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公正なソフト開発市場のために
( 20001015 )

Japanese/English

今朝の日経によれば、通産省が政府のソフトウェア開発入札で開発会社を評価する基準として「CMM」を導入するとのことだ。みなさんご存じのとおり、日本政府の情報システム調達では、予算5億円の案件を大手企業が1万円で落札するなどとんでもない事態になっている。大手企業は初期開発で大赤字を出しても、その後の運用・管理収入や付帯開発の案件で十分もとがとれると見込んで、わざと超低価格を提示するわけだ。これでは資金力のないベンチャーなどをふくんだ公正な調達ができないということで、CMMの導入となったようだ。

「CMM(Capablity Maturity Model:ソフトウェアプロセス成熟度モデル)」とは、ソフトウェアを開発する組織が「あるべき開発体制」の理念をちゃんと持っているか、それに近づくための継続的な改善活動をしているか、その成熟(maturity)の度合いを5段階で評価するためのものさしである(参考『図解でわかるソフトウェア開発のすべて』日本実業出版社 p.312〜)。

5段階をかんたんに要約すると、レベル1は、エンジニア個人の力量に依存する場当たり的な状況。レベル2は、過去の開発経験からある程度、日程やコストを記録・統計管理している状態。レベル3は開発の段階をはっきり定義している状態。レベル4は、定義した開発の段階について、目標達成度や予算・実績の対比管理を人手でおこなっている状態。レベル5は、目標達成度や予算・実績管理に必要なデータが自動的に収集されるしくみがあり、問題が起こる前にその発生を予防できる状態。

CMMによればレベル1からレベル2になるまでには2〜3年を要し、レベル3以上にあるソフトウェア開発組織は全体の20%に満たないという。このCMMはISO標準として採用されており、日本でも「日本版CMM」策定の動きがあるという。

上述のように日本政府がCMMを導入する目的は、政府調達の公正さを確保し、小さなベンチャー企業も落札に参加できるようにすることだが、結果的にはますます大手企業に有利になるだけだろう。ベンチャー企業ほど開発プロセスの管理などにまわす人手が少ないからだ。そういう意味で政府の意図ははじめからとん挫していると言える。

まぁそれはいいとして、このCMMがどういう「教訓」をあたえてくれているかを考えてみよう。つまり、レベル3以上にある組織がなぜそんなに少ないのか、ということだ。

ひとつは単純にIT人材難がその原因だと考えられる。社内の情報システム部門もふくめ、どのソフトウェア開発組織も次々入ってくる開発案件を処理するのが精一杯で、開発プロセスを管理する先任者など置く余裕がない、というのが実状だろう。

しかしソフトウェア開発のプロセス管理というのは、実は開発者の立場であるIT企業だけの問題ではない。いまや小さな子供からお年寄りまで、あらゆる人々の生活の安全が「ちゃんと動くソフトウェア」にかかっているのだ。

銀行のオンラインシステムや公共交通機関の運行制御プログラムなど、2000年問題のときに明らかになったように、今や大規模なソフトウェアは僕らの生活の土台になっている。その土台が個々のエンジニアの場当たり的対応で、なんとかうまくいっているというレベルでは、一人の生活者としてひじょうに困るのである。

先進諸国のIT企業はインドにソフトウェア開発者を求めるなど、慢性的な人材難をなんとか解消しようと必死になって努力しているが、人材開発というのは時間のかかる仕事だ。そういう意味で開発者側の努力は、短期的な効果という意味でどうしても限界がある。

そこで僕が必要だと思うのは、開発者側でなく、利用者側の努力である。つまり、利用者側が開発案件を少なくする努力だ。何でもコンピュータ化すれば効率化できるという発想を利用者側が捨てなければならないし、そういう幻想を捨てさせるための啓蒙活動も必要だ。

こんな提案は開発者サイドのわがままだと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、営業支援システムと原子力発電の制御システムに要求される品質は当然のことながらレベルがまったく違う。その意味で、開発プロセスを管理するだけでなく、要求されている仕様に応じた、完成品の品質の許容範囲をさだめた基準も必要だと思う。

たとえばソフトウェアを要求される品質レベルによって5段階にわけ、原子力発電の制御システムはレベル5、社内利用の情報共有化システムはレベル1など、案件によるランクづけをあらかじめ定義しておく。そしてそれぞれのレベルに、CMMにおいてクリアしておく必要のあるプロセス管理の厳密さを対応づけるのだ。

そうしなければ、ありとあらゆるソフトウェア開発の案件に対して利用者側は当然のように「レベル5」を求めてしまうだろう。そうすれば、最悪の事態として、毎日のように電車のダイヤが乱れる一方で、自動券売機の画面には妙に美しいグラフィックスが表示される、なんてこと(あくまでたとえば、の話だが)になりかねない。

IT技術者は稀少材であり、その限られた資源の配分について社会はもっと自覚的になり、適切な配分のしくみを作らなければならない。その配分のしくみとは「市場」に他ならないわけだが、市場の公正さを維持するためには、今回通産省が行うような開発者(供給者)側のランク付けだけではなく、利用者(消費者)側の開発案件のランク付けや社会的な優先順位付けも必要ではないか、という問題提起である。


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