homeup mail to
sub title

企業の成長とITの成長
( 20050821 )

Japanese/English

企業規模の拡大にあわせて、社内情報システムのマネジメント方法も変えていく必要があるというのは、さまざまな規模の企業に情報システムを導入したことのあるIT技術者であれば、ほぼ自明の論理だと思う。しかし経営層も含め、利用者部門でこれを理解できている人がどれくらいいるかというと、意思決定において重要な立場にある人ほど、あまり深く考えたことがないようだ、ということが、経験的事実からわかる。

しかも、単に「変えていく必要がある」ということが自明なだけでなく、「どう変えていくべきか」という内容のレベルにいたっても、ほとんど定石のような成長シナリオを描くことができる。決まりきったシナリオがあるのだから、逆に経営者たちは将来の社内ITのマネジメント方法について、それほど思い悩むことはないはずなのだ。自社の規模拡大に合わせて、定石にしたがって毎年、毎年、適切なITマネジメント策を実施していけばよく、業者や製品の選定など、具体的なことだけを社内IT部門に任せればいい。

ではその定石の成長シナリオとはどんなものか。内容はいたってシンプルである。

できたばかりの会社では、総務・経理・人事のような間接業務から、受発注・販売・顧客管理のような直接業務まで、ほとんどのデータがマイクロソフト・エクセルのような表計算ソフトで管理される。そしてその結果作成されたファイルは、ファイルサーバで共有される。これが社内ITマネジメントの「幼児期」だ。自分で自分のマネジメントをする必要もない段階である。

次に、売上高の拡大とともにデータ件数が増加し、さすがに表計算ソフトだけでは管理できなくなってくる。これを社内ITマネジメントの「少年期」と仮に呼んでおこう。

この「少年期」において、間接業務の方はマイクロソフト・アクセスのような個人用のデータベースか、一台のパソコン上で孤立して動作する、いわゆるスタンドアローン型のパッケージソフトウェアに置き換わる。中小企業の場合、間接業務においてデータを入力・更新する社員は1名か2名に限られるので、個人用データベースや、スタンドアローン型のパッケージで十分なのだ。

しかし、直接業務はそうも言っていられなくなる。成長期の企業の売上高の拡大は、インターネットだけでサービスを提供できるITベンチャーなどの例外を除いて、ほとんどの場合、直接業務にたずさわる社員数、つまり営業部員の単純な増加による。つまり業務の効率化などやる余裕もなく、物理的な組織(営業部員数や店舗数)の拡大が売上高を押し上げるわけだ。

すると、直接業務で発生するデータについては、入力・更新をおこなう社員数がどんどん増えていくことになり、表計算ソフトはおろか、個人用データベースや、スタンドアローン型パッケージでも対応できなくなる。このとき、成長企業が社内ITマネジメントの最初のハードルにつきあたることになる。

この「少年期」のハードルを乗り越えるのには、いくつかの方法がある。一つはシステムを社内で開発する「内製法」だ。もちろん社外の業者から技術的な支援を受けることはあるが、社員みずからシステムの設計やプログラムの開発にもたずさわる。

ただ、この「内製法」は、今から十年以上前、業務システムと言えばまだホストコンピュータやオフィスコンピュータが主流の時代に「少年期」を迎えた企業なら、とることができた方法だ。現在のようなオープンシステムの時代になって以降、「内製法」で「少年期」を乗り切ることができる企業は少ない。というのは、オープンシステムはシステム構築の際に、プログラミング言語をただ学べばいいというのではなく、OS(基本システム)の知識、データベースの知識、ネットワークの知識を幅広く持っていないと、正しく動くシステムを構築できない。システムのオープン化のために、素人はシステム構築にうっかり手が出せなくなってしまったと言える。

「内製法」の長所は、社内にシステムの中身についての知識が蓄積されるということだ。構築が終わって運用段階に入った後も、構築にたずさわった社員が辞めない限り、システムの中身をよく知っている人たちがそのままシステムを運用することができる。したがってシステムは意外に安定して稼動し続ける。

