
新しい年は強い寒気の内に明けました。暖冬と言う長期予報だったと思うのですが、昨年暮れの降雪以来厳しい寒さに閉じ込められています。気温は低いし風は強いし、日課の散歩も思うようには出来ない始末です。無理をして風邪などひくと様々な余病を併発しそうな心配もあって、ついつい消極的になっていました。ところがその臆病さが仇になって脚力が低下していたのでしょうか、昨日庭で転んで右足を捻挫してしまいました。今や室内を移動するにも家内の肩の助けが必要です。いやはや情けないことこの上無しです。「一難去ってまた一難」とはこのことか、去年右目の視神経の不具合に見舞われて、この山での生活もこれまでかと一旦は覚悟を決めたのですが、医師も驚く快復振りですっかり元通りになったばかりの出来事でした。文字通り「禍福はあざなえる縄の如し」、今更ながら注意深く暮らさなければと思っています。 ところで、前回の目の不具合の時、ずいぶん多くの方からお見舞いのお言葉を頂き大変有り難く恐縮いたしました。なかでもご親切なある方は、病院の検査日に運転手を買って出て下さり、名古屋市から駆けつけて下さいました。人の情けの嬉しさが身に沁みて有り難かったのでした。従って今回の捻挫は黙っておかなくてはまたご心配をお掛けすると思いましたが、私の普段の平凡な変化の無い生活からするといろんな影響の大きな出来事でもあり、この「たぬき通信」はありのままの等身大のことを基本精神にしているつもりなので、敢えてそのまま事実を書くことにしました。どうかご心配下さいませんようにお願い致します。一晩経って少し腫れも引きましたし、二三日辛抱すれば元通りに成れると思います。 去年の一文字漢字は「災」でしたね。災害の連続でした。台風・水害・地震そしてそれらの複合災害、それは日本だけではなく全世界で全地球的な規模で頻発しました。自然の脅威は到底人智の及ぶ所ではありませんでした。「二度とこのようなことの無いように」と言う人間の反省や祈りはどこまで本当のことなのでしょうか、何度繰り返せば良いのでしょうか、全く絶望的にならざるを得ません。身近な所ではこの山でも野性動物の減少は顕著な現象です。記録的な回数の台風と降雨量の所為だったのか、或いは開発工事のために彼らの生息範囲の環境が激変した為なのか、我が愛しの狸たちが姿を消して数十日になりますが、つい最近再び姿を見せるようになりました。まだ八匹全員ではありませんが、親世代の二匹と子供が一匹で毎日来るようになりました。「八匹だよ、全員集合」となるのは何時のことなのでしょうか。子別れとかテリトリィの分割とか食料難とかあれこれ気は揉めますが、数が減ったせいか彼らは以前に比べてとても神経質になっています。こちらの呼びかけにもあまり応えてはくれません。以前の慣れ親しんだ態度ではないのです。でも、やはりこうして帰って来てくれると小さな幸せを感じるのです。 やはり、せめて我々の生活は「禍福はあざなえる縄の如し」であってほしい、小さくとも「福」が時々は来てほしいものですね。ほんのささやかな「福」で良いのです。私はそんなことでも充分幸せに生きて行けると思っています。皆さんは如何ですか? では、また。 |
鶯が長閑に啼いています。ホホジロやコジュケイも啼きはじめました。庭では梅の花がほころびかけ、蕗の薹が丸い頭を持ち上げています。山沈丁花の芳香も漂っています。池の中には蛙の卵がとぐろを巻き、石の下に姿を隠していたメダカが出てきて、嬉しそうに泳ぎ始めました。 厳しい寒気が続いていましたが、漸く春が来たようです。やっと待ちに待った本格的な春の到来です。その間、世界でも日本でも様々な自然災害や事件が起こりました。どうなることかと前途暗澹たる思いがありましたが、春が来ただけで何か希望が生まれそうに思えるのは単に私が単純な人間だからでしょうか。 長い御無沙汰でした。思えば二ヶ月近くこの通信を休んでいました。前回「禍福はあざなえる縄のごとし」と書きましたが、文字通りまたまた禍の方に見舞われて仕舞いました。足の捻挫が良くなったと思ったら、右眼の視神経の不具合が再発して車の運転が難しくなってしまったのです。年をとると残りの時間が少ないので、神様は矢継ぎ早に試練を与えて下さるのでしょうか。正直言ってあまり有り難いとは思えません。しかし、ぼんやりと平穏無事に過ごすよりは変化があって良いか、それなりに頑張り甲斐があると強がっています。とは言うものの頑張るだけでは解決しないこともあります。 先ず第一に日々の生活に差し支えます。こんな山の中では車だけが唯一の交通手段なのです。一番近いバス停まで450mの高低差のある山道で5キロ以上あり、これを歩いて買い物に出るのはとても現実的ではありません。