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![]() さまざまな旋律 ( 19980201 ) 岩波新書の新刊『日韓音楽ノート---越境する旅人の歌を追って---』を読んでみた。 筆者の姜信子は1961年生まれ、東京大学法学部卒業後、広告会社在籍中の1986年に発表したエッセー集『ごく普通の在日韓国人』で、第二回ノンフィクション朝日ジャーナル賞を受賞。その後、フリーライターとして活躍している、在日韓国人三世である。 『ごく普通の在日韓国人』については、去年の秋、朝日文庫で読んでいたが、その彼女が音楽を通じて韓国と日本の関係を考えたエッセーということで、手にとってみた。 在日韓国人の書いた本を何冊か読むなかで、ひとくちに在日と言ってもさまざまな考えの人がいることを知った。在日という言葉でくくられるのを嫌う人もいるだろうし、逆に韓国人としてのルーツを大事にする人もいるだろう。 姜信子は「身世打鈴」的な民族意識に違和感をいだき、排外的な民族主義を慎重にしりぞけ、民族や国家といったものよりも、あくまで個人のアイデンティティーを信頼する立場に立っている。 そんな彼女は『日韓音楽ノート』においても当然、かんたんに韓国大衆歌謡に自分のルーツを見出したりはしない。彼女の自己認識は、この本のサブタイトルにもあるように、徹底して「越境者」としての意識、永遠にルーツを失われたものとして、日本人でもなく、韓国人でもないものとしての意識である。 このページの別項で紹介した、韓国ニューウェーブの幕開けとなった映画『風吹く良き日』。そのラスト、主人公の青年が断崖から自転車で投身自殺するシーンで印象的につかわれている「鯨とり」という韓国フォークをはじめて耳にした筆者は、「長い記憶喪失から不意に目覚めたような感覚におそわれ」、韓国と日本をつなぐ歌を求めて韓国に旅立つ。 日本で知られている韓国の音楽といえば、チョ・ヨンピルをはじめとする演歌歌手の曲。「釜山港へ帰れ」「カスマプゲ」などなど。他には、ダウンタウンが番組のエンディングテーマとして歌った、消防車(ソバンジャ)の「オジャパメ・イヤギ」(日本では「オジャパメン」として発売された)。また、少し前に、電気グルーブが紹介して話題になったポンチャック。 姜信子の『日韓音楽ノート』を読んではじめて知ったのは、多くの日本人が韓国音楽の代表と思っている演歌や、電気グルーブの紹介したポンチャックは、韓国の音楽の半分でしかないことだ。 この本の6章以降に記されているが、韓国の戦後のポピュラーソングは、「大衆歌謡」と「民衆歌謡」の2つに大きくわけられるという。そのうち僕ら日本人が知っているのは「大衆歌謡」の側面だけである。 その理由は、つい最近、1996年まで韓国には音楽に対する検閲があり、日本の音楽はもちろん、反体制のニュアンスをもつありとあらゆる音楽が禁じられてきた。チョ・ヨンピルの演歌や、「漢江の奇蹟」といわれた高度経済成長期に、国民の士気を高めるために奨励されたポンチャックは、体制によって擁護されたがわの音楽、つまり「大衆歌謡」なのだ。 日本人の知らないもう半分、つまり「民衆歌謡」の方は、日本やアメリカのフォークソングと同じように、学生の間から反戦運動と連動して生まれたが、徹底した政府による弾圧のために、忘れられてしまう。 だから、「演歌のルーツは韓国だ」といって、日韓親善の気持ちを取り結ぼうとするのは、まったくの勘違いということになる。「大衆歌謡」を語るにしても、「民衆歌謡」を語るにしても、そこから政治的な含み(もちろんその中には反日感情もある)から自由であることはできないのだ。 日本ではアリランのメロディーとともに登場して、バリバリの演歌を歌うチョ・ヨンピルが、韓国ではロックを歌うという事実も、「演歌で日韓親善」的な発想のおめでたさを裏づける。 60年代に生まれたフォークが、70年代にニューミュージックへと自然に商業システム化されていった日本とはまったく違う事情が、韓国の戦後の音楽界にはあったということだ。 その経過については『日韓音楽ノート』を当たっていただくとして、印象に残った姜信子のことばを引用したい。それは、巻末で、彼女がかつての韓国フォーク界のスター、政府によるアルバムの発禁処分などから今はアメリカに住んでいる韓大洙(ハンデス)にあてた手紙に書いている文章だ。 「みんな」という仲間意識を支え、「場」に求心力を与える言葉に、人は安住しがちです。「みんな」とともにあるうちに、そこにある求心力に無感覚になっていくものです。だからこそ、求心力にのみこまれまいという意志を持つ、個の言葉が必要だと感じるのです。 本書の中で、彼女は音楽がイデオロギーの道具だった時代を深く嫌悪している。音楽は、それが演歌であれ、ロックであれ、フォークであれ、個人の内からあふれ出るものであるはずだ。彼女はそう主張する。 それは彼女が差別にたいして取る戦略ともつながっている。ひとりの在日韓国人として受ける差別に、民族意識で対抗するのは不毛な戦いにしかならない、という認識である。むしろ、さまざまな民族の個性が、それぞれに差異をもったまま響き合う、そのようなポリフォニックな世界こそが、彼女の追い求める世界に近い。 同じく、韓大洙への手紙からの引用。韓国のサムルノリとオーストラリアのジャズグループ・レッドサンが共演したアルバム「乱場」についての彼女のコメントから。 ここにあるのは、複数の声、複数の歌、複数のリズムが同時に響く創造空間としての「乱場」です。ここで語られている伝統とは、過去の遺物としての閉ざされた伝統ではなく、創造の出発点としての伝統です。ここでは、出会いをかさね、より多くの異なる声、歌、リズムが入り乱れるほどに、ほかにはない新しい何かがつぎつぎ生まれ出るのです。 確固たるアイデンティティーを見つけだすことが重要なのではなく、むしろ自分とは異質なものと出会いつづけ、自分が自分でなくなるような体験を重ねること。それがほんとうに大切なことなのだ。 サラリーマンである今、大学時代に比べて「異質なものとの出会い」がいかに減ってしまったか。そういう僕にとって、このような本そのものが実り多い「異質なものとの出会い」になっている。
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