もう一つの長所は、社内の業務をいちばんよく知っている自社の社員がシステムを構築することで、自社に必要な機能をひじょうにきめ細かくシステムに織り込むことができることである。

「内製法」の短所はいうまでもなく、構築にたずさわった社員が辞めてしまうと、システムが完全にブラックボックス化すること。たとえその社員が辞めなくても、非常に俗人的なシステム運用体制になってしまうこと。結果として、そう簡単にそのシステムを手放せなくなり、ITの進歩から取り残され、利用者にとって少しずつ使い勝手の悪いシステムへと年老いてしまうことだ。

「内製法」をとる企業の特徴としては、業界1位、2位であること(要は先発組であること)、資金的な余裕があること、オーナー社長による経営であること、などがある。

もう一つ、「少年期」のハードルを乗り越えるのに中小企業がとる方法は、自社の業界に一定のノウハウをもつ、無名の中小業者にシステム構築を依頼する方法だ。ここではこの方法を「業界法」と呼んでおく。というのは、この方法はシステム構築・運用そのものの能力よりも、業界ノウハウの有無で業者を選定するという考え方に立っているからだ。

この「業界法」でシステム構築をおこなう中小のIT業者は、業界向けパッケージを持っている場合もあるし、持っていない場合もある。しかし、この差は発注する側にとってそれほど大きくはない。「業界法」を選択する中小企業が、業者選定においてなぜITのレベルより業界ノウハウを優先させるかを考えればわかる。「業界法」を選択する中小企業が業界ノウハウを優先させるのは、パッケージに自社の業務を合わせる考えが弱いからだ。

業界ノウハウをもつ業者を選択するのは、自社内の業務フローについて基本的な理解を持っている上で、さらに自社独自の機能をシステムに盛り込んでもらいたいがためである。したがって業者がパッケージを持っているかどうかは、発注側にとって二次的な問題である。

そして「業界法」を選択した中小企業には、ある共通点がある。それは同業他社と比較して、自社が独自の強みを持っていると考えている点だ。仮に独自の強みなどないと考えているのであれば、パッケージをカスタマイズなしで導入するだろう。それに、業界ノウハウの有無を優先させた業者選定などやらないだろう。

しかし逆の言い方をすれば、「業界法」をとる企業は、独自の強みを意識しなければ同業他社と競争できない立場にあるとも言える。つまり「内製法」をとる企業が業界の先発組であるのに対し、「業界法」をとる企業は業界の後発組であり、上位にある企業を追いかける立場だということである。

「業界法」の長所は、短期間で、比較的安価に、思ったとおりの業務システムを構築できるということだ。逆に短所は、構築を依頼した業者の能力不足のために、後々になってシステム運用に重大な課題を残す確率が高いことである。

おそらく「業界法」を選択したがゆえに、後々システム運用で苦しんでいる、業界3位以下の企業というのは少なくない。今、業界で3位以下の成長企業があるとすれば、長期的な視点に立って、勇気をもって「業界法」を選択しないというのが正しい方法だろう。「業界法」をとったためにシステム運用の問題で苦しんでいる企業を、僕は今までのたった10年のSE歴で2社も知っている。そこから考えて「業界法」を選択している企業は決して少数派ではない。多くの成長企業が同じように「業界法」で業者選定をしてしまっているに違いないのだ。

「少年期」のハードルを乗り越えるのに中小企業がとる方法として、最後にあげるのが「システム法」である。業務要件を提供するのは自社、システムを構築するのは業者という風に、要件の設計とシステム構築部分をはっきりと分割して、システム構築部分は運用段階まで安心して任せられる業者を選定する方式である。

必然的に業者選定は、大手システム構築業者の関連会社や、中堅のシステム構築業者の中からおこなわれることになる。業者選定で重視されるのは、業界ノウハウよりも、運用・保守体制の充実度や、システムに関する技術力である。

当然「業界法」のように無名の業者を選択するわけではないので、構築コストは「内製法」「業界法」「システム法」の中で最も高くなる。その代わり、後々システム運用の問題に苦しむ確立は、他の方法に比べてもっとも低くなる。「システム法」を選択する中小企業の特徴として考えられるのは、経営者が大企業出身である場合、大企業の関連会社である場合などだ。中堅以上の規模の企業で、利用者の立場としてシステム構築にたずさわった経験のある経営者なら、「システム法」以外の方法をとることを許さない可能性が高いからだ。

