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『SEに英語はいらない』第1章
『SEに英語はいらない』第1章
2005/02/20

第1章 SEに英語はいらない


◆アドレナリン工業、仏大手と提携

「えっ、外資との提携プロジェクトですか?」

「親会社のアドレナリン工業が、フランス資本の同業他社と業務提携することになったようで、うちもシステム子会社としてその準備作業に加わるということだ」

「親会社の社内システムは全部うちが保守してますからね」

「一年間はお互いの情報システムについて情報交換して、将来的に統合できそうな部分の検討をすることになりそうだ」

「そうですか。で、どうしてその話をボクに?」

「じつは矢口君にもその検討プロジェクトのメンバーとして参加してもらおうと思ってね」

矢口健二は部長に目をむいて驚いた。めずらしく一人だけ部長に呼び出されたと思ったら、やっぱりろくなことじゃなかった。

「ちょっと待ってください。フランス語なんかできませんよ」

「あちらの会社の公用語は英語だ」

「英語もできないですし...」

「去年、TOEICの社内受験で500点クリアしてるじゃないか」

500点くらいちょっとまじめに勉強すればすぐとれるだろと、健二は心の中でつぶやいた。その程度の英語力をあてにして外資とのプロジェクトに参加させられたんじゃたまったものではない。

もっとも、成瀬部長はまったく英語ができず、上司としての体面を守るためにTOEICを避け続けているから、500点でも英語ができる部類になるのだろう。

「もっと英語力のある人にまかせた方が...」

「プロジェクトリーダには、外資系のIT企業から課長クラスの人を中途採用する予定でね。ずっと英語で仕事をしてきた人で、大きなプロジェクトの経験もあるようだから」

「それを早く言ってくださいよ」

やっぱりうちみたいな社員数40名ほどのシステム子会社には、英語力で使える人材はいなかったか。どちらにしても英語ができるリーダがいれば肩の荷はほとんど降りたも同然だ。

「英語についても、プロジェクト管理についても、たくさん教えてもらえると思うよ」

「わかりました」

「矢口君ならそう言ってくれると思った」

成瀬部長も相変わらず口がうまい。どこかのコーチングの研修で仕入れてきたネタだろうが、「矢口君なら」と言われて悪い気はしない。英語は外資系から来るというプロジェクトリーダにまかせて、自分はマイペースでやればいいや。健二はにんまり笑って席にもどった。

この本はタイトルを読んで字のごとく「SEに英語はいらない」ということを言おうとしている本である。「SEに英語はいらないだって?そんなことあるわけがない」と思われる方もたくさんいらっしゃるかもしれない。というよりこの本を手に取った方は、これからのSEに英語が必要なのは当たり前のことだということを分かった上で、なんてバカげたタイトルの本が堂々と書店にならんでいるんだ、きっとこの本の筆者は頭がおかしいに違いないと思って手に取ったのだと思う。

あるいは勘のいい人がいて、この本はきっとタイトルだけ「SEに英語はいらない」というひねくれた、逆説的な言葉をつけておいて、中身を読んでみたら、SEにとって英語がどれだけ必要であるかをとうとうと説明してあるような本に違いない。そうとわかった上で、英語を勉強するためにいっちょ読んでやろう、と思っているかもしれない。

世間には社会人向けの英語の教材があふれていて、これ一冊読めば中学・高校英語を短期間で復習できるとか、英字新聞が読めるようになるとか、いろいろなうたい文句がある。しかしたった一冊英語の教材を読み下したくらいで英語力が伸びるなどと考えているとすれば、英語に対する認識が甘いと言わざるを得ない。本書はこの一冊さえ読めば英語力が伸びるなどといった非現実的なことを言うつもりはない。しかし本書を読めば、最も効率的な英語学習の方法が見つけられることだけは確かだ。

これからのSEにとって英語は必須のスキルだと世間一般には思われている。実際の業務では英語が必要なくても、TOEICの点数を履歴書に書いておけば、転職市場で有利に働くことには違いない。TOEICのスコアは自分の勤勉さ、まじめさをアピールするというためだけでも、一定の効果はあるだろう。

