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調整役という名のプロ
( 19970831 )

Japanese/English

松本人志の「遺書」が文庫版になったようなので、手にとってみた。それについては別項に詳述するとして、ここではその本に触発されて、プロ意識のないSEについて遠慮なく書かせていただく。

僕は純粋に事務系の人間として今の会社に採用されたが、13歳の頃からBASICと付き合っているせいで、ユーザ部門のSE「らしき」仕事をやっている。確かに13歳でプログラミングを始めたという境遇はめずらしいかもしれないが、正直言ってVisual C++でバリバリDCOMプログラミングができたりするほどの技量はない。

SEとしての自分の水準を物足りなく思っているし、だからこそ貪欲に最新技術の情報を集め、自分のすでに持っている技術を枯らしていこうと努力している。

そのために毎月最低2冊は開発者向けのコンピュータ雑誌を買い、一冊5千円以上する専門書も毎月1冊は買っている。それに、インターネットやニフティーサーブ会議室のログ読みは、すでに習慣になってしまっている。情報システムの仕事をしているならこれくらいは常識的なレベルで、僕自身もっと努力が必要だと痛感している。

そうしたいわゆる「自己啓発」への投資はもちろん自腹で、情報機器の購入費をのぞいて年間20万円強のレベルになっているだろう。それが、ユーザ部門にいるSEとしての僕のプロ意識だ。

ところが、である。毎日の仕事の中で、ユーザ部門でなくまさに情報システム部門で働く人と顔を合わせると、ときどき「SEとしてのこの人のプロ意識はいったいどこにあるのか?」と、頭の中に大きなクエスチョンマークができてしまうことがある。

そういう人はSEというよりも、単なるコーディネーター(調整役)である場合が多い。

ホストやオフコンではなく、PCを使った情報システムのダウンサイジングが進展している今、Visual Basicが書けるくらいは「ジョーシキ」だろうと思うのだが、そのレベルにさえ達していないSEがいるのにはまったく驚かされる。

Visual Basicさえ書けないということは、PCそのものの動作原理について基本的な理解がないということに等しい。おまけに、TCP/IPといったネットワークの基礎的な知識さえないままにイントラネットに手を出そうとするSEまでいる。憲法も知らずの弁護士、楽譜の読めないミュージシャン。

最低限の情報知識もなしに、なぜダウンサイジングのコーディネーターがつとまるのか。その答えは、コーディネーターSEが彼の周囲にも山ほどいるからである。

彼らは技術的な基礎のある本当の意味でのSEと、技術的な打合せをする能力はないが、同じように技術力のないコーディネーターSEとなら、持ち前の弁舌を発揮して折衝することができる。技術的な細部は、本当の意味でのSEに任せきりで、彼らはコーディネーターとしての役割に専心している。

このようなコーディネーターが必要であるということは、その組織が縄張り意識の強い非効率的な閉じた組織、つまり、オープンな本質を持つ情報システムと正反対の、閉鎖的な組織であることの証拠である。

組織にオープンな情報システムを受け入れる素地があれば、本当の意味でのSEどうしで仕事を進めたほうが早いに決まっている。コーディネータSEの人数は、その企業組織の閉鎖度に比例する。

閉鎖的な組織は、自ら情報化の障害物を作って、単なるコーディネーターとしてのSEを養殖しているようなものだ。結果として情報化コストをいたずらに増加させるだけでなく、その回収時期をも遅らせ、その上情報化に必要な技術的ノウハウをみすみす社外に流出させている。

コーディネータSEが活躍するほど、部門間の障壁というもっとも重要な問題が顕在化することなく未解決のまま残され、ますますコーディネータSEが必要になるという悪循環に陥ることになる。

先日、グループウェアの社内研修に参加したのだが、自己紹介の時間に参加者の一人が「わたしはPCをいじる気なんかありませんから」と言った。僕はわが耳を疑った。参加者は僕をのぞいて、各支店の情報システム部門の人たちばかりだったからだ。

PCをいじることをバカにしている人間が、どうやってグループウェアを使ったPCベースのイントラネット開発を推進できるのだろうか?

おそらく、僕のまわりのコーディネーターSEたちは、技術的なことに深入りするのを、スマートでない、あんなのはオタクのやることだと、頭からバカにしているのではないか。

そんなSEとしてのプロ意識の欠如した人間に、情報システムにかかわって欲しくないものだ。

技術的な知識はSEとして最低限必要な条件であって、その上でコーディネーターとしての才能が問われるべきである。なのに、こうしたコーディネーターSEたちは、技術的な問題にタッチせずに仕事を進めることこそ高級SEであるかのように誤解している。

でも、コンピュータたちは、僕ら人間の虚勢などかんたんに見破ってしまう。その証拠に、技術をバカにするコーディネーターSE、つまり、アイデアを形にする能力のない有名無実のSEを見ていると、具体的な成果をあげることはできていない。

コーディネーターSEは、いつも声だけは大きいが、結局は技術進歩の速度についてこられない。旧態依然のメインフレーム的の発想にこだわって、オープンシステムの世界に部門間障壁をもちこむ。

コーディネーターSEに活躍の場があるということは、企業の情報システムが三流であることの証拠である。しかし、そうした企業の幹部ほど、そうしたことはいっさい理解できない。

プロのSEとプロの事務屋が協力して、情報システムの構築にあたる企業は、情報システムという問題枠をこえて、組織そのものの抱える本質的な問題点の解決に向かうだろう。その結果、社内で蓄積したノウハウを、新しいビジネスとして立ち上げるチャンスも生まれる。

逆に、コーディネーターSEが幅を利かせる企業は、本質的な問題を見逃したまま、対処療法的で一貫性のないシステムしか作ることができないだろう。技術的な問題はすべて外注業者に任せきりにして、みすみすノウハウ蓄積のチャンスを逃し、新事業の芽までつみ取ってしまう。

どちらが取るべき道かは明白である。が、最大の問題は、多くの企業の幹部が、情報システムの序列を最低位に置いていることなのかもしれない。情報システムなんて、よほどヒマなときにやるもんだ、と。


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