成長過程の中小企業が「少年期」に3つの方法のうちどれをとるかで、「青年期」の社内ITマネジメントの姿は変わってくる。

「内製法」を選択した企業は、「青年期」になっても内製したシステムをそう簡単に捨てることができなくなる。そのため開発にかかわった社員を長期にわたってシステム運用・保守要員として抱える必要がある。仮に内製したシステムをERPなどのパッケージに置き換えるにしても、「青年期」になったときにはすでに社内の業務フローをパッケージに合わせて変えることもできず、多額の費用と高いリスクを覚悟でシステムを更新する必要がある。

「業界法」を選択した企業は、「青年期」にさしかかるまでにシステム運用上の問題が成長の足かせになるリスクをはらんでいる。上述のように「業界法」を選択する企業は業界の3位以下である場合が多いが、規模の拡大において、ある壁を突破するブレイクスルーを実現しようとすると、組織が量的にではなく、質的に変化しなければならない。質的な変化とは、業務分担の見直しのための組織変更や、一部業務の外注化や自動化による業務効率化である。

僕が経験したとあるサービス業では、店舗数の拡大による売上高拡大の他に、業界での順位を上げる方法はなかった。しかし店舗管理にまつわるシステムで「業界法」が取られ、運用・保守体制の貧弱な業者が選定されていたため、システムを安定して運用するのが手一杯で、省力化のための思い切った機能追加をするキャパシティーが業者になかった。そのことが、柔軟な会費設定や、会員に対するパーソナライズされたWebマーケティングなど、同業他社に対して比較優位に立てるような新しい顧客サービスの導入をさまたげていなかったとは言えないだろう。

「業界法」を選択した企業が、正しく「青年期」の組織上の変質を乗り越える方法は一つしかない。それは「業界法」で導入したシステムを捨てて、「システム法」で再構築する方法だ。当然そのとき、社内の業務プロセスを新システムに合わせて、ある程度標準化する必要がある。また、業界ノウハウを外部に頼る考え方を捨てて、自社でシステム構築のための業務要件を定義できるようにする必要がある。

「少年期」に「業界法」を選択した中小企業が、「システム法」へ切りかえないまま「青年期」を乗り切ろうとすれば、企業経営でITの失敗が致命傷になる時代にあって、「青年」に成長することさえままならないといった状況に陥る可能性が高い。洋服が小さいために青年に成長できないという、笑えない話に終わってしまうのだ。

逆に、社内ITマネジメントの方式を「業界法」から「システム法」へ転換することを、一つのチャンスととらえられた企業は、大きく成長する可能性が高い。「業界法」から「システム法」への転換は、業務ノウハウをシステム構築業者に頼らず、自力で業務の見直しを進めることで、部署ごと、店舗ごとに異なるローカルルールを廃し、組織全体としての効率を飛躍的に高めるチャンスだからだ。

「少年期」から「システム法」を選択している中小企業は、「青年期」になってシステムに起因する足かせに悩まされることはない。「青年期」にはすでにより高度なITマネジメントの段階を目指すことができる。具体的には業者との間に明確な責任分担を定義し、業務委託契約にも一定のサービスレベルを保証させる条項を加えるなど、より安定したシステム運用に向けて、同業他社に一歩先んじることができる。

以上のように、企業規模の成長にそった社内ITマネジメントの方式には、れっきとした定石が存在する。どの方式が最適かなどについて悩むのは、悩むだけ時間のムダである。システム構築や社内ITマネジメントの方法論に、独創性はまったく必要ない。独創性が必要なのは、そうして構築されたシステムが提供するサービスの中身の方なのである。


無断転載禁止

サラリーマンを考える 日本的なるものを考える 日常生活を考える
「おじさん」を考える 映画/音楽/書物を考える 情報システムを考える
愛と苦悩の日記 筆者のYouTubeチャンネル

homeup mail to