続いて述べるようにSEにとって英語の必要性はますます大きくなっている。しかし世間のSEのなかで英語の正しい勉強法をちゃんと考えたことのある人はおそらくほとんどいない。深い考えもなく書店で見つけたおもしろそうな英語教材を買ってみたり、大枚はたいて衝動的に英会話教室に通いはじめたものの、仕事の忙しさを言いわけにしてそのうち足が遠のいたりといった、行きあたりばったりの非効率的な英語学習を手当たりしだいにやっているのが現状だろう。

そういうSEたちに「そんな英語の勉強法をしているくらいだったら、いっそのこと英語なんていらないんじゃないですか」という、根本的な問いかけをするのが本書の最も大きな目的である。

【教訓】行きあたりばったりに英語の勉強を始めるべからず

■ITガバナンスと英語

とはいえSEにとって仕事上、英語が必要な場面がますます増えてくることはれっきとした事実だ。

例えば多くの企業ではIT関連の総費用を削減するために、いままで社内でバラバラに構築されてきた情報システムを統合しようという動きが主流になっている。そのため社内の情報システム部門にいるSEは、各地の拠点が独自に構築した情報システムなど、いままで面倒を見なくてよかったものまで管理しなければならなくなってきている。

それが日本国内の拠点だけならまだいいが、一つでも海外拠点をもつ企業であれば、そこにある情報システムも本部の情報システム部門として責任をもって管理しなければならないハメになる。

日々の運用は外部の業者にアウトソースするにしても、社内ネットワークの利用規則であるとか、情報セキュリティに関する規則であるとか、そういった社内ルールの徹底という面で、本部は海外拠点に対して指導的な立場をはたす必要がある。いわゆる「ITガバナンス」というやつだ。

「ITガバナンス」を本格的に全拠点に対して実施するとなると、どうしても現地のシステム管理者とのやりとりはさけられない。現地に現地の言葉がよくできる日本人が駐在していて、その人が情報システムのこともわかっている場合は日本語で問題ない。

しかし人件費削減や生産の現地化がさかんな昨今、現地スタッフは現地採用ということもふつうになってきている。また、全世界の拠点に現地語がよくできて、かつ、情報システムもわかる人材を配置できるのはごく限られた企業だろう。そうなると海外の拠点が英語圏の場合や、英語圏でなくても社内の共用語が英語になっている場合、社内SEにとって英語でのやりとりは必須になる。

そんな企業の情報システムについて、構築や保守を請け負っているベンダー側の企業もやはりその影響をうける。海外拠点から出てくる資料を、顧客企業がわざわざ日本語になおしてくれるなどということは期待できない。英語の資料はそのまま英語でわたされる。ベンダー企業はその英語の資料を間違いのないように読みこんで適切な提案をしなければならない。

逆に言えばシステム構築ベンダーにとって、英語にムリなく対応できるということが同業他社に対する差別化になる。そのためシステム構築ベンダー側でも、英語を使いこなせる人材の確保はとても大事な課題になる。

このように「ITガバナンス」の国際的な進展は、顧客(ユーザ企業)側のSEにとっても、構築業者(ベンダー企業)側のSEにとっても、英語を使わなければならない場を否応なしに増やしていく。

【教訓】ITガバナンスの進展で英語の必要性が増すと心得よ

■オフショアリング・商法改正と英語

また、ベンダーはベンダーで「オフショアリング」という国際化の流れにさらされる。安価で優秀なIT人材を求めて、英語の通じるインドやロシアに情報システム構築のコーディング部分を外注する動きが、今後ますますさかんになる。

オフショアリングも最初のうちは、限られた担当者だけがブリッジSEとして、現地とのやりとりを調整すればいいということで、英語が必要なSEの人数も限られるだろう。しかし社内の各事業で本格的にオフショアリングに着手するとなれば、その他の社員もいつまでも他人ごとではすまされない。

直接オフショアリング先とやりとりする必要がない立場でも、彼らにわたす資料は英語で作らなければならない。自分で英文資料をつくるところまでする必要がなくても、人のつくった英語の資料を、管理職として確認する立場になるかもしれない。

オフショアリング先と何らかのかたちで関係する部署にいる限り、英語は避けられない。システム開発において、ドキュメントは完成したシステムの品質を決めるものだから、英語の重要性はなおさら高くなる。

