大阪の街 19
![]() |
| 毎日新聞大阪本社屋上から見た焼夷弾。 ザーっという無気味な音とともに火の雨となって落下した。 大阪市の空襲は大阪府下を襲った大小54回の空爆のうち 33回の爆撃を受け、その中で7回の大空襲(7月10日の堺 市を中心とした大阪南部の大空襲を除く)がありました。 それぞれ昭和20年3月13〜14日、6月1日、7日、 15日、26日、7月24日であり、その被害は死者一万 二百四十人、全焼全壊三十一万戸、被災者百十三万人を数 えました。大阪府下が始めて空襲を受けたのは昭和19年 12月19日午前1時45分頃で、中河内郡三宅村(現・松 原市)、瓜破村(現・大阪市東住吉区)が、B29一機によ って爆弾18個を投下され、家屋半壊5戸、軽症者2人を 出しました。次いで大阪市が空爆を受けた最初は昭和20 年1月3日で、午後2時30分頃にB29が10機来襲、 阿倍野区昭和町、桃ケ池町、布施市高井田、太平寺、中河 内郡巽村西足代に焼夷弾を投下した。しかし、被害は防火 活動中に火傷した者と、高射砲の破片による軽症者を出し たにとどまった。なお、最終の爆撃は20年8月14日、 終戦の前日であった・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
![]() |
| 昭和20年6月1日、B29による大阪港のドックや倉庫 への白昼爆撃。この爆撃で大阪の26%が破壊された。 |
![]() |
| 昭和20年3月13日夜半から14日未明にかけての 大空襲で炎上する末吉橋交差点付近(現中央区)。 |
![]() |
| 大阪市を襲うB29。 右主翼の下には大阪城が見える。 |
![]() |
| 5回にわたる空襲で焼き払われた大阪。 月面のクレーターのような爆弾の穴が 爆撃の凄まじさをものがたっています。 |