homeup mail to
sub title

ERPベンダーの上得意
( 19980812 )

Japanese/English

独SAP社がニューヨーク株式市場への上場を果たすなど、米国のERP市場はまだまだ活況を呈しているようだが、どうやらどのERPベンダーも、アジア市場、とくに日本では苦戦を強いられているようだ。

大きな投資をともなうERPパッケージの導入に、日本企業が軒並み慎重になり、導入モジュール数を減らしたり、計画そのものを延期したりするケースが増えているという(『日経コンピュータ』1998/8/3号参照)。

以前からこのページでは、ERPパッケージの正しい導入方法について、さまざまな雑誌の記事をもとに論じているが、この平成不況が、日本企業の経営者たちにERPについて再考を促すチャンスになれば良いのだが。

そんな折、Harvard Business Reviewの最新刊に、ERPパッケージの導入リスクについての論文が掲載された。ボストン大学教授トマス・H・デイヴンポート氏のPutting the Enterprise into the Enterprise Systemという論文である(この論文ではERPパッケージのことを単に「企業システム(Enterprise System)」と呼んでいる)。

。タイトルの意味は、ERPパッケージを企業の業務に合わせるのではなく、企業の業務をパッケージに合わせるのでなければ、投資効果がないばかりか損失の方が大きくなる、という意味だろう。

しかし、同じ主旨の記事が一体どれだけコンピュータ雑誌に掲載されただろうか。それでもまだ、同主旨の論文が権威ある学術誌に掲載されるということは、やはり、ERP導入の失敗例が跡を絶たないことの証明だろう。ERPパッケージの上に多額の費用と時間でAdd-inの山を築いて、せっかくの効果を台無しにしている企業はまだ多いということだ。

ところで、日本のコンピュータ業界で不思議に思うことが2つある。

一つは、マイクロソフトに対するまともな批判記事を書ける雑誌が存在しないこと(日経BP社ぐらい。『日経コンピュータ』1998/8/3号「マイクロソフトの覇道」参照)。

もう一つは、ERPのメリットを持ち上げるばかりで、導入の困難さ正面から取り上げる雑誌が存在しないこと(やはり日経BPぐらい)。

日本での論調のほとんどが、ERPの導入によって国際標準の経営手法が容易に実現できると、ERPパッケージの「買ってすぐ使える(off-the shelf)」点を不当に強調してきた。僕は「パッケージ」という言葉は誇大広告だと思う。表計算やワープロのような「パッケージ」ソフトとはまったく異質なものであることは誰の目にも明らかである。

日本のコンピュータ業界が安易にERPパッケージを持ち上げた結果、ネオフィリアの日本の経営者たちはERPの採用を形式的に決定して、導入作業は情報システム部門に一任してしまった。情報システム部門は大量の経営資源をつぎ込み、何年もかけて経営者の期待にこたえざるを得ない。

「今期も××%増益を果たした○○社がERP導入へ」という見出しならいくつか見たことがあるが、「○○社、ERPによる経営効率化で××%増益」という見出しには一度もお目にかかったことがない。

ほんとうに導入効果があがった企業が存在するなら、「うちの会社はERP導入でこれだけ利益をあげたぞ!!」と胸を張って名乗り出るべきだろう。そのような日本企業がないということは、ERPの効果にもっと懐疑的になってもいいはずだ。日本の経営者は欧米コンプレックスのせいか、ERPベンダーに対して寛大すぎる。

いずれにせよ、ERPの導入の前に、まず経営者が導入する理由を明示しなければならない。ERPは自社のコア・コンピタンスに経営資源を集中投入するための戦略であり、そのためにはまず、何が自社の競争優位の核心なのかを明示する必要がある。これは、情報システム部門が判断するようなことではない。

上述の論文の冒頭には、明確な方針もなくERP導入に踏み切った場合の危険性が、簡潔に要約されている。

「企業システム([訳者注]ERPのこと)は本質的に、企業の戦略・組織・風土にみずからのロジックを押しつける。たとえその企業にとって事業単位を分離するのがベストであっても、企業システムは企業全体の統合をうながす。たとえ独自の業務プロセスがその企業の優位性になっている場合でも、一般的な業務プロセスへの転換を促す。企業システムの導入が事業にとってどんな意味をもっているのか、最初にはっきりと理解せずに、あわてて導入してしまうと、統合化の夢はすぐに悪夢に変わりかねない。企業システムのロジックは、事業のロジックと両立しないかもしれない。そうなれば、多額の金を浪費して大混乱を招いたあげく、導入は失敗するだろう。あるいは、企業システムがその企業の重要な競争上の優位を弱め、企業の発展を妨げるだろう」

また、『日経情報ストラテジー』1998年9月号では、シティーコープのコーポレート・テクノロジー・オフィス副社長、エリザベス・カウフマン氏が、同誌記者のインタビューに答えてこう述べている。

「ERPは技術よりもビジネスプロセスに関するテーマです。ERPを導入するということはビジネスそのものを設計し直すことですから、ただ導入しただけでは失敗することは明かです。ですから、そういう意味でERPは導入していません」(p.159)

この記事は、シティーコープの情報システムに関する思想を垣間見ることができる貴重なインタビューなので、ぜひご一読いただきたい。

いずれにせよ、「ERPの導入は情報技術の問題ではなく、ビジネスの問題である」という主張は、今までイヤというほど繰り返されてきていることだ。しかし実際に、ERPの導入にあたって、情報システム部門がひとり駆けずり回っているという企業が大半ではないだろうか?

この論文の白眉は、仏エルフ・アキテーヌ社の米国子会社がERPを導入した成功事例の分析であるが、この事例では、ERP導入にあたって次のような経営上の改革がなされている。

  • 情報仲介者(information middlemen)職の廃止:互換性のない情報システム間のデータ伝送を行っていた職制の廃止

  • 売掛債権回収部門の統合:すべての顧客情報を単一の勘定で処理

  • 顧客サービス部門の統合:すべての顧客窓口を一本化

  • 需要マネージャー(demand managers)職の新設:販売予測・生産能力管理を行う職制を新設

    この事例では、「顧客からみたときの組織の一本化」という大きな目標があり、そのためのERP導入であると位置づけられている。だからこそERP導入にあたって、さまざまな職制の統廃合が必要だったわけだ。

    たしかに、「組織統廃合のないERP導入」というのは、言葉の矛盾である。

    また、この論文には「最悪なのは、企業システムを技術的な基準だけで判断してしまうことだ」と書かれている。

    たとえば、2000年問題の対応に迫られてであるとか、既存システムの老朽化によってERPを導入するなどは、この「最悪」のケースに当たる。日本企業のERP導入のほとんどが、この論文に言う「最悪」のケースではないだろうか。

    日本企業がこの不況下に、いったいいつまでERPベンダーに貢ぐことができるか、ひとつの見物である。一度乗り出した船は、そうかんたんには引き返せないだろうから。


    homeup mail to