さらに2005年の商法改正で、2006年からは外国企業が日本の子会社を通じて、株式交換で日本企業を買収できるようになる。現金がなくても買収できるようになるため、日本企業を買収するしきいがぐんと下がる。それによって、利益が出ているわりに株式の時価総額が安い日本企業は、外国企業に買収される可能性がますます高くなる。買収とはいかなくても、日本企業と外資の合併・資本提携は増えていくだろう。

その場合、日本企業側と外国企業側それぞれの情報システム部門どうしが密接な関係をもつことは避けられない。情報システムはいまや経営の神経系になっていて、会社としての意思決定をおたがいにリンクさせるには、情報システムそのものの接続も必要だからだ。

情報システムを物理的に統合するところまではいかなくても、情報システム部門どうしでさまざまな調整や協議が出てくることは避けられない。社内にあるそれぞれの業務分野について、システム担当者は相手の外国企業と直接やりとりしなければならない場面が必ず出てくる。そうなると英語ができないSEにとって、職場はいわば「針のむしろ」になるだろう。

英語ができないSEにとって最悪なのは、情報システム部門どうしの統合である。外国企業との連携が密接になれば、最終的にIT関連の総費用をおさえるために、社内の情報システム部門どうしを完全に統合しようということになってくる。

その統合は、当然、買収した側、合併・資本提携で有利にたった側の企業がリードすることになる。筆者もじっさいに外国企業が大株主になった、日本企業の社内情報システム部門に在籍していたことがあるが、以前からその日本企業で働いていた古参のSEにとっては、たぶん天地がひっくりかえるほどの環境変化だったのではないか。

【教訓】商法改正によるM&A増加で英語の必要性が増すと心得よ

■「グローバル化」は一過性か

筆者が以前在籍していたとあるメーカーは、どちらかといえば伝統的な日本企業のカラーがつよい会社だった。筆者が中途採用で入社するころには、すでに外国企業が大株主になっており、情報システム部門にもその外国企業から役員レベルの人材が、部門トップとして派遣されていた。

各グループにも数名、業務を支援するために外国人が送りこまれていたので、部長レベルの人たちだけでなく、担当者レベルの人たちまで、彼らと毎日のように英語でコミュニケーションせざるをえない状況におかれていたのだ。会話だけならまだ楽だったかもしれないが、作成する資料は原則として英語版が正、日本語版は必要な場合だけ作成するとなったため、毎日が英作文という状態だ。

それまで日本にある本社は、海外拠点でそれぞれ現地のスタッフが構築する情報システムについては、ほとんどコントロールしていなかった。欧米人が派遣されるようになってからは、全世界の拠点にある情報システムを本社で集中管理するという大方針がでたため、一転して日本人スタッフが海外拠点に対して、指導的な立場をとらなければならなくなった。

当時ならこういった状況は日本企業の中でも例外的だったが、2005年の商法改正後はそれほどめずらしいことではなくなるだろう。それまで日本語だけで、日本人だけで仕事ができていた職場に、ある日突然、外国人が現れる。そして英語ができなければ、文字どおり仕事ができない状態になる。

そうするとSEとして仕事をつづけられるかどうか、それとも今までまったく経験のない営業職などに異動させられてしまうか、その運命のわかれ道はまさに英語力ひとつにかかってくる。

オフショアリングや生産拠点の海外移転の場合であれば、相手になる外国人は欧米系とは限らないが、日本企業が買収される場合、相手はほとんどの場合、資本の力にものを言わせた欧米企業になる。

たとえ情報システム部門の完全統合までやらないにしても、さきほどの「ITガバナンス」など、社内の情報システムを世界共通のルールで管理していく動きはさけられない。欧米的な合理主義の観点に立てば、日本と欧米の拠点が異なるルールで情報システムを構築するなどということは考えられないからだ。

このように商法改正によって、SEが英語をつかわざるをえない場面はかならず増える。相手企業と英語でやりとりしたり、英語で資料を作成する必要が出てくるのはさけられない。当然のことながらこういう状況になった日本企業を支援する日本国内のシステム構築業者でも、英語が必要になってくる。

また、社内情報システム部門ではなく、事業部門で製品開発にたずさわっているようなSEについても、英語が必要になるケースは増えてくるだろう。とくに情報通信やバイオ、ナノテクなど先端技術の応用製品分野だ。開発費用を分担して軽減するために、日本企業と欧米企業が共同開発をおこなったり、製品化後に国際的なシェアを確保する布石として、技術提携するなどの動きがさかんになっている。

