外国人の同僚が決して理解できないのが「自粛」の概念のようだ。動詞の形では「自粛する」と言われる。「する」は常に動詞を作るために使われる接尾辞だ。「自」は自分自身を意味し、「粛」は静かで厳かなことを意味する。「自粛」とはもともと自分自身を静かに保つという意味だ。しかし日本人の日常生活や、ビジネスライフでさえも幅広い含意を持つ。
例えば14年前に昭和天皇が崩御したとき、放送局はすべて自主的に音楽やバラエティー番組の放送を中止した。誰に命令されたわけでも、天皇が崩御した際にそれを禁ずる法律があるわけでもないが、大きな音楽や高い笑いを放送してはいけないと感じたのだ。当時、崩御の後一週間くらいは放送局の「自粛」のためにクラシック音楽しかラジオで聴けなかったことを思い出す。
「自粛」のもう一つの例はついニ、三日前に起こった。最大手TVショッピング会社が悪意の社内関係者によって顧客の個人情報が盗難・漏洩されたため、ニ、三か月事業を「自粛」すると発表した。顧客情報の漏洩がおそまつな情報保護対策のために起こったことは確かだが、なぜそれを命じる法律もないのに事業を停止する必要があるだろうか。「自粛」の目的はこの場合、潜在的な顧客全員、つまり日本人全員に対して、反省とおわびの気持ちを示すことにある。
さらにもう一つの事例も最近起こった。養鶏場のオーナーとその妻が、京都府に鶏インフルエンザを広めたということで責任をとって自殺したのだ。普通このような場合「自粛」ではなく「自殺」と呼ぶが、この種の自殺は「自粛」の一形態と考えてよい。「自殺」の「自」も「自粛」と同様、自分自身を意味し、「殺」は殺すことを意味する。この種の自殺は責任感を示すために自主的に生きることをやめたのだと解釈できる。鶏インフルエンザの流行を招いたからといって死刑に処せられるなどという法律はどこにもないからだ。したがってこの種の自殺は「自粛」のひとつの極端な例だ。
以上のように、日本的な「自粛」の考え方は常に、責任感、後悔、おわびの気持ちなどを示すために、「自主的に」何かをやめることに関係している。「自粛」の考え方で最も重要なのはその自主性だ。たとえ誰もそう命令せずとも、日本人はおわびや責任感を示すために自主的に何かを止める。この自主性は共同体の暗黙の法として日本人に深く根を下ろしている。日本人は明文化された規則という伝統を持たず、この文化的文脈はまだ一般の日本人を支配している。明文化された規則がないという事実は、悪いことをしてもすべての人が罰を受けずにすむということではない。何が悪いのかということの明確な規定がないので、何が罰せられるべきかの明確な規定もない。悪いことをしたときに、人はどれくらい厳しく罰せられるべきかの明確な規定もない。たとえ民法や刑法によって法的に処罰をうけた後でも、その人物はまだ匿名の人々による罰に苦しむ。逆に明文化された規則がないという事実を活用し、罰せられずに犯罪をくり返す人たちもいる。法律が書いてあるとおりに常に適用されるとは限らないという意味で、日本が法治国家であるとは言いがたい。
音楽番組やバラエティー番組をやめた第一の例では、放送局は自主的にやめた。「天皇の喪に服しているというのにどうしてこんなバカな番組を流せるんだ」という人々によって罰せられるのを恐れたためだ。TVショッピング会社の第二の例では、やはり自主的に事業を中止した。「個人情報を漏らしたことで顧客に害を与えているのに、どうして事業を続けられるんだ」という潜在的な顧客から罰せられることを恐れていたからだ。もっとも悲惨な第三の例では、オーナーとその妻は「鶏肉消費者の生命を危機にさらしておいてどうして生き続けられるんだ」という人々から罰せられることを恐れていたのだ。したがって他人に罰せられる前に、彼らは自分で自分を処罰した。それは日本社会から排除されることで受ける損害を最小限にとどめるためなのだ。
このような「自粛」という現象は当然、個々の日本企業の中でも起こる。日本企業もまた一つの小さな日本人社会であり、暗黙の法に縛られているからだ。日本企業が困難な状況にあり、費用削減を強いられたとき、全社員が財務部門からの強力な指導がなくても自主的に費用削減に動く。未消費の予算がある場合でさえ、できるだけ使わないまま残そうとする。社員は自主的に重要なプロジェクトに集中し、その他のプロジェクトには手を抜くことでフェイドアウトするように仕向ける。これら自主的な優先順位づけと費用削減によって、会社全体は悪い状況からすばやく回復することができる。日本人にとって、企業が困難な状況にあるときに、予算制限まで現金を使い続けることは完全にバカげたことなのだ。ある部門が会社の困難な状況を知りながら金を使い続けたとしたら、日本人は普通その部門のことを自己中心的で狂っていると考えるだろう。
日本人社員がそのような自主的な費用削減によって、計画された予算比で出費を現に減らすことに成功した場合、会社の業績を改善させるための自主的な努力を誇りに思う。日本人は常にお役所を非難するが、それは年度末に予算の残りを消化しようといっせいに金を使い始めるからだ。主に小さな道路工事をでっち上げて、道路に穴を開け始める。この種の行動は典型的な官僚主義的非効率性と考えられている。もし現金を消費するようなプロジェクトが一つもないなら、その部分の予算は未消費のままにするべきなのだ。その金はわれわれの税金だからである。同じことが日本企業の各部門の予算についてもいえる。日本人は使わずにすまされる現金を使うことを論理的に間違っており、倫理的に悪いことだと考える。使わずにすまされるなら、日本人は使わない。予算の残りを消費するために理由をでっちあげるなど、バカの考えることである。
ビジネスの場でさえ日本人は、会社全体の困難に対して出費の「自粛」などの行動で自主的に反応する。そしてこの種の「自粛」は日本人にとって倫理的に正しいことなのだ。日本人の「自粛」行動を変えることはできない。なぜならこれは、合理性や効率性、効果性の問題ではなく、倫理の問題だからだ。会社全体の困難な状況にもかかわらず日本人社員に予算の残りを使えと命令することは、犯罪を犯せということに似ている。日本人社員のこの「自粛」行動を変えるためには、日本人の倫理観を完全に変える必要があるだろう。こんなことは当然不可能だ。最善の方法は日本人の「自粛」行動を逆手に取ることだ。この「自粛」行動は適切に理解され、制御されさえすれば、経営層に対する社員の自発的で強力な支援に転じることができる。日本人の「自粛」行動を直裁に批判することは、日本人社会から排除され、日本人の信頼を失うことにつながる第一歩である。
As you see, the Japanese concept of 'jishuku' is always related to stopping something voluntarily for the purpose of showing the feelings of responsibility, regret and apology, etc… The most important part of the concept of 'jishuku' is its voluntariness. Even when nobody orders it, Japanese voluntarily stop something for expressing the feelings of excuse or responsibility. This voluntariness is deep-rooted in Japanese as an implicit law of community. Japanese had no tradition of writing down the rules explicitly and this cultural context still governs most of ordinary Japanese. The fact that there is no explicit rule doesn't mean that everybody is free from punishment even if having done a bad thing. No clear definition of what is bad leads to no clear definition of what should be punished and no clear definition of how severely people should be punished when they do a bad thing. Even after legally punished by Civil Code or Criminal Code, the person still suffers from the punishment by anonymous people. On the contrary, other people take advantage of the fact that there is no explicit rule and repeat committing crimes without being punished. It is difficult to say that Japan is a law-abiding country in the sense that the laws are not always applied just as they are written.