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ノーツ、このあまりに人間的な
( 20020114 )

Japanese/English

国内のロータス・ノーツ利用者が1,000万人を超えたということでR5の定着とともに利用企業数も順調に増えているようだ。一方で数年前からノーツを使いつづけており、膨大な文書資産がノーツ上に蓄積されている企業もたくさんいるに違いない。僕が個人的に心配しているのは、これら膨大なノーツ資産を今後ノーツ導入企業がいったいどうするのかということなのだ。

ノーツのような文書系の非定型情報を社内で共有するためのツールを導入する場合、情報技術の側面よりも、業務分析や情報の整理などBPR(ビジネスプロセスの再設計)が重要だとよく言われる。しかしそれは単なるツールとしてノーツを導入する企業があまりに多かったことに対する反省として言われ始めたことで、すでに数年にわたってノーツを使っている企業は事前の業務分析もなく、利用者の継続的な改善によって蓄積される情報を整理してきたという経緯が一般的だと思われる。この現状を言葉を換えていえばまだノーツのような情報共有ツールから投資対効果を得る余地が十分に残されているということだ。

ところが情報共有ツールの効果を引き出すために、企業の新たな投資を引き出そうとしてさまざまなツールが新たに紹介されている。全文検索ツールやEIP(企業情報玄関サイトを構築するツール)などである。しかしこれらの追加投資をしなければ既存のグループウェアに蓄積された資産を活かせないと考えるのはいかにも性急である。

たとえば全文検索ツールの導入は社内の情報を体系立てて整理する努力をはじめから放棄することを意味する。インターネットのように不特定多数に向けて発信される雑多な情報の中から、はっきりした目的をもって情報を探し出す場合は全文検索はたしかに有効な情報検索ツールである。

しかし一企業内の利用を前提としているノーツのような情報共有ツールの場合、自社なりの情報整理ルールを確立するのが先決だろう。情報を体系化するのには必ずしも外部のコンサルティング会社の助けを借りることはない。継続的な業務改善が根付いている企業であれば、情報のカテゴリー分けのルールを少しずつ精緻なものにしていく努力はさほど難しいことではない。業務改善が根付いていない企業では最初だけ外部のコンサルの力を借りるのもよいかもしれない。

情報システムになまじ詳しい利用者や情報システムを構築する側のシステムエンジニアの中には、全文検索さえあればよいという考え方をする人もいるようだが、自分自身が日常的におこなっている情報のカテゴライズに無自覚なだけだろう。人は誰しも自分に必要な情報を無意識のうちに分類しながら摂取しているのであって、会社の仕事で使う情報について各人なりのカテゴライズをすり合わせて、ある共通な情報分類体形を作っておくことは、それ自体が業務の標準化であり、暗黙的な分類知識の形式化・共有化であり、まさに情報共有・知識共有のプロセスになっているのである。

全文検索ツールさえあれば情報の整理は必要ないと考える人たちは、結果さえ得られればよいという結果至上主義に陥っているのであり、自分さえわかっていればそれでよいという考え方は、グループウェアのようなツールがそもそも目指している情報共有化・業務プロセスの共有化にまっこうから対立する考え方である。そのような人々は組織として知識をどう生かすかということを考えるのに不向きな人なので、ノーツのようなツールで情報共有化を進めるのは、組織内全体の知識の流れや共有のしくみを俯瞰できる人材にまかせるべきだろう。

EIP(企業情報玄関サイト構築ツール)についても同じことが言える。EIPはパーソナライズと言って各人が自由に情報を組み合わせて表示することができる点が製品としての売りになっているが、ふつう企業内では同じ部署の所属員は共通な情報を必要としている。共通な情報を必要としているから情報共有という要求が生まれるのであって、もともと各人の欲している情報がバラバラであれば電子メールさえあれば十分で、グループウェアなど必要ないのである。

企業の業種によっては仕事の性質上各社員の必要としている情報がバラバラである場合もあるだろう。その場合はそもそもグループウェアなど共通の情報を社内で広く共有するニーズはないのだから、グループウェアを導入する必要がなかったわけだ。社員どうしの意思疎通のために電子メールがあればよいし、業務フローは基幹業務系のシステムで実現すればよい。

しかし多くの企業では、社員が共通の情報を実は必要としているのに、社員の側も情報を与える側の部署もそのことに気付いていないというのがほとんどである。決められたルーチンワークさえしていればよいという考え方が蔓延している企業や、他の部署のことは知る必要がないという部門間障壁の強い官僚主義的な組織の場合、情報共有へのニーズは弱くなる。

この種の企業の場合、グループウェアをただ導入しただけでは、ほんとうに全社に必要な掲示板的な情報共有や、メッセージングツールとしてしか使われない。このような企業の社員には、今まで自分たちが必要だとは思っていなかった情報によって、予想もできない恩恵を受けることができたという体験が必要なのだ。社内の未知の知識に触れることによって、新たなアイデアを産み出すことができたという体験。その体験を宣伝できる人物がいなければグループウェアのメリットを十分に引き出すことはできない。

全文検索ツールさえあれば十分と考える社員も、自分が必要な情報は自分がすべて知っているというある種思い上がりといえる考え方を持っている場合が多い。あるいは自分の知りたいこと以外は知りたくないという単なるわがままから情報を遮断して、自分の仕事の範囲や知識創造の可能性を勝手にせばめてしまっている場合も多い。

情報の積極的な(ある意味おしつけがましい)共有によるメリットを利用者に実感させること、そのためには全文検索ツールやEIPツールがメリットとうたっている機能は、むしろデメリットにもなりうる。その点を自覚した上でこれらのツールを導入するのでなければ、企業は情報共有に対してますます消極的な社員を量産し、グループウェアが当初狙っていた知識と知識の相互作用による新しい業務プロセスの創造はいつまでたっても実現できないだろう。

上のようなことから考えて、ノーツの膨大な資産をかかえているノーツ導入企業が投資すべきなのは、全文検索ツールやEIPなどの新たなツールではない。蓄積された情報資産を継続してメンテナンスし、価値のある情報と不要な情報を選別し、必要と思われる情報は本人が必要と思っていなくてもPUSH型できっちりと伝えるための人材なのである。これをかっこよくナレッジマネージャと名づける向きもあるようだが、要は人間が発信した情報は各企業の内部事情にしたがって人間が加工して届けなければ、十分に生かされないというただそれだけのことである。

結局のところ社員の意識向上に投資しなければ、グループウェアという高度なツールを使いこなすことはできない。ツールの不便さばかりを非難するのは自分自身の人間としての「機能向上」を怠っている言い訳に過ぎない。ノーツにまともな全文検索機能がないとか、柔軟なEIP構築機能がないなどとかこつ前に、ノーツを使いこなすだけの情報リテラシーが自分にあるのか、官僚的なタテ割り意識・他部署への無関心さが残っていないか、自分の仕事の枠にとじこもろうという意識がないかをまず反省してみるべきだろう。

その意味でもノーツのような情報共有のためのシステムは「あまりに人間的な」ソフトウェアなのである。


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