【教訓】会社のグローバル化で英語力がSEの命運をわけると心得よ

■ヨコならびの人材育成

SEが英語を使わざるを得ない場面が今後増加する条件がこれだけそろっているにもかかわらず、企業の人材育成はいまだにヨコならびになっていることが多いようだ。全社員一律でTOEICのスコアを上げようとするのは、考え方としても間違っているし、研修費用のムダづかいでしかない。

社員を育成する立場の人々が本当に考えるべきなのは、いかにして英語のできる社員とできない社員を差別化し、分業体制を確立するかであって、全社員の英語力をひとしなみに上げる努力をすることではない。

英語ができる社員はさらにサポートをして、本格的なビジネス上の交渉ができる高度な英語力にみがきをかけてもらう。他方、多少勉強してもらっても、せいぜいTOEICの点数が平均点より上がるかあがらないか、といったレベルの社員には、SEとしての本業のスキル開発に集中してもらう。

これこそ本来あるべきメリハリの効いた人材育成であり、全社員にTOEIC受験を義務づけるなどというのは、いまだに日本企業には「悪しき平等主義」が根強く残っているのかということになる。

全員のTOEICの点数を上げようというのは結果の平等でしかない。そんなことをしているヒマがあったら、その労力と費用をSEとして必要なシステム開発手法やプロジェクト管理手法など、別のスキルの育成のために投資すべきだ。すべてのSEに英語が必要なわけではない。この当たり前のことをあらためて認識するには、やはり「SEに英語はいらない」というスローガンをあえてかかげる必要があるのだ。

会社側が「この社員は英語力を伸ばそう」「あの社員に英語は必要はない」というぐあいに選別をはじめれば、「英語勝ち組」SEに残りたい人たちは、英語力をつけたいと思って、会社のサポートがなくても熱心に英語を勉強しはじめるだろう。社員に対する英語教育というのは、本来こういう考え方ですすめるべきものではないだろうか。

【教訓】全社員一律のTOEIC受験は悪しき「結果の平等」と心得よ

■それでもSEに英語はいらない?

本章では、今後SEにとって英語はますます欠くことのできないスキルになっていくという事実を確認した。業務系の社内SEだけでなく、製品開発系のSEや、それらを支援する立場のシステム構築業者で働くSEも例外ではない。今後英語が必要になってくる場面は増えこそすれ、絶対に減りはしない。各社でSEを育てる立場の管理職が、社員たちのTOEICのスコアに神経質になるのももっともだ。

会社の都合で英語が必要になる場合以外にも、個人的に英語力をのばそうと考えるSEも増えていく。というのは、外資系のIT関連企業やコンサルティング会社に転職して、年収の大幅アップをねらっているSEも少なくないからだ。キャリアアップのための英語力というのは、SEに限らず、すべての会社員にとって大きなテーマでありつづける。

「ホラ、やっぱり英語はさけて通れないじゃないか。SEに英語はいらないなんて大ウソだ。」ここまで読み進めると、そんな反論が聞こえてくるのも当然であるように思える。

しかし、「SEに英語はいらない」というタイトルにこめられたメッセージは、そんなところにはないのである。それを理解していただくにはまず、世間一般のSEが「英語」ということで何を思い描くかに注目する必要がある。本書でとりあげる「英語」と、一般的にSEが熱心に勉強しようとしている英語はほとんど別物なのだ。

まず一つ、たくさんの人が犯している間違いを正しておこう。ここまで「英語が必要な状況」をいくつかえがいてみたが、そんな状況におかれたとき、絶対に英語を使わなければいけないという考え方は間違っている。詳しくは後述するが、SEの本業はあくまでシステム構築であって、英語を使うことは余技にすぎない。

SEが英語の勉強のために時間をさかれて、新しい開発手法や業務知識の勉強を後まわしにしていたとすれば、本末転倒もはなはだしい。英語を使わなければいけない状況に置かれたとき、SEにとって優先すべきは、英語の勉強をすることではない。「まず英語の勉強をしなきゃ」という誘惑をたち切って、本業のスキルを維持できるかどうかという点がポイントなのだ。

後の部分で書くように、英語を避けようと思えば、避ける方法はいくらでもある。英語を避ける努力をしないまま、英語の勉強につき進むのは、SEとして時間の使い方を間違っている。だからこそ「SEに英語はいらない」という、一見逆説的なスローガンが必要になってくるのだ。