いろいろ思案もしアドバイスも頂いたのですが、結局は残念ながら山の生活を捨てるしかありませんでした。 そして近々のうちに公共交通機関の便利な都会へ転居することに決めました。思えばこの山に暮らし始めて6年6ヶ月、この自然から与えられた素晴らしい歓びと貴重な体験とは筆舌に尽くし難く、どんなに感謝しても足りることはありません。美しい風景と綺麗な空気、野生の生き物たちとの楽しく切ない交流など、これらの記憶は絶対に忘れることが出来ないでしょう。 さて、こういう状況になってみると、今更ながら人生には山あり谷あり自分の思うようにはならないものだと実感させられます。こうしなければいけない、こうしてはいけないと判っていてもそうしてしまうと言うようなことは一杯ありますね。それは偏見であったり差別であったり、利害損失であったり価値観の相違であったりと留まることなく列挙出来ますが、その解決策となると絶望的に成らざるを得ません。若い頃読んだ実存主義の本の中で「人間は強いけど弱い。然し弱いから強い」という一文があったのを記憶しているのですが本当のところ人間はどちらなのでしょうか。更にもう一つ「円初を出て円寂に入り、円寂を去って円初に帰る」と言う輪廻の思想を説いた経典の一節が思い起こされます。この二つの文言が何故か脳裏から離れません。それも懸命にもがく悪夢の中の記憶のようにです。 しかし、この山の思い出はきっと穏やかに楽しい夢を育んでくれることでしょう。そう信じてお別れを言いたいものですね。 では、また。 |
とうとうお別れの日がやって来てしまいました。間もなく山を降りなければなりません。今日で6年6ヶ月と6日の山暮らしでした。本当に淋しく辛い気分です。こんなに早く終わりが来るとは思っていませんでした。ここで一生を終わるつもりでした。終焉の地としてここを選びここに家を建ててここに住み着いたのです。健康上の理由でその望みが絶たれるとは誠に残念です。今更ながら健康と普段の摂生の重要性を感じますが、既に遅きに失したと思わざるを得ません。 今、窓から180度の視界に目をやると、左から右へ麓の村落の向こうに宮川の堤の緑が連なり、その先遙かに伊勢湾が光っています。正面遠くには青山高原や鈴鹿山脈が重なり春霞で空と溶け合っています。毎朝毎夕、見慣れた風景ですが未だに見飽きるということはありません。日々新しく、刻々変化して喜ばせてくれました。特に朝日夕日の美しさは無宗教の私を太陽信仰に導いてくれたほどでした。 山の自然の全てに感謝したい。清々しい空気にも、風の音にも、木の葉のざわめきにも、たくさんの鳥たちの囀りにも、何度となく出会い交流出来た鹿や猿や猪やリスや野兎などの野性動物にも、中でも足かけ5年四世代にわたって付き合ってくれた狸一族にも、みんなみんな心から有り難うを言いたいと思います。 さてその狸たちですが、現在では去年生まれた5匹の子供たちは次々と姿を消して、母親のクロちゃんと育児のヘルパーを務めていたリンちゃんの二匹だけが精勤にやって来ています。相変わらず毎日夕刻にやって来て、名前を呼ぶと薮の中から顔を出します。ただここ数日は昼間にやって来ることもあり、もしかすると子供が生まれるのかとも思われます。つまりそれだけ餌が欲しい状態ではないのか、出産に備えて栄養を摂りたいのではないかと考えられるのです。或いはもう出産していて、授乳のためなのかもしれません。なにしろ今年の冬は格別寒気が厳しく、自然の餌が不足しているのは容易に想像できるからです。「おやつ」のパンの耳と殻つき落花生は豊富な栄養源に違いないでしょう。 しかし、いずれにしてももうこの子たちに「おやつ」をやることは出来なくなってしまいます。「しっかり生きてくれよ、ちゃんと子育てをしてくれよ」と祈るしかありません。そして残念なのは直接思いを伝えることが出来ないことです。一度くらいは頭を撫でてやりたかったと思います。 あれを思いこれを思うと際限なく心残りは広がります。こういうのを未練と呼ぶのでしょうか。未練と言うことでは庭の植木や植物についても数々思い残さざるを得ないことがあります。それは例えばソメイヨシノの初めての開花が見られないこと。木蓮も姫スイレンも水仙も同じです。そのほか紫蘭や鈴蘭や行者ニンニクなど今年目一杯増やそうと思っていたことが出来なくなってしまったこと。あの美しく可憐で芳香を放つ笹ユリにも会えなくなること。いくらあげつらっても所詮はただの愚痴でしかないのが残念です。 この後ここに暮らせるのは二週間ほどになってしまいました。せめて最後を充実した時間にして、感謝の気持ちでそっと別れを告げたいものと念じます。 では、さようなら。 |