループのための宅配便業者の手配、入場者の整理・誘導、体調が悪くなった人のための救護所の設置、場内でのサンドイッチ・ジュースの売店の運営、同人から徴収する場所代や入場者の入場料も含めての会計処理、スポンサーとの交渉(ある清涼飲料水メーカーがイベントのスポンサーになっていた)などなど、無数の雑用もふくめて、これだけ大規模のイベントを安全に運営するノウハウが彼らの間に蓄積されているということである。

そんな彼らを「内向的でコミュニケーション下手な漫画オタク」という呼ぶことができるだろうか?サークルの狭い人間関係の中で先輩・後輩の序列にこだわっている大学生なんかより、彼らのほうがよほど社会的で、企業家的でさえあるではないか。(企業の採用担当は正しい人選をしているだろうか?)

生まれて初めてコミケに参加して実感したのは、コミケが世界の片隅でひっそり起こっている事件などでは決してないこと。そして、このイベントを主催している若者たちが実に生き生きと立ち働いていること。

特殊な事件ばかりを取り上げて、現代の少年少女に悲劇や閉塞感しか見ようとしないマスコミの情報がいかに偏っているかがハッキリと分かる。ともすれば「オタク」とひとくくりにされかねない少年少女たちは、数万人の人間を動員するだけのエネルギーを持っているのである。

そういうわけで、ちょっと勇気づけられたような気持ちで、東京ビッグサイトを後にした。


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