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記者の登用を見直せ
( 20020826 )

Japanese/English

『日経コンピュータ』2002/08/26号に「ノーツの利用を見直せ」という特集が組まれているが、内容がかなり不正確なのでノーツ擁護の立場からコメントしてみたい。

この特集は2002年第4四半期に予定されているノーツ/ドミノR6の発売によって、来年にもノーツR4.xのサポートが切れる。そのためノーツR4.xを使っている企業がノーツを継続して利用するか、他の製品に乗り換えるかの選択に際してどのような行動をとっているかを取り上げたものだ。

まずこの特集記事は基本的な観点に誤りがある。この記事では企業ユーザがノーツの利用を継続するか否かの決め手は「エンドユーザ・コンピューティング(EUC)を推進するか否かだ」と断定している。ここで書かれているEUCとは社内各部門の利用者自身にノーツのデータベースを開発させることを指している。

しかしEUCがノーツ利用継続の決め手になるというのは、ノーツに関するいかにも古い先入観によるものだと言わざるを得ない。確かにノーツの利点として利用者自身が気軽にデータベース開発できるという、開発環境としての手軽さがあげられることは多いが、これは少なくともノーツの本質的な性質ではない。

ノーツの本質的な性質とは「複製可能な分散データベースとメッセージング(電子メール)の連携」である。ノーツを継続利用するかどうかは「複製可能な分散データベースと電子メールの連携」を継続して利用したいかどうかにかかっているのであって、決してEUCをやるかどうかにかかっているのではない。

この点で『日経コンピュータ』誌のこの特集はノーツのユーザ企業に大きな誤解を与え、最悪の場合は誤った判断に導く可能性がある「危険な記事」である。では記事の内容について具体的に見てみよう。

まず最初の事例としてあげられているのは日本航空である。この記事では同社がノーツからマイクロソフト製品に切り替えた理由は「EUCによるノーツ・アプリケーションのメンテナンスに手間がかかる」ためだとされ、「ノーツ/ドミノを使いつづける限り、こうした問題を根本的に解決するのは不可能と判断」したと書かれている。その結果ノーツの新規開発を停止して、アプリケーションと電子メールをともにマイクロソフト製品に切り替え、開発はITセンターが集中して行なう体制に切り替えたそうだ。

しかしここで素朴な疑問が浮かんでこないだろうか。アプリケーションの開発をEUCからITセンター集中体制に変更するなら、ノーツのままでもできたはずだ。なぜ日本航空はノーツのままでITセンター集中体制に移行できなかったのだろうか。

例えば記事の中に次のような記述が見つかる。「ITセンターは利用部門からの開発以来に素早くこたえるため、独自に用意した Exchange 向けテンプレートを活用することにした」。テンプレートを使って開発期間を短縮するというのはまさにノーツの真骨頂であり、日本航空が Exchange 適用後も「ノーツ的な開発」の発想を捨てきれていないことを示している。

つまり日本航空はノーツのまま集中開発体制に移行するだけのIT統治を社内的に実現する実力がありませんでした、ということをこの記事の中で告白しているだけなのだ。現に僕がノーツ全社展開を実行した某企業の場合、各部署にアプリケーションの開発をさせない集中開発体制を初めから実現できた。

やろうと思えばノーツであっても集中開発体制はできる。にもかかわらず日本航空はそれができないのをノーツのせいにして、ノーツの資産を順次マイクロソフト製品に移植するという莫大なコストをかける道を選択したのだ。

もちろん日本航空がノーツを捨てた理由はそれだけではない。記事には「マイクロソフト製品の将来性に対する安心感もあったという。『ユーザ企業が圧倒的に多いマイクロソフト製品を選択すれば間違いないと考えた。ほかのサーバー・ソフトにも同社の製品を積極的に採用していく』(河野マネージャー)」と書かれている。

「将来性」でマイクロソフト製品を選択するというのもきわめて非合理的な判断だ。グループウェアの利用が浸透してサーバのアップサイジングの必要性が出てきた場合でも、Windows Server しか選択できないマイクロソフト製品にIBMのノーツよりも将来性があるということか。将来性といったとき、日本航空のマネージャーは scalability ということをまったく考えていないのだろうか。

また製品としての「将来性」を考えた場合、最悪の場合でもIBMの WebSphere のJ2EEプラットフォームに吸収されるノーツと、最悪の場合、ストレージ部分は完全に SQL Server に吸収され、SMTPなどオープンなプロトコル技術と無縁なメッセージング基盤になってしまうだろう Exchange のどちらを選択するのが合理的だろうか。

さらに「ユーザ企業が圧倒的に多いマイクロソフト製品」という言葉も非常にあいまいである。たしかに基本ソフト(OS)や Office 製品群という意味ではノーツと比較してマイクロソフト製品のユーザ企業は圧倒的に多い。これは当然である。しかしここで問題になっているグループウェアについてはノーツの方がユーザ企業は圧倒的ではないにせよ、多いことには間違いない。もし日本航空のマネージャーがOSや Office 製品群の導入実績とグループウェアの導入実績を混同しているのだとすれば、その判断力については慰めの言葉をかけるより他ない。

このように見てくると日本航空がノーツを捨てたのは間違いだったと断言できる。ではどうすべきだったのか。具体的な手順を以下に示そう。


  • ノーツのまま集中開発体制に移行する
  • ITセンターでノーツの開発標準を作成する
  • その開発標準に沿って既存のアプリケーションを新規ノーツ・データベースとして開発していく
  • ノーツに向かないトランザクション型アプリケーションは順次J2EEアーキテクチャのWebアプリケーションに移植していく

    記事から読みとれる日本航空の要求に沿った内容にしたつもりだ。このような手順をとれば日本航空はマイクロソフト製品へ全面移行し、かつ既存のノーツ・アプリケーションを Exchange へ移植するという無駄なコストを削減できた。

    どうしてもノーツから他のWebアーキテクチャへ移行するのであれば、J2EEなど標準的な技術への移植を選択するのが正しいのであって、ここにマイクロソフトの企業ポータル技術を適用するのはそれこそ「将来性」に不安がある。社内政治的にも技術的にも日本航空は技術移行の選択を誤った。

    日本航空の次にノーツを捨てた事例としてあげられているのは住友金属工業と鹿島の2社である。記事は「長年にわたってノーツ/ドミノを利用してきたにもかかわらず、電子メールにはあえて別の製品を使い続けるという企業もある」と書き出されているが、この記述には誤りがある。

    実は住友金属工業と鹿島の両社は、メールについてはもともとノーツではなく別のしくみを使っていたのだ。住友金属工業は「パソコン通信の技術を利用した無名のメール・ソフト」を、鹿島は「UNIXサーバで独自のメール・システム」を動かしていたと書かれている。つまり両社は「複製可能な分散データベースとメッセージング(電子メール)の連携」というノーツの本質をまったく理解せずにノーツを使いつづけていたのだ。

    (ちなみにこの記事の筆者の技術知識にかなりバイアスがかかっていることが、いま引用した箇所からはっきりと分かる。「UNIXサーバ」を使った電子メールがなぜ「独自のメール・システム」ということになるのだろうか。むしろUNIXサーバを使ったメール・システムが電子メールとしては標準技術なのであって、Exchange やノーツのNRPCの方が「独自のメール・システム」のはずだ。まるで Exchange が「独自でない」メール・システムであるかのような書き方は完全な誤りである)

    「データベースと電子メールの連携」という、ノーツにとっていちばん重要な効果を一度も体験することなくノーツを使いつづけてきた住友金属工業と鹿島が、電子メールを Exchange に移行するという判断をするのはむしろ当然だ。

    記事によれば両社はノーツ・データベースをWeb経由で利用してきており、電子メールとしてノーツを利用しなかったのは「ノーツ/ドミノのメール機能は、Webブラウザから利用すれば操作性が不十分であり、かといって新たにノーツクライアントを導入すれば手間とコストがかかる、というのが理由」らしい。

    つまりこの記事を読む限りでは両社はノーツ導入にあたって、「電子メールとの連携が不要なWebアプリケーションを開発するにはどのソフトウェアが最適か」という要求からスタートしている。だとすればこの要求にこたえるソフトウェアとしてノーツを選択したのは、明らかに誤りである。

    Webアプリケーションの開発基盤としてノーツが候補に上がるということは、時期的に考えてノーツ以外にもっと適切な開発ツールがあったはずだ。マイクロソフトの Active Server Pages でもよかったし、Oracleの PL/SQL を CGI として利用することもできたはず。また ColdFusion も選択肢としてありえただろう。開発生産性の観点でノーツが選択されたのかもしれないが、ノーツの電子メール機能を利用しないのに公開アドレス帳をメンテナンスする負荷はシステムの運用コストとして釣り合うはずがない。

    以上のように住友金属工業と鹿島については、(1)そもそもノーツを選択したこと自体が間違いだった可能性が高い、(2)ノーツのデータベースは Exchange に移行した後も継続して利用されている。この2点から両社の事例は「ノーツを捨てた」とは言えない事例である。

    にもかかわらずこの『日経コンピュータ』の記事ではあたかも両社が「ノーツを捨てた」かのような事例として書かれている。むしろこの両社について問題にすべきは、そもそもWebアプリケーションの開発基盤としてノーツを選択したことの妥当性だろう。ここでも記事の筆者は論点を完全に見誤っている。

    さて、記事はひきつづきノーツを継続利用する企業の事例を紹介している。その一社目が第一生命で、同社は来年2月をメドにノーツを最新の6にバージョンアップする作業を始めるそうだ。驚くべきことに第一生命はノーツの開発者用ライセンスを全パソコンのうち約1万台(!)に用意しているのだという。

    情報システム構築を本業にしているのでもない第一生命が、ノーツ開発者用のライセンスを1万本も持っているというのはある意味で「異常」だろう。しかも記事によれば社内公募によるノーツ・アプリケーションの開発コンテストまでやっているという。果たしてここまでしてノーツのEUCを徹底させることが正しいことかといえば、僕は残念ながら否と答えざるを得ない。

    仮にコンテストで優勝するくらいのノーツ・アプリケーション開発の技術をもった社員が地方支社に埋もれているなら、そういう社員を全国から本社のIT戦略部門に招集すれば、全社最適の観点からもっとノーツを有効に活用できるだろう。そうしないのは社内の人的資源の無駄づかい以外のなにものでもない。したがって第一生命はEUCの行き過ぎた事例であり、ノーツの継続利用を決めた企業の事例としてあげるのは明らかに不適切である。

    次にノーツを継続利用する企業の事例としてあげられているのはリコーだが、これも明らかに不適切だ。リコーといえば、まだノーツに日本語対応の公開アドレス帳がなかった頃、独自にカスタマイズした漢字アドレス帳を外販したノーツ関連の「ベンダー企業」であって「ユーザ企業」ではない。(まさか記事の筆者がこの事実を知らないまま記事を執筆したということはないと思うが)

    ノーツを商売にしているリコーが「新入社員向けの研修で、全員がノーツの開発ツールを使ってアプリケーションを開発できるように教育している」のはむしろ当然のことであって、だからリコーではEUCが実現されているというのは論理としては本末転倒である。

    そもそもこの記事の冒頭に、ノーツを捨てるか使いつづけるか悩む企業の事例としてあげられている「ハトのマークのひっこし専門」(全国引越専門協同組合連合会)も事例としては特殊すぎる。というのも同連合会は拠点間の運賃管理や資材購入の決済など、明らかにRDBMSでの開発が最適なトランザクション型のアプリケーションにまでノーツを拡大適用しようとしているのだ。

    こんな開発案件は初めからノーツではなく、Webアプリケーションにすることが前提であればマイクロソフトの IIS とSQL Server の組み合わせや J2EE アーキテクチャで開発すべきものに決まっている。こんなものをノーツにしようかどうか悩むなど、悩むだけ無駄というものだ。ここでも記事の筆者は事例選択の妥当性を欠いている。

    以上のようにこの記事には、ノーツを捨てた企業の事例についても、ノーツの継続利用を決めた企業の事例についても、極端で不適切な事例ばかりが取り上げられている。そもそもノーツの継続利用の決め手をEUCだとしている観点自体が完全に誤っているので無理はないのだが、記事の筆者にはノーツについての記事を書く能力がなかった。日経BP社はノーツ関連の記事を掲載するにあたって記者の登用を見直すべきだ。

    この記事で唯一読む価値のある部分はリコーの事例より後ろの部分だけだ。企業ポータルでノーツのコンテンツ資産を有効活用する事例としてサイボウズの「ガルーン」やマイクロソフト SharePoint Portal Server との連携が紹介されている。この部分は WebSphere 以外の方法でノーツのWeb適用を考えている企業にとって大いに参考になるだろう。

    記事の筆者の能力不足はおいておくとして、この特集記事「ノーツの利用を見直せ」について、もっとも責められるべきは実は日本IBMなのかもしれない。

    もちろん記事の中には日本IBMソフトウェア事業部長のコメントが掲載されてはいるが、『日経コンピュータ』という企業ユーザに対してはそれなりの権威ある雑誌の記者が、ノーツについて誤った認識をもったままとんでもない特集記事を書いてしまう状況を放置しているのは、IBMの啓蒙活動が不十分だからではないか。

    日本IBMのWebサイトには「Domino 5化を見送った企業がDomino 6に移行する大きな理由」というそれらしき記事が掲載されているが、文章がかっこよすぎて何が言いたいのかよく分からず、「ノーツがもう一度日本を救う会」などユーザ企業の草の根的な啓蒙活動に比べれば迫力不足である。

    ※ちなみに僕は『日経コンピュータ』誌の編集元である日経BP社でノーツが使われていることを知っている。同社ではノーツはほとんど電子メールにしか使われておらず、ノーツ適用は「失敗」に終わっている。まさか同社の社員はノーツ適用の失敗を道具のせいにしてはいないと思うが、まず自分の会社でどうして満足にノーツを活用できなかったのか、その分析記事を『日経コンピュータ』に事例として掲載すべきではないかと考える。


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