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失われた好奇心
( 19980124 )

Japanese/English

僕は仕事の関係で自部門ユーザのトラブルシューティングもやっているが、ちょっとしたことで解決できるトラブルというのがほとんどである。

「ちょっとしたことで解決できるトラブル」を解決できないユーザが多いのは、べつにパソコンを使うには頭がよくなければならない、とか、そういった知的レベルの問題では決してない。

パソコンが苦手な人に欠けているのは、IQではなくて、好奇心だ。

たとえば、赤ん坊が食べ物をいきなり手でつかんでみたり、逆に食べてはいけないおもちゃを口に入れてみたりするのは、この「世界」というものを把握してやろうという貪欲な好奇心があるからこそだ。

そうする中で、人は「世界」というものを少しずつ理解し、「世界」には一定のルールが存在することを知り、成長していく。その原動力になるのは、つねに旺盛な好奇心である。

パソコンは昔に比べると、複雑になると同時に、現実の「世界」に近い直観的な操作ができるようになりつつある。

一昔前、パソコンの「世界」とコミュニケートするためには、文字の羅列しか手段がなかったが、今では目に見える絵を通してディスプレイの向こう側の世界と交流することができる。

おかげで、人が現実の「世界」に対して、いろいろ試行錯誤しながら認識を深めていくように、パソコンの「世界」に対しても同じことができるようになっている。

新しいソフトを使い始めるとき、マニュアル本を買ってきて首っ引きで使い方を覚えるという方法もある。

しかし、たとえば新車に買い換えたとき、付属のマニュアルをよく読んでからでなきゃ運転できない、という人がいるだろうか?とにかく実際に乗ってみるのが、ノーマルなやり方だろう。

僕が思うのは、どうしてパソコンに対しても同じことができないのか?ということだ。つまり、「とにかく使ってみる」というやり方。ましてパソコンの操作を間違えたくらいで命にかかわるわけではないのに。

新しいソフトを買ったら、とにかく画面上のあらゆる場所をクリックしまくる。そして何か出てきたら、それもとりあえずクリックしてみる。クリックが効かなきゃダブルクリック、それでもだめなら右クリック、ドラッグ&ドロップ、あらゆる方法でパソコンの「世界」とコミュニケートしてみる。

それがパソコンのいちばん正しい使い方のような気がするのだ。

最初に書いたような「ちょっとしたことで解決できるトラブル」を抱えているユーザは、クリック一つで解決できることさえ解決できていない場合がある。これは、別にパソコンについて「勉強不足」だとか、そういう知的な問題ではない。好奇心の欠如なのだ。

つねに新しい発見をもとめて、失敗をおそれずにやってみるという好奇心の欠如が、最大の障害になっている。

中年のおじさんがパソコンに苦手意識をもっているのは、パソコンが「むずかしくて分からない」せいではない。

年を取るほど「世界はこんなもんだ」という「分かったような気分」が強くなり、その結果、新しいものに対する好奇心が失われる。すると、「とにかくやってみる」ということができなくなってしまうのだ。これが、おじさんのパソコンアレルギーの最大の原因である。

でも、おじさんとも言えない30代前半のユーザにさえ、こういう人がいるのにはちょっと困ってしまう。そしてふと考えるのが、人はいかにして子供の頃の好奇心を失うのかということだ。

ここまで来ると、もうパソコンと関係なくなってしまうけれど、きっと好奇心なんてものよりも、「私は世間をよく知っています」という「したり顔」をすることが、大人である証拠だという思い込みがあるのだろう。

でも、好奇心をなくすということは、それ以上その人の「世界」が広がらないということだ。今置かれている状況に甘んじて、新しい「世界」に踏み出そうとしない、これくらい恐ろしいことはない。

そういう意味では、パソコンというのは、人間にとって「躓きの石」になりうる道具だと思う。新しいものに挑戦する好奇心を持っているかどうか、その分かれ目が、パソコンを使いこなせるかどうか、ということだ。

何度も言うけど、パソコンを使いこなすのに必要なのは、頭のよさでも、IQでもない。

新しい世界に対する好奇心なのだ。


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