【教訓】本業のスキルアップを犠牲にした英語学習をするべからず


◆英語資料の衝撃

二週間後、始業時間に社長が40人の社員を集めて、外資系から転職してきたリーダを紹介した。外資系出身らしく、というのは健二の思いこみか知らないが、青のペンシルストライプのワイシャツをパリッと着こなして、ゴマ塩頭をさっぱり刈り上げている。同じ年代の管理職はうちの会社にもいるが、彼らの疲れた表情とは対照的に笑顔が精悍だ。

「はじめまして。増村と申します。いままで外資系でシステム開発のプロジェクト管理をやっていましたが、こちらADI情報システムで、パルマコンとの提携プロジェクトに参加させていただくことになりました」

こういう人はプロジェクトが終わったら、また別の会社にヘッドハンティングされたりするんだろうか、能力のある人はうらやましいねぇ、と健二は勝手な想像をしていた。

あいさつが終わると、そのまま社長はプロジェクトメンバーだけを会議室に集めた。健二の他は各部から中堅どころが一人ずつ参加している。業務システム部から参加している健二が男性では最年少で、社長を除いて全部で6人、女性は情報技術部の風間だけだ。社長自ら親会社の資料で説明することからすると、このプロジェクトはかなり重要らしい。

「社内ネットの掲示板などでご承知のように、親会社のアドレナリン工業がフランスのパルマコンと提携することになりました。提携の詳細については親会社から逐次連絡があると思いますので、そちらを見ておいてください」

増村リーダは会議室の椅子に浅めに腰かけてゆったりと脚を組んでいる。黒の革靴はよく磨かれて、腕組みしたその手首に光っているのはロレックスではないか。うちの会社に高給など出せるはずはないが、例外的に破格の報酬を示したのかもしれない。

「お配りした資料は親会社の経営企画部がパルマコンと合意した、今後の社内情報システムについての資料です」

健二はひとり口の中でパルコマン、パルマコンなどとくりかえしていた。耳慣れない外国語で、くりかえし練習しないとすんなり言えそうにない。資料には5年後までの社内システムのロードマップが描かれている。

「まず向こう一年間は両社の社内情報システムについて、ルールを共通化することが目標です。主な内容はシステム構築プロジェクトの進め方、ネットワークなどインフラ部分の技術の標準化です」

社長の話に先走って健二はページをめくり、言葉をなくした。

2ページめからはすべて英語になっていたのだ。IT用語は解読できても細かい字で書いてある説明文には分からない単語がたくさんある。これは困ったことになった。日本語の資料は作ってくれないということか。

「矢口君、いいですか」

「は、はいっ」

社長の説明を要約すると、一年間でルールの整備と、社内で使うIT製品や技術の標準ルールを決めた後、ネットワークや電子メールなどの情報基盤を先行して統合する。業務システムの統合はそれらと並行して、実現の可能性を検討していくということだ。

健二が気になったのは、ロードマップが5年間で区切られていることだ。フランスのパルコマン、じゃない、パルマコンという会社は最終的にうちの親会社を買収するのではないか。今回は資本提携ではなく単なる業務提携だが、ただの業務提携で情報システムを統合する話がいきなり出てくるだろうか。

(それにしてもこの英語の資料は...)

健二が周りのメンバーの顔色をそっとうかがうと、案の定、全員が額にうっすら冷や汗をかいて何度も資料を読み返している。余裕の表情は増村リーダだけ。

「第一回の会議は来週木曜日に予定されています」

いつの間にか増村リーダが社長から話をひきついでいる。

「それまでにメールで資料がとどくと思いますので目を通しておいてください」

「あの...」

物流システム部の川島が恐る恐る言い出した。背が低く小太りで、丸い顔に人のよさそうな笑顔を絶やさないが、今日ばかりは勝手が違うようだ。

「はい」

「日本語の資料はないんでしょうか」

「そうですね、相手方のパルマコンには日本語にしてもらうように頼んでいますが、英語の資料も覚悟して下さい。社長からは英語のできるメンバーを集めたとうかがっていますので」

増村は社長に向かってにこりと微笑み、社長はメンバーに向かってにこりと微笑み、メンバーは英語の資料に目をふせたまま笑顔をひきつらせた。

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