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文化的二重拘束状況
Cultural Double-bind Situation ( 20040403 )

Japanese/English

今日の主題は矛盾したメッセージのもつ負の影響と上司・部下の意思疎通における二重拘束だ。この試論はグレゴリー・ベイトソン氏『精神の生態学』から分析道具を借りているが、この分析を行ったのは氏の理論の適切さを証明するためではなく、われわれが遭遇する可能性のある困難なビジネス上の状況をよりよく理解するためである。西洋人上司と日本人部下の関係を例として採用する。簡潔さを期すため、この西洋人上司は以下単に「上司」、日本人部下は「部下」と呼ぶ。この試論はこの組み合わせが二重拘束の状況を生み出す可能性があることを示す。

最初に上司が絶えず矛盾したメッセージを部下に送っている様を記述したいと思う。「矛盾したメッセージ」とは彼が言っていることと彼が実際にしていることの間の矛盾を意味している。つまり上司の言葉と行動の矛盾である。以下の4つの場合がこの矛盾の事例だ。

1. 上司は日本人の高文脈な意思疎通の理解に困難を感じている。高文脈とはほとんどの情報が実際に話されたことの背後に暗黙のうちに隠されているような意思疎通の様式のことだ。上司は誤解を避けるために、日本人部下に対して低文脈の意思疎通を繰り返し求めている。低文脈とはほとんどの情報が言葉に出して話されるような意思疎通の様式のことだ。しかし上司は職場で話しているときに、洗練された隠喩と複雑な冗談をよく使う。彼はふつう隠喩をそうと示さずに使い、冗談をそうと示さずに使う。隠喩や冗談は聞き手がそれを文字通りに理解しない場合に限って隠喩や冗談になる。例えば上司が情報システムの脆弱性と自宅の扉の鍵の隠喩を使って説明するとき、聞き手が文字通り上司が自宅の壊れた扉の鍵のことを心配しているのだと理解すれば、この隠喩は隠喩として機能しなくなる。聞き手は彼の言葉を文字通り理解してはならず、適切な文脈を探すことで注意深く解釈する必要がある。この場合の文脈とは「このメッセージは隠喩にすぎない」というメッセージのことだ。例えば彼が会議室の中で「今私たちは砂浜に寝転がっている」と言うとき、聞き手は同様に適切な文脈を探し出す必要がある。この場合の文脈は「これは単なる冗談だ」というメッセージである。適切な文脈によって聞き手は彼の言葉を「今私たちは気楽な雰囲気にある」という意味に解釈することができる。

上司の駆使する隠喩と冗談は日本人部下にとって隠喩や冗談と識別することが難しい。これには二つの理由がある。最初の理由は上司の隠喩と冗談が日本人のそれとは異なった文脈を持つことだ。周知のように日本人はときに米国の冗談を理解するのに困難を感じる。同じことが逆の場合にも言える。これは冗談の文脈が日本と米国ではまったく異なるためだ。隠喩と冗談は国民、人種、宗教など文化的な文脈に強く依存している。第二の理由は上司の隠喩と冗談が洗練されすぎていること、言い換えれば、教養ある知識人にしか理解できないことだ。日本人部下が上司と話していると、十分毎に「この奇妙な文で彼はいったい本当は何が言いたいのだろうか」と自問せざるを得ない。上司の隠喩と冗談は、それらが隠喩であり冗談であると事前に示されることがほとんどない。隠喩と冗談を自在に操ることで上司は暗黙のうちに次のようなメッセージを送り続けている。「私の言葉を文字通りに理解するな」。われわれはこの暗黙のメッセージをメタメッセージと呼ぶことができる。なぜならこの暗黙のメッセージはメッセージについてのメッセージだからだ。上司は暗黙のうちに彼自身のメッセージについて注釈を付けているのだ。彼は日本人部下に文脈非依存の、つまり低文脈な意思疎通を求めているにもかかわらず、彼自身は文脈依存の意思疎通、つまり隠喩と冗談に強い嗜好を持っている。彼の暗黙のメッセージ(「文字通りの意思疎通をしよう」)は彼の暗黙のメッセージ(「私を文字通りに理解するな」)と明確に矛盾している。これが彼の矛盾したメッセージの第一の事例である。

2. 上司は部下に創造的であることを求めている。何故なら創造性こそが仕事に付加価値を与える主な源泉だからだ。しかし部下が自分の仕事の結果にコメントを求めたとき、上司は部下にコメントを与え過ぎる。「仕事を改善するあらゆる機会を探すべきだ」と言うことで上司が大量のコメントを正当化しても、上司の要求は部下の創造性を凌駕している。上司はコメントを付け過ぎることによって、暗黙のうちに以下のようなメッセージを送り続けていることになる。「あなたはあなたの仕事の結果を始めから私の要求に合わせておくべきだった」。たとえ上司が実際には部下の創造性を育成したいと思っていてもだ。この暗黙のメッセージもまた上司のメタメッセージである。彼の明示的なメッセージ(「創造的であれ」)に対して、上司は暗黙のメッセージ(「迎合的であれ」)を付け加えている。彼のメッセージとメタメッセージは相互に矛盾している。

