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![]() 系列文化の終焉 ( 19990316 ) 日本企業の1998年度決算予想が出そろったところで、早速Business Week国際版1999年3月15日号が『三菱:系列の凋落』という特集を組んだ。ことあるごとに三菱は日本企業の、どちらかと言えば悪い面の象徴であるかのように取り上げられがちなので、他人事ながらご同情申し上げる。 ポイントを一言でいうと「三菱グループは解体しつつある」ということだ。ただこれは三菱グループに限ったことではない。芙蓉グループの日産もルノーにすがらざるを得なかったくらいで、三井、住友など、どこでも事情は同じだろう。 記事にとくに目新しい論点はなかった。ROEの低さは三菱グループに限ったことではなく日本企業共通の特徴だし、日興證券の「裏切り」など最近の三菱グループの解体ぶりを示すおなじみのエピソードが紹介されているのも食傷気味。そして、三菱グループの経営者たちは、改革の意思はあるが具体的な方策がないなど、これも日本の政治家批判でもよく聞かれる紋切り型だ。 そう思って読んでいたら、3月14日の日本経済新聞・産業面にまったく同じ趣旨の記事が掲載されていた。「進む『スリーダイヤ』の解体」というタイトルで、こちらの方がコンパクトにまとまっている。 東京三菱銀行が大手銀行の中で唯一公的資金導入の要請をしなかったのは、グループ企業をあてにしていたからだが、三菱重工は増資引き受けをことわったという。三菱は「困ったときはおたがいさま」という伝統らしいので、これまでグループ企業に安い資本を提供してきた東京三菱は、自分が困ったときには逆に助けてもらえると期待していたのだろう。 また、1984年には米ゲッティ石油が三菱石油の株を売却したとき、グループで全株を引き受けて危機を救い、結束力の強さを示したというが、その三菱石油も今春、日本石油に事実上救済合併されるらしい。三菱自動車の再建問題についてもグループは三菱重工がリードすることを期待していたが、そもそも三菱重工にその余力がないようだ。 ....などなど、三菱グループは名前が同じというだけで、もはやグループとしての「強み」を発揮できる状態ではなくなっている。考えてみれば、これは今まで特殊だったものがノーマルになったというだけのことだ。「三菱の凋落」というより、いよいよこれから本当の競争が始まるということであって、問題があったとすれば、景気の悪化を待たずにグループ解体を自らの手で進めることができなかったということだろう。 グループが解体しつつあるのは他の系列もまったく同じこと。グループに依存せずに個々の企業がどれだけ競争力を維持できるか、これからが本番だ。 そのときいちばんネックになってくるのは、系列の思想を社内に持ち込まずに済むかどうかという点だろう。これまでグループに依存してきた企業は「困ったときはおたがいさま」という系列的な発想を、社内の事業部間の関係に持ち込んでしまうおそれが十分にある。 最悪のパターンは、業績のいい事業部で稼いだ金を業績の悪い他の事業部につぎこみ、わざわざ会社全体として資金効率を悪くするというもの。「愛社精神」という美名の下にこの手の経営を推し進めてしまう大企業は、一見「相互扶助」しているようでいて、実は足の引っ張り合いをしているということになりかねない(もっともそこまで資金的に余裕のある大企業は少ないだろうが)。 これまで系列内で「おたがいさま」精神でやってきた日本企業だからこそ、口すっぱく「分社化」や「集中と選択」ということが言われているのだ。旧財閥系の大企業に求められているのは、一つひとつの会社の内部で旧来の「おたがいさま」意識を払拭することだろう。そうでなければ、いつまでもグループの幻影を夢見たまま、今度は一つの会社の中の事業部間で同じ過ちを繰り返すことになりかねない。 無断転載禁止
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