石原東京都知事の「三国人」発言が物議をかもしている。当人は外国人の俗称として使っただけと説明しており、謝罪する気は毛頭ないようだ。東京都庁に寄せられた反響の半分以上が発言を擁護する意見だったということで、先の外形標準課税といい大衆の素朴なナショナリズムを煽るタカ派の本領発揮といったところか。
しかし驚くのはまだ早い。日本の新聞でも伝えられているとおり、石原都知事は英国の『The Guardian』紙のインタビューに答えて、さらにとんでもない排外主義的発言を平然とやってのけている。おそらく氏は世界標準の人権意識と自分自身の人権意識が大きくかけ離れていることに気づいてさえいないらしい。
同紙2000/04/13の記事は発言の経緯もあわせて氏のインタビューを掲載している。「石原氏は議論をよんだ先週末の演説を自己弁護した。自衛隊に対して大地震が起こった後の外国人による暴動に備えるよう警告したもので、在日中国人・韓国人はその演説を聞いて血塗られた過去へ逆戻りしたような恐ろしさを感じた」(『The Guardian』紙2000年4月13日分「Governor sparks Tokyo race now」Jonathan Watts記者から引用)
森新首相が石原発言に対して「不適切だ」としか述べなかったことについても触れ、首相が石原氏を強く批判しなかったのは、石原氏の意見が国民に広く支持されているという感覚が自民党内にあり、それを反映したものだと論じている。同紙は石原発言を支持する電話が都庁に100本以上寄せられているという事実も記している。
同紙はそうした日本国内の根強い排外主義について書いた上で、最近の国連の調査結果を紹介している。日本は低い出生率と老齢化を補うために2050年までに60万人の外国人労働者が必要になるだろうという内容だ。「政府も外国人労働者の必要性は認識しているが、必要とされる社会的な調整についてまだ議論さえ始まっていない。人種差別を禁じる法律も存在しない。不動産業者は外国人に物件を貸すことを公に拒否しているし、いくつかの銭湯はガイジンを禁止している」(同引用)
氏の発言になんらかの意義があるとすれば、この国にくすぶっている外国人に対する差別意識に油を注いで顕在化させたことだろう。『The Guardian』紙も記事の最後を次のようにしめくくっている。「この問題は今までほとんど議論されなかった。しかし自ら人種差別主義者でないと言い張る石原氏は、不注意からすべての状況を変えてしまった」。裏を返せば、人種差別主義者の石原氏がうっかり火種になってしまったということだ。
こと差別の問題に関して日本人は公に議論するよりも、タブー視して隠すことに腐心してきた。とにかく隠しとおしてウヤムヤにすることで問題の存在そのものを忘れてしまおうということだ。そうした「事なかれ主義」に比べれば、傷口を開いて塩を塗り、日本に住む外国人たちの反感を意図的にあおるような都知事の荒療治は、もしかするとまだましなのかもしれない。
しかし顕在化された意見の対立が少数派への差別を強めるだけで、他に何も産み出さないのだとしたら、氏は単なる知事不適格者だったということになる。石原氏は中途半端な釈明などせずに、飽くまで自己の正当性を主張し通して、都庁から追放されると同時に差別問題をタブーでなくしてしまうところまでやってみてはどうか。