3. 上司は部下に対してよく自分の脚で立つ、つまり独立心を持つように求める。しかし上司は部下の会議に参加する、彼らが机で仕事中に話しかける、将来の仕事を思い出させることで彼らに介入するなど、可能な限り頻繁に部下を助けようとする。介入し過ぎることによって、上司は暗黙のうちに「私はあなたを制御している」というメッセージを送り続けている。このメッセージもまたメタメッセージである。彼のメッセージ(「独立心をもて」)は彼のメタメッセージ(「あなたは制御されている」)と明確に矛盾している。

4. 上司は目標管理制度の過程で目標を立てる場合、部下に対して可能な限り目標を低く設定するよう求める。上司は目標について管理者層と交渉するとき、それが適切な戦術であると言いたいのだ。管理者層は当然目標を可能な限り高く設定させようとする。したがって部下にとって管理者層との交渉の最初には、可能な限り目標を低く設定することが良い戦術だろう。しかしながら毎日のビジネスでは、部下の結果の品質に関する上司の期待値は、部下の期待値より非常に高い。部下に対して高すぎる品質を期待することで、上司は暗黙のうちに以下のようなメッセージを送り続けている。「あなたは目標をより高く設定しなければならない」。このメッセージもまたメタメッセージである。彼のメッセージ(「目標をより低く」)は彼のメタメッセージ(「目標をより高く」)と明確に矛盾している。

われわれは上司のメッセージとメタメッセージの矛盾について四つの事例を記述した。上司は明示的なメッセージに対して矛盾した暗黙の注釈を与えている。彼のしていることは彼の言っていることと矛盾している。そしてこれらの矛盾の帰結を考えると、面白いことが見出せる。メッセージとメタメッセージの第一の矛盾において、部下は上司の隠喩と冗談にある隠された意味を見つけ出そうとするが、上司自身が自分の言葉の隠された意味を否定しているために常に失敗する。第二の矛盾において、部下は上司の要求に合わせ、上司の求めるものに合わせようとする。しかし「私を文字通り理解しなさい」と「私を文字通り理解するな」という第一の矛盾によって通常上司を理解することに失敗するために、上司の要求を正確に理解することができない。これは第一の矛盾によって、部下は第二の矛盾を解決できなくなっていることを意味する。第一の矛盾が上司を正確に理解する妨げになっている限り、第二の矛盾において部下は上司に合わせるように要求されているにもかかわらず、合わせることができない。第三の矛盾においても、第一の矛盾によって上司の意図を正確に理解することが禁じられているため、部下は上司の制御に従うことができない。ここで記述したように、矛盾は相互に関連しており、互いに強めあっている。ある意味でこれは当然だ。正の数に対して常に負の数を掛け、負の数に対しては常に正の数を掛けているようなものだからだ。矛盾しかないところに解説策は生まれない。

しかしまったく解決策がないとは考えない。二つの選択肢が容易に頭に浮かぶ。(i)上司の言っていることを行動にあわせるか、(ii)上司の行動を言っていることにあわせることだ。仮に(i)の解決策をとったときどうなるか考えてみよう。第一の矛盾に関しては、上司は日本人部下に低文脈の意思疎通を行うよう求めるのをやめ、高文脈な意思疎通を部下とともに楽しむことになる。楽しい高文脈と引き換えに、上司も部下もつねに誤解される可能性を受け入れなければならない。これは私生活で外国人と日本人が気軽な関係を持つ場合は受け入れられるだろうが、職場では非常に難しい。ビジネスの目的は人はできるだけ正確にお互いを理解する必要がある。第二の矛盾に関しては、上司は部下に創造的であることを求めるのをやめ、自分が最も創造的な人物であることを認めることになる。第三の矛盾に関しては、上司は部下に独立心を二度と求めず、彼の指示に部下が依存するのを受け入れることになる。しかし上司の負荷は有限であり、これも上司にとっては困難だ。第四の矛盾に関しては、上司は部下に最初から目標を高く設定することを求めることになる。これは最初の三つの矛盾の場合に比べるとそれほど奇異に響かない。

おそらく(ii)の解決策の方が現実的だろう。第一の矛盾に関しては、上司は文脈依存の意思疎通(隠喩と冗談)をやめるか、前もって冗談や隠喩であることを示すことになる。このような意思疎通は単調なものになるだろうが、絶えず誤解が生じるよりははるかに良い。第二の矛盾に関しては、上司は部下の仕事の結果についての注釈を最小限にとどめ、彼らの貧困な想像性に我慢することになる。第三の矛盾に関しては、部下に対する制御を最小限にし、彼らの自由意志による失敗の責任を引き受ける必要があるだろう。第四の矛盾に関しては、上司は最初から部下の目標を非常に高く設定させることになる。

これら二つの解決策は部下ではなく上司が変わる必要があると仮定している。もちろん部下に変わることを要求する別の解決策がある。この第三の解決策を以下のように定式化したい。(iii)部下の相互作用のパターンを「相補的なもの」から「対称的なもの」に変更する。上司に対して日本人部下がどのように反応するかを見ると、常に同じパターンが見出せる。上司の文脈依存の言葉(隠喩と冗談)に対して、部下は懸命に深く解釈しようとする。仕事の結果に対する上司の多すぎるコメントに対して、部下はそのコメントを懸命に実現しようとする。上司の多すぎる介入に対して、部下は彼の指示に懸命に従おうとする。上司の高すぎる品質への期待に対して、部下は期待水準に懸命に達しようとする。部下は常に謎に対しては解釈で、要求に対しては適応で、制御に対しては服従で、期待に対してはそれに答えようとする。この種の相互作用のパターンは「相補的」と呼ばれる。日本人は上司との関係において相補的に相互作用を行う傾向にあると言える。仮に部下が相互作用のパターンを相補的なものから対称的なものに変えたとすると、部下は冗談に対しては冗談で、要求に対しては要求で、制御に対しては制御で、期待に対しては期待で答えることになるだろう。実際に西洋人どうしの意思疎通においては対称的な相互作用をよく観察する。

上司の明示的なメッセージが暗黙のメタメッセージと矛盾しているように見えるとすれば、それは部下が常に上司のメッセージに相補的に反応するからである。言語の水準のメッセージが、非言語的水準のメッセージと矛盾するのはよくあることだ。上司の言葉と行動の間の矛盾も誰もがある程度は持っている個人的な短所と見なされるべきだろう。しかしわれわれの場合、上司は部下に対して暗黙のうちに対称的に反応することを期待しているにもかかわらず、部下は自分の文化的背景に従って相補的に反応している。上司の期待が部下の文化的背景と食い違っているために、上司の言葉と行動の差異が鋭い矛盾になってしまうのだ。日本人部下にとって上司の明示的なメッセージはつねに従うべき規範として機能する。同時に上司の暗黙のメッセージもまた規範として機能する。なぜなら日本文化においては上司の言葉だけでなくその行動も規範になりうるからだ。日本文化において規則や規範は言葉で明示的に表現されるとは限らない。場合によっては上司が行動で示す暗黙の規則や規範が、上司の明示的な意思疎通による指示よりも重要でさえある。逆に西洋人は明示的な規則や規範により多くの力点を置き、人はよく言葉による規範とは違う行動をとるものだと仮定しているように見える。西洋人は書かれた言葉の安定性は、当然行動の不安定性よりも規範として適切であると考えているようだ。それに対して日本人は言葉とまったく同程度に行動も規範となるのにふさわしいと考えている。

The metaphors and jokes of which the boss makes full use are difficult for Japanese subordinates to recognize as metaphors and jokes. There are two reasons for that. The first reason is that the boss's metaphors and jokes have different context from that of Japanese. As you know, Japanese people sometimes feel difficulties in understanding American jokes and vice versa. This is because the context of jokes is completely different in Japan from in the United States. The metaphors and jokes are strongly dependent upon the cultural context of each nation, race, religion etc… The second reason is that the metaphors and jokes of the boss are simply too sophisticated, in other words, understandable only for polished and intellectual people. When Japanese subordinates talk with the boss, they have to ask themselves every 10 minutes, "What on earth does he really mean by this strange sentence?" His metaphors and jokes are seldom explicitly indicated in advance that they are as such. By commanding metaphors and jokes frequently, the boss implicitly continues sending the following message, "Don't understand my words literally". We can call this implicit message a meta-message because this implicit message is the message about message. He implicitly comments on his own messages. He asks Japanese subordinates to conduct the context-independent communication, i.e. 'low-context' communication, although he has strong preference for context-dependent communication, i.e. metaphors and jokes. His implicit message ("Let's communicate literally") is clearly contradictory with his meta-message ("Don't understand me literally"). This is the first example of his contradictory messages.

3. The boss often asks the subordinates to stand their own legs, to be independent. However, the boss tries to help the subordinates as frequently as possible by participating the meetings of the subordinates, talking to them while they are working at the desk, intervening them by make them remember the future tasks, etc… By making too much intervention, the boss implicitly continue sending the message, "I control you". This message is also a meta-message. His message ("Be independent") is clearly contradictory with his meta-message ("You are under control").