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業務文書に動画はいらない
( 20040102 )

Japanese/English

最近ちょっと必要があってデジタルアセット・マネジメント(DAM)システムのことについて書き物をしていた。DAMというのは文字どおりデジタル化された情報資産(アセット)を管理するためのシステムのことで、文書管理システムやコンテンツ管理システムと区別するために、DAMは情報資産の中でも静止画や文書ではなく、主に動画をあつかうシステムであると定義されているらしい。たとえば放送局が過去の膨大な番組をビデオテープなどのかたちで管理するのではなく、それらをすべてデジタル化して、大規模な記憶装置をもつコンピュータで自由に検索、再利用できるようにする、それがいまのところのDAMだ。

「いまのところの」と書いたのは、放送局などそもそも動画コンテンツを事業として営んでいる企業以外の一般企業では、まだDAMはまったくといっていいほど普及していないからだ。ところでそう思ってみなさんも、会社での仕事を思い浮かべてほしいのだが、ふだんの仕事で動画を目にすることってあるだろうか。

業務上の文書でいちばん派手さの要求されるプレゼンテーション資料でも、動きのあるものといったってせいぜい、文字や図形にアニメーション効果を与えたり、アニメーションGIFを使ったり、別の動画ファイルをスライド上に貼り付けたりする程度で、それ以上の動画らしい動画、つまり僕らが私生活では当たり前のように目にしているテレビ番組やDVDなどの動画は、日常業務ではまず目にすることはない。

しかしこれだけコンピュータの性能が高まってきて、動画処理もかんたんにこなしてしまうようになっているのだから、ビジネス文書にももう少し動画の要素が入ってきてもいいのではないかと思う。たとえばワープロソフトで文書を作るとき、今はせいぜい書式として文字の大きさ、色、太さを変えたり、斜体にしたり下線を引いたりするくらいだが、たとえば「タイピング」という書式を指定すると、その部分の文字がまるで『ルパン三世』のタイトルのように一文字ずつパン、パン、パンと現れるということも、いまの技術水準ならいともかんたんに実現できるだろう。

他にもプレゼンテーションのアニメーション効果のように「右からスライドイン」という書式指定をすると、その部分の文字だけが右からスゥーッと現れるとか、「ディゾルブ」と指定するともやもやっと現れるとか、目立たせたい部分を動画で表現することはいくらでもできるし、マイクロソフト・ワードに文字のアニメーション効果機能を追加するくらいどうってことないはずだ。問題があるとすれば、そうした書式を標準化して、XML形式や他のワープロソフトやリッチテキストを扱える応用ソフトでも使えるようにする必要があるという行政的なことだけだろう。

プレゼンテーションそのものも、音声と連動してスライド送りのタイミングを細かく調整できるなど、ビデオ編集ソフトがもっているような機能を追加することも技術的には難しくないだろう。エクセルで作った表でも、特定のセルは、赤い枠が点滅するような書式を指定できるなど、業務目的での動画の活用はいくらでも考えられる。

動画というとついつい本格的なビデオ編集のようにおおげさなものを考えてしまうが、そうした小さな効果をねらった活用なら、もっと業務文書に動画を導入してもいいのではないか。もちろん最初は、ちょうどリッチテキストが出始めたころのように、珍しがってバカみたいに文字をチカチカさせたり動き回らせたりして、読む人を混乱におとしいれ、その結果、社内規程でフォントの大きさや色が決められてしまうなど、サラリーマン社会にありがちな曲折はあるだろうが、そのうちこなれた使い方に落ち着くのではないか。

ただ、そうなるとやはり作る人の審美的な感覚が出来上がりの文書に正直に反映されてしまい、センスの悪い人の作った文書はセンスの悪い動きに、センスの良い人の作った文書は的確に大事な点が伝わる動きになるにちがいない。プレゼンテーションに自由なカット割りと音声との連動を指定できるようになれば、平板なプレゼンテーションとめりはりのあるプレゼンテーションん差はもっと歴然とするだろう。

きっと数年後には、こんなふうに文字に動的な効果を加えたり、ビデオを編集したり、今で言うとFlashを組み立てるようにしてプレゼンテーション資料を作成する時代が来ているだろう。そうすると業務文書は無時間な文書ではなくなり、それ自体が一定の時間の流れをもった鑑賞物になる。今までは同じ長さの資料を読むのに、要点だけを瞬時に読みとって次の文書に移るということができたが、たとえば要点に動画の効果がほどこされていると、その部分を読むのに一定の時間がどうしてもかかってしまうといったことが起こってくる。本を読む速度は人によってまちまちだけれど、二時間の映画は誰が見ても二時間だというのと似ている。

ここまで考えてくると、ビジネスの世界に動画を持ち込むのはどうだろうか、という気にもなってくる。業務文書そのものが動画としての一定の時間の長さをもってしまうのは、業務の効率性にとってはひょっとしたら悪なのかもしれない。本のように、あるときは読み飛ばし、別のときにはじっくり読むといった、時間の流れの速さを読む側が制御できるようになっている方が、業務文書としては効率的なのかもしれない。つまり、業務文書そのものは無時間なものでなければならないということだ。

同じように、社員教育などのための動画資料にしても、効率性を第一に考えるのだとすれば、本当は動画などにしない方がいいのかもしれない。動画にすると同じ内容を半時間で理解できる人に対しても、二時間のビデオ教材を強要してしまうはめになるかもしれないからだ。もっとも、印刷物を渡されたのでは一生読まずにおいてしまうので、二時間拘束した方がよほど研修の効果があるということなのかもしれない。サラリーマンはそもそも怠惰な動物なので、動画の方がじっさいには効率的になる可能性もある。

このように、DAMを一般企業に適用すべきかどうかということを考える前に、ほんとうは動画というものが一般的な執務環境にとってほんとうに有効性をもつ表現手段なのかどうかを考えなければならない。しかしサラリーマンは本質的な問題をつねに後回しにする傾向があるので、DAMについても動画の有効性については、「なんといっても動画の方が、静止画よりも説得力がある」という程度の判断で思考を停止してしまうのだ。それでもなんとかやっていけているのだから、サラリーマンの世界はいい加